第2話 エルルーカの事情 1
そもそも、なぜ小国の末姫エルルーカが、魔王の弟グレイニーグの元へ嫁ぐという話になったのか。
きっかけは、童話のような出来事だった。
大陸の西の最果て。
角のある凶悪な配下達を集め魔王軍を作り、血に飢えたな魔獣を率いて人々を恐怖させていた魔王が、勇者として仲間と立ち上がった帝国の第一皇子に倒された。
──という噂が、エルルーカが生まれ育った東の最果てのクレアム王国にも、ギリギリ届いた。
クレアム王国は、国と呼ぶのも憚られるほど小さく、辺境の地にひっそりとあるだけの土地だったのだが、つい五年前に、諸事情により帝国の属国になったばかり。
世情にも疎く、王族も含め牧歌的でのどかなクレアム王国民は、魔獣はもちろん、角のあるガーレインの者など、誰も見たことがない。
「魔王って怖いの?」
「なんだかお伽話みたいな話ねぇ」
「勇者だって。やっべー!」
と、どこか空想上の物語のように、噂に対しみんなが呑気な感想を抱いていた。
それから約一ヶ月後。
正式に帝国から届いた書状を執務室で読みながら、エルルーカの父である国王はこぼれ落ちそうなほど目を丸くし狼狽した。
「──何? 討たれた魔王の後継が決定し、新たな魔王が……? そのまま帝国の属国に!?」
それにすぐ反応したのは、王太子であり、子ども達の中で最年長者の長兄だ。
「父上、魔王の国……と言えば、ガーレイン王国のことですよね? 新たな魔王とはどういうことです? 帝国があの地を治める訳ではなく?」
「どうやら……自治は帝国ではなく、新たに戴冠した若き魔王や、魔王軍が引き続き行うらしい。属国とはあるが──なるほど、内容はどうも同盟に近いな」
言いながら長々とした書状を読み進めていた父王は、後半の文面を読み、さらに目を見開いた。
「な、なんだと!?」
あまりの仰天ぶりに、その場に揃っていた家族全員──王妃である母、長兄、次兄、次姉、三女である末の姫エルルーカにも緊張が走った。
「あなた、どうなさったの?」
「父上、手紙には何と?」
「続きは!?」
口々に問われ、顔を青くした父王がヘナヘナと萎れながら言った。
「帝国は、繋がりを強固にするため属国同士で政略結婚をさせたいらしい。ガーレイン国の代表と……我が国の代表とで。代表は男でも女でもいいらしい。候補者は決まっているが、こちらの選定後に、ガーレイン側の相手を正式決定する、と」
そこで、家族はお互いに顔を見合わせ慌てた。
「私は無理です。すでに結婚していますし」
言ったのは長兄だ。
「いや、俺も無理だぞ。恋人と別れるなんて考えられない」
これは、騎士団長を務める次兄の言葉。
クレアム王国では、王族も自由恋愛で結婚相手を決めている。
すでに相手がいるのに、仲を引き裂くわけにもいかない。
長女はすでに帝国の他の属国へ嫁いでいて不在のため、順当に行けば候補は二番目の姉だ。
全員が、彼女を見た。
「わ……私、ですか?」
泣きそうな目でプルプル震えているのは、『妖精姫』と呼ばれている次女ルリシアだ。
ふわりとした淡いピンク色の髪に、丸い大きな瞳。
小柄で華奢。
可憐でかわいらしく、庇護欲を掻き立てるような見目で、性格は優しく、穏やかで控えめ。
恋人もいなかった。
「私が……ま……魔王の国に……?」
あまりの恐怖で、ルリシアはシクシクと泣き始めてしまった。
全員が眉を下げ、鎮痛な空気が場を占める中、父王は決断を下すため深く息を吐く。
「ルリシア……本当にすまないが……頼めるか?」
「うぅ……」
さらにボロ、と涙を溢れさせ、それでも返事をしようとした大好きな姉の肩が震えているのを見て、エルルーカは庇うようにルリシアを抱きしめて父に言った。
「お父様、私では駄目でしょうか? 私が、お姉様の代わりにガーレインへ行きます」
十八歳の成人を迎えたばかりのエルルーカにも、恋人はいない。
自ら身代わりになり、魔獣が跋扈する魔王城へ向かうと申し出た勇気ある彼女に対し、父と、手紙を読み込んでいた兄二人は微妙な顔をした。




