表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
梨ちゃんはお悩み相談屋!  作者: 十十廃色
出張お悩み相談室第一部
7/12

出張! お悩み相談室③「沖縄旅行」

 芹梨さんは、意外と多趣味だったりする。


 たとえば、彼女の部屋にはとんでもない数の本がそこら中に散らばっている。片付けろよと思うが、あれが読書好きのスタンダードなんだと言われれば無知なぼくは信じるしかない。


 そして、本の内容がとんでもなくバラバラなのだ――漫画や小説のほかにも、エッセイや教本、さらには小学生向けの昆虫図鑑や園児向けの絵本まで置いてあるのだ。芹梨さんがそれを読んでいる状況を想像してみると、思ったよりも面白かったりする。


 さらに――彼女は読書以外にも数多くの趣味を持っている。


 たとえば、音楽。


 一度芹梨さんの携帯を貸してもらった時にこっそり音楽アプリを確認した|(芹梨さんへの理解を進めるために重要なプロセスだった)ところ、とんでもない数のプレイリストを発見した。


 ポップスや洋楽はまだ分かるが、元刑事がヒップホップやロックバンドを聴いているのは少し意外だった。まあ、ヒップホップについてはずっと前から知っていたけれど…………、でも、それ以外にも。


 たとえば、ボーカロイドという音声合成ソフトで制作された楽曲、マキシマリズムとネット文化を果敢に取り入れたハイパーポップ、楽器のみで演奏される管弦楽曲、ゲームで使われるBGM、アニメで使われるアニソンやサウンドトラック、波や動物の鳴き声などの環境音、咀嚼音やささやき声などのASMR等々。


 名前すら聞いたことのないジャンルを集めたプレイリストまであって、さすがに驚いた。

 十八禁のあれこれには触れなかった。


 ちなみに、ライブには行かないらしい。人が多いところは好きじゃないそうだ。


 ここまではどちらかといえばインドア的な趣味だが、それだけではない。

 どうやら芹梨さんは、身体を動かすことが好きなようなのだ。


 三つ目の趣味、運動である。


 ボルダリングや筋トレ、水泳など――様々なことを経験しないと気が済まないタチなのか、芹梨さんはとにかく外出する。仕事がない日に家にいることなんて、まずないと言っていい。


 彼女は去年まで運動が苦手だったのだけれど、色々あって克服したのだ。それによって、運動にドハマりしてしまった結果、休日は毎日ぼくを|(無理やり)連れてゴルフだったりテニスだったり、高校の部活だったりに乱入していくことになった。ぼくはいつまでも運動が苦手なので、正直言ってうんざりしている。


 まあ、楽しくないというわけではないけれど…………。


 趣味はまだある。


 家の中では基本的に裸族な芹梨さんなのに――彼女は、服が好きなのだ。


 四つ目の趣味はファッションだ。古着屋を見かけたら先の予定を無視して店に入っていくので、止めるのが本当に大変である。


 そして五つ目の趣味は意外にも裁縫で六つ目の趣味は意外にも料理で七つ目の趣味が意外にも映画鑑賞だったりするのだが、芹梨さんの趣味の話で千文字も使ってしまっていることに今気付いたのでそろそろこの辺で打ち止めておく。


 要するに、芹梨さんは多趣味なのだ。バーベキューやピクニックも好きらしく、警察を辞めてからは月一で行っているらしいという蛇足。


 無趣味なぼくとは対照的である。




「古本屋を巡っていたら、旧友と再会したんです」

「そうなんだ」

「そして、依頼を請け負いました」

「なるほど」


 そんなわけで、ぼくたちは今沖縄にいる。


 沖縄――国内では、北海道からいちばん遠い場所である。随分と遠征をしたものだ。


 さすがにこの仕事で海外まで行ったことはないしこれから先もないと思うので、おそらく今日がいちばんの遠征になるんじゃないかと思っているのだけれど…………。


 にしても、とにかく暑い。


「もう九月も半ばなのに、三十度って…………」

「長袖の人、私たち以外にひとりもいませんね……………………」


 カルチャーショックである。とはいえ、最近は北海道でも九月はそれなりに暑いが。


「というか、服を脱ぎたいです」

「ここ、外だからね」

「分かってますよ」


 時々背筋の寒くなるようなことを言ってくれるので、まだ助かっているが…………。もうそろそろ、腕をまくらなければならなくなるかもしれない。芹梨さんはもうすでにまくっていた。


 腕をまくるのって、なんか嫌いなんだけれどなあ。


「ん…………」


 北海道から沖縄まで、芹梨さんと四時間ずっと一緒にいたのに今さら気付いたが、


「その時計、新しく買ったの?」


 芹梨さんの腕に見たことのない腕時計があったのだ。


 今まで一度も描写したことはないが、芹梨さんはわりと高頻度で腕時計をつけている。


 なんか、好きらしい。


「今さらですか…………」


 芹梨さんはぼくの鈍感さに呆れたのち、


「これは貰いものですよ。三年くらい前に、当時の刑事課長から貰いました」


 と言った。


 物が貰えるほどの関係性を芹梨さんが職場で築けていたとは到底思えないので、きっと虚言だろうけれど。


「ちょっと、失礼なこと考えてませんか?」


 ぼくは首を振って潔白をアピールしたが、人の心がだいたい読める芹梨さんにそんな稚拙な誤魔化しが通用することはなかった。


 ざっとボコボコにされる様子を描写することはない。


「それで、どんな悩みなの?」


 二千文字を消費して、ようやく仕事の話に入ることができた。


「人探しです」

「人探し?」


 人探し――また探偵っぽい仕事なのか。


 梨ちゃんとぼくのお悩み相談屋を、世間は探偵事務所とでも勘違いしているのだろうか。


「依頼人は私の中学校時代の同級生で、西納(さいのう)墺也(おうや)くんと言います。元カレです」


 え?


「今は別の方と結婚しているようなのですが…………、その、結婚している方が失踪したそうです」


 無視できない情報が流れてきた気もするが、今回は気のせいだと思い込むことにした。仕事に私情を持ち込むわけにはいかない。依頼人にとっては、ぼくだってプロなのだから。


 意識の高いアルバイトみたいなことを考えているなあと自分で思った。


「奥さんが沖縄にいることまでは特定したみたいです。探偵を使って」

「じゃあ、その探偵にすべて任せればよかったんじゃないの?」

「いえ、探偵じゃできないことですから」


 芹梨さんは言った。


「今回の依頼は、西納くんからの伝言を奥さんに伝えることです」


 伝言? とぼくが声を上げる前に、芹梨さんが続けて言った。


「『子どもができたんだ』――と」




 不倫じゃないか。

 そう思ったが、実際は違うらしい。


「彼の兄とその妻が交通事故で亡くなってしまい、亡くなったふたりの子どもが行き場をなくしてしまったみたいです。祖父母は数年前に亡くなっている上にほかの親戚もいなかったため、西納くんが未成年後見人に選ばれました」


 ああ、そういうパターンもあるのか。

 てっきり、既婚者が妻以外の女性と子をなしたのかと。


「原文ママだと奥さんも誤解してしまいそうですね…………。それはそれで面白いですけど」

「おい」


 真面目にやってほしいものだ。


 実は、お悩み相談屋はネット上でかなりの注目を浴びているのだ――炎上しそうなことはやめてほしい。


 本名や住所を特定されたくはないので。


「冗談ですよ。きちんと伝えます」


 頼まれた以上のことをするのがプロですから、となんかのプロみたいなことを言う芹梨さん。まあ、プロレベルであることは間違いないスペックをしているので、ぼくと違ってとくに文句はない。


「というか、どうして依頼人が直接伝えないの?」


 交通費は客負担だし、そもそも重要なことなら本人が直接言うべきだと思うのだけれど。


「さすがに無理でしょう。子育ての最中なんですから」


 …………ああ、そうか。


 そもそも、兄が死んだばかりなのだ。ただでさえドタバタしているだろうに、子育てやら探偵やら…………。


「妻の失踪が発覚した直後に交通事故が起きたらしいですよ」

「波乱だね」


 さすがに可哀想だ。まあ、ぼくも他人に同情できるほどの境遇ではないのだけれど。


 そんな余裕はまったくない。


「それで、どうやって探すつもりなの? 沖縄だって狭いわけじゃないでしょ」


 ぼくの問いかけに、芹梨さんが「うーん」と不安になる反応を見せる。


「どうしましょうか」

「………………もしかして、無策?」

「策を考えていないだけです」


 それを無策と呼ぶのではなかろうか。

 もしくは無茶と。


「え、一泊で済むよね?」

「………………………………」


 今年でいちばん怖い無言だった。

 正直、暑すぎてさっさと帰りたいんだけれど………………。


「旅行でもしながら、のんびり探しましょうか」


 社会人が仕事中に発したセリフとは思えなかった。


 まあ、いいか。


「とりあえず、今はなにするの?」

「…………レンタカーでも借りましょうか」


 あれ、そういえば。


「芹梨さんって、運転免許持ってるの?」


 芹梨さんが車を運転しているところなんて、今まで一度も見たことがない。徒歩が好きだと言いながらタクシーに乗る人である。


「青免ゴールドですよ」

「青免にゴールドとかあるの?」


 警察事情はよく知らないが、少なくとも芹梨さんはゴールド免許だろうと思う。


 彼女は、両親を交通事故で失っているのだから。


「二十歳で取りましたよ。ずっと無事故無違反です」


 合ってた。

 芹梨さんは少し暗い顔をしながら言った。


「正直言って、運転は好きじゃないんですけどね」


 …………なら、どうしてレンタカーを借りるだなんて言い出したのだろう。運転が嫌いなら、人に任せればいいのに。


「人に任せたら安心できないでしょう」


 自分でなんでもできる人特有のアレだったらしい。


 タクシーには普通に乗っているくせに。

 ………………。


「…………とりあえず、まずは腹ごしらえしない?」

「お腹が空きましたか?」

「うん、ちょっとね」


 せっかく沖縄に来たのだ。どうせなら、伝統的な郷土料理とかを食べようじゃないか。それに、四時間もかけてここまで来たんだから、ビールも美味しいに決まっている。


「一応言っておきますけど、英愛くんはお酒飲んじゃダメですからね」

「え? ぼくってもう十八歳なんでしょ?」

「日本の法律では、二十歳未満の飲酒は禁止されていますので…………」


 そうなの?


 成人の年齢が十八歳に引き下げられたのであれば、当然お酒も飲めるようになると思っていたんだけれど……。だって、未成年飲酒は未成年の飲酒だろう。


「未成年飲酒、なんて概念はもう消えましたよ。成年年齢が引き下げられたと同時に、未成年者飲酒禁止法は二十歳未満ノ者ノ飲酒ノ禁止ニ関スル法律へと変わったんですから」


 それはあまりにもおおごとじゃあないか。


 と思ったが、そもそも未成年飲酒なんて概念は最初から曖昧だった気がする。だって、少し前まで女の子の成人年齢は十六歳だったんだから。十六歳ならパチンコすらできないのに。


 なんてことだ。ぼくの固定観念が泡のように弾けてお亡くなりになった。


「カルチャーショックだよ」

「言葉の使いかたを間違えています」


 伝わればいいだろう。


「伝わりませんよ」


 ナチュラルに心を読んでくるなあ、この人。

 そんなに読みやすい心でもないだろうに、ぼくのなんて…………。


 そして、読心に長けている当の本人はポーカーフェイスが苦手で周囲に考えていることが丸わかりという。なんというか、バランス調整がなされている感じがする。


 漫画かなんかのキャラクターを参考にして自分のキャラクターを作ったのか?


 芹梨さんならあり得そうだった。


 文字通り、なんでもできるこの人ならば。


「もう五時だし、ほとんどのご飯屋さんは空いてるよね」

「近くにもお店はありますけど、どうします?」

「うーん…………、あ、この豚しゃぶってやつ気になるかも」

「ここからだと少し遠いですね…………。レンタカー借りましょうか」

「芹梨さんはなんか食べたいのないの?」

「あとで居酒屋に行きます」

「そう…………」


 ご飯の話をしていると、さらにお腹が空いてきた。


「早く行こうよ。このままじゃ限界でコンビニに走っちゃいそうだから」

「もったいないですね」


 沖縄まで来てコンビニ飯というのはさすがに避けたい。もしかしたら、沖縄限定のなにかしらがあるのかもしれないが…………、それは沖縄県民のアドバンテージであって観光客へのプレゼントではないだろう。多分。


 近くにあったレンタカー屋に徒歩で向かい、車を用意する。芹梨さんが自分の財布から取り出した運転免許証の色は、もちろんゴールドだった。


「ゴールド免許なんだね」

「さっきそう言ったでしょう」


『青免ゴールドですよ』って、もしかして青免許|(パトカー運転の資格者証)とゴールド免許を持っているって意味だったの? わざとだろうけれど、日本語が下手すぎるどころの話じゃない。外国生まれ外国育ちの初めて日本に来た観光客ですらもう少し分かりやすい日本語で話してくれると思うのだけれど。


「分かりづらい日本語は日本人の専売特許でしょう?」

「知らないよ」


 おそらく小説とかの話をしているんだろうけれど、残念なことにぼくはそういうのを嗜まないタイプの人間だ。


 娯楽を知らない十八歳である。


「快楽に弱そうですね」

「なにその意味分かんない偏見…………」


 よく分からないけれど、なんだか怖い。


「そういえば、英愛くんって――」


 芹梨さんがなにかを喋りかけたが、すぐに「やっぱり、なんでもないです」と撤回してきた。


「どうしたの?」

「いえ、気にしないでください」


 気にしないでと言われても、というか言われたら逆に気になるものだ。


 もっと追及しようと思ったが、芹梨さんが本当に気まずそうな顔をしていたのでやめた。

 なにか失言しそうになったんだろうとの推測はできた。


「では、すぐに出発しましょう」

「うん」


 ぼくは助手らしく助手席に収まった。隣の芹梨さんの表情を窺うと、どうやら緊張しているみたいだった。


「運転、久しぶりなの?」

「一年ぶりです」


 それは確かに緊張しそうだ。


 まあでも、覚悟を決めなければ。


 空腹を満たすために。


「発進します」


 車が走り出すと、窓を開けていたおかげで、気持ちいい風がすぐ車内に入ってきた。


「前後左右よし、歩行者なし、巻き込みなし」


 芹梨さんが呼称運転をしているのは、なんだかすごい意外だった。そういうのはしなさそうな人だと思っていたけれど、しているほうが確実によかったので問題はない。


「ふう。段々慣れてきました」

「慣れてからが危ないって言うよね」

「言いますけど、初めてのほうが絶対に危ないですよ」


 つまり、ずっと危ないということだ。常に気を引き締めておかなければ。




 こうして、ぼくと芹梨さんの沖縄旅行は始まった。

 そしてどうやら、まだ続くらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ