出張! お悩み相談室②「不安定で新種を理解」
芹梨さんの人間味は、なんというか――かなり不安定だと思う。
まるで、キャラが定まっていないような。
日々接していて、違和感を覚えることが多々ある。
たとえば、世界一の美貌を誇る有栖川叶愛を前に動揺していた彼女。
たとえば、なんの躊躇もなく被害者を壊して、情報を得ていた彼女。
大事な人を信じられなくなった男に誤魔化しの解決を提示し、大事な姉に頼られなかった少年には正論で未解決を押し付けた。自分の弟を殺害した殺人鬼の娘を嫌悪し、ぼくの大事な人を殺害したあの元刑事を超人的な方法で逮捕した。
そして――芹梨さん自身の被害者でもあるぼくを、償いで幸せにしようとしている。
あまりにも、理解しがたい。
人の心を持っているのに、それを無視できるような人を――人と呼ぶのは、間違っているんじゃないか。
できないことがない芹梨さんなのに、失敗作。
人の心と肉体がある人工知能。
どんな言葉でも表せない、なにか。
新種の生物なのかもしれない。
「この殺人事件の真相が分からなくて、俺たちマジで悩んでるんだよね。だからさ、澄美ちゃん。どうか、俺たちの悩みを解決してくれない? お金はほら、経費で落とすから」
「公務員に経費とかないでしょう。業務に必要な出費でもないですし、給料引かれちゃいますよ」
「ははっ、かもね。別にいいけど」
今回の依頼主は、まさかの警察だった。
東城木船――芹梨さんの元同期だというこの男が、どうにもいけ好かない。ちなみに、階級は警部だそうだ。まだ三十歳にもなっていないのに、賄賂でも使ったのかと思ったが、そういえば芹梨さんはキャリア組だった。なら、同期だったこの男も同じか。
正直言って、あまり優秀そうには見えないが。
「で、事件についてなんだけど」
東城さんは言う。
「被害者は四十三歳の男性。一昨日の朝五時に自室で首を吊っているところを同居していた妻が発見」
「………………いや、ちょっと待ってください」
これはさすがにおかしい。
だって、自室で首を吊って――だなんて。
「自殺じゃないですか。木船くんは最初、この殺人事件と言いました」
「人の話は最後まで聞いたほうがいいよ、澄美ちゃん」
正論に黙る芹梨さんと、内心ホッとするぼく。もし芹梨さんが指摘していなかったら、きっとぼくがしていただろうから。
「まあ、もう分かるでしょ? 男性――鉢植さんは、自殺なんかじゃなかった」
自殺に見せかけた殺人――ということか。
偽装工作。
「ちなみに、被害者の妻と息子から話を聞いた限りだと、被害者は夜十時までは生きていたそうだよ」
「………………いや、やっぱりおかしいですよ」
また、芹梨さんが指摘する。
次はなんだ?
「自殺じゃないなら、犯人はもう限られているじゃないですか――」
被害者の妻と、息子。
同じ家に住んでいるふたりの、どっちか。
ぼくと芹梨さんの考えは共通していたが、そんなのはもう今さらでしかなかったらしく。
「うん、犯人は被害者の息子だった」
東城さんは言った。
この殺人事件の真相が分からなくて――と。
「犯行に使われたロープは、息子の鉢植雅樹くんが当日の昼に購入したものだった。ちなみに、死亡時刻はだいたい夜の十一時だぜ」
「計画的ですね」
わざわざ当日に凶器を購入しているのだから、衝動的な犯行でないことだけは間違いない。
「ただ、分からないことも結構あるんだよ」
犯人は分かっているというのに、警察は依然と真相を掴むことができていない。
どんな謎だろう。
「犯行と犯行人数と罪状」
東城さんは勿体ぶらずに言った。
「被害者が窒息死ってのは間違いないんだけど、被害者の首に残ってる跡がおかしいんだよね。まるで、長期にわたって首を絞められ続けたような――そんな跡だったらしい」
「実際に見ていないんですか?」
「写真では見たけど、実物は見てないや」
長期にわたって首を絞められ続けたような跡――なんか、馬鹿馬鹿しい真相だったりしないよな?
それに、長期であるというのなら、犯人は最初から凶器を持っていたということになる。雅樹くんが当日の昼に購入したロープが犯行に使われたというのなら、検視結果と矛盾してしまう。
「犯人が複数いるかもってのは、そういうこと。被害者妻の供述は信用できないし」
ふむ。
「捕まった雅樹くんがなにも喋ってくれないから、妻――鉢植冴子をこのまま逮捕しても、ちょっと困るんだよね」
つまり、冴子さんを逮捕する材料がないのか?
「それもあるけど、罪状が分からないんだよね」
あ、そうか。
ふたりが犯人であることはほぼ確定している――犯人が単独だったとしても、もう片方が犯人を庇っているのだから、結局同じだ。
でも、そうである以外のことが分からない。
事件の真相が――犯人の誰がなにをしたのかが、分からない。
だからこそか。
「警察ももう限界だから、頼むよ澄美ちゃん」
「………………はあ」
芹梨さんはわざとらしくため息をついてから、
「分かりました」
と言った。
推理小説の中の探偵かよ――と思ったが、そういえばぼくはそこまで読書が好きじゃないんだった。推理小説どころか、ミステリ全般を読んだことがない。
娯楽に触れてこなかった人生である。
さて。東城さんが去ってから、芹梨さんも『お手洗いに』と言って消えてしまった。おそらく、便所飯ならぬ便所推理だろうと推測するが、実際がどうであれ早く戻ってきてほしい。
これ以上、死体のあった現場にひとりでいたくはない。
一分、二分、十分、二十分――
「すみません、お待たせしました」
「本当にね」
待たせすぎだ。
「それで、真相は分かったの?」
「この短時間で分かるわけないでしょう」
ふざけんな。
仕方ない、気を取り直そう。
東城さんの話によると、死体が発見された部屋の窓が割られていたらしい。おそらく、外部の犯行に見せかけようとしたのだろうが…………、この稚拙な隠蔽工作を見る限り、実行犯は息子の雅樹くんだろう。
首謀者は妻の冴子さんだろうか。
「ただ犯人を当てるだけなら、十秒もかからないんですけどね…………」
「凄いを通り越して気持ち悪いね」
「通り越させないでください」
事実なんだから仕方ないだろう。ひどい言いかたになってしまったことは謝るが。
それにしても、首を絞め続けられた跡――か。
「ひとつ仮説は浮かびましたが、証拠がありません」
「ふうん」
ぼくも、少し考えてみようかな。
まず、被害者が首絞めプレイを好んでいたと仮定して――
「ストップです英愛くん。部屋からゴムやアダルトグッズなどは見つかっていないはずです。その仮定はあり得ません」
あり得ない、というのはさすがに言いすぎじゃないか?
確かに、もしそういう痕跡があれば東城さんが伝えてくれていただろうけれど……。
「それに、被害者の元恋人にも被害者の性癖については確認したみたいですよ。被害者はハイボクシフィリアではない――そう仮定したほうがいいと思います」
東城さん、そんなこと言ってたっけ?
「いえ、近くにいた警察から聞き出した情報です」
トイレが長かった理由って、それか…………。
「大人が失神ゲームをするはずがないので、それも除外するとして…………」
名前からすでにアウトなゲームだ。そんなゲーム実在するのか?
と疑問に思ったので調べたところ、どうやら実在するどころか今もあるらしい。世代じゃねーとか思って芹梨さんには本当に申し訳ない。
「まあ、考えられる可能性はたったひとつですね」
「え、ひとつ?」
それは、あまりにも少なすぎやしないか?
「薄い可能性は除外してますよ。超能力で首に跡をつけたとか」
それは薄いんじゃなくて普通にゼロだ。可能性がマイナスを突き抜けてしまう。数学崩壊。
「まあ、真相なんて本当にくだらないですよ。どんでん返しなんてありませんし、木船も噓つきですし」
芹梨さんはそう言って、ポケットからスマホを取り出す。
そして、画面をぼくのほうに向けた。
画面に映っていたのは、とある記事だった。
『親子で父親を殺害…二十四時間首を絞め続ける 息子と共謀し夫を殺害した容疑で逮捕』
は?
「これって………………」
「木船がどうして噓の依頼をしてきたのかは、なんとなく想像がつきますが…………。実際に人が死んでいる事件を使うだなんて」
やっぱり、人間失格ですね――芹梨さんの呟きに首を傾げながら、ぼくは考える。
嘘の依頼。
え、警察が?
「ただの冷やかしだったの?」
「いいえ。理由はありますよ、きちんと」
理由――お悩み相談屋に殺人事件の真相解明という物騒な問題を持ち込んでおいて、実際は悩みなんてありませんでしたをする理由なんてまったく考えられないのだけれど。
「おそらく、私を試したかっただけでしょう」
「………………」
試したかった? そんな意味の分からない理由で?
「私が刑事時代と同じようにできるか。結果はもう出ていますけどね」
結果?
「きっともう、木船から連絡はこないでしょう」
芹梨さんは少しだけ寂しそうに、そう言った。
今回の依頼でかなりの高額な料金が振り込まれたので、芹梨さんが『焼肉に行きましょう』と誘ってくれた。でも、ぼくはそれを断った。今日はひとりで行ってください、と。
断った理由は、単に考えたいことがあったからだ。
それは――真相について。
結局、ぼくは事件の真相を知らないままだ。
もしかしたら知らないほうがいいのかもしれないけれど、だからこそ芹梨さんはぼくにそれを教えてくれなかったのかもしれないけれど、それでも――ぼくは知らなければならない。
現場を荒らしちゃったし。
なにも知らないくせに。
「………………首を絞め続けただけ、か」
記事に、詳しいことは書かれていなかった。
唯一書かれていた情報は――一日中首を絞め続けていた、だけだ。
現実の犯行なんて、あまりにも呆気ない。
記事と芹梨さんの発言を振り返れば、おのずと答えは浮かび上がってくる。
「…………………………」
大して、恐ろしい真相でもない。
三人が失敗して失敗して失敗しただけの。
一日中首を絞め続ける――殺さないように。
いや、殺せなかっただけだ。
しかし、一日中首を絞め続けられたら、嫌でも普通に死ぬ――なら、休憩を挟んでいたに違いない。
ずっとじゃなくたって、跡は残るだろう。犯行現場から排泄物は見つかっていないし。
力の問題もある。被害者はどうして抵抗しなかった? 多少は弱っていたとしても、被害者は成人男性なのだ。息子の協力があったならまだしも、息子は日中に新しいロープを買いに出かけている。
…………という妄想。
もちろん、根拠はないが――共謀していたのは、妻と、息子と――夫の三人だ。
被害者はひとりで、加害者は三人で。
元々の予定では、被害者も三人だった。
というだけ。
偽装工作は自殺に見せかけるためのもので。
その理由は知らないが、なにか事情があったのだろう。
息子が買ったロープを使ったのは、ロープが使えなくなった――おそらく、切れたりしたのだろう。
おそらく。多分。だろう。
この三つを多用すれば、答えには辿り着く。
別に、これが真相じゃなくてもいいが。
警察は悩んでなんかいなかった。
でも、東城さんは悩んでいたのかもしれない。
事件はとっくに解決していたが。
真相はまだ解明していなかったのかもしれない。
本当にくだらなさすぎる真相で、なんの捻りもなく、面白味もどんでん返しも見当たらない――現実って感じの事件だ。
面白くない。
本当に。
「今ごろ、芹梨さんは風俗にでも行ってるのかな」
どうして芹梨さんがぼくの前でいつも風俗の話をするのかについても、本当は分かっている。
芹梨さんがぼくになにをさせようとしているのかも、もう分かっている。
実のところ、ぼくは思ったよりも芹梨さんのことを理解しているのかもしれなかった。
東城さんが芹梨さんを試した。
でも、芹梨さんは元々の――刑事時代の力を発揮できなかった。
だから、失望した。
『きっともう、木船から連絡はこないでしょう』
本人のいないところで、彼を呼び捨てにする芹梨さんは、もしかしたら。
彼のことを大事に思っていたのかもしれない。
それは本当にどうでもいいことだけれど。
「うーん」
考えるのをやめた。
…………風俗について語り終えたら、芹梨さんは次になにを語ってくれるのか。
なにを教えてくれるのか。
そういえば、柏が言っていた。
『えいあくんって、公務員を目指してるの? 夢がないんだね』
ぼくは、なにかを返した。
『親に言われたから? へぇ、偉いじゃん。わたしなんて、最近は無視してるもん。もう、子どもじゃないんだって、分かってくれないのかなあ』
ぼくはまた、なにかを返した。
『ふうん…………。でも、公務員って大変なんだよ。色んなことを知らなくちゃだし、色んなことを考えなくちゃだし。色が多すぎてパニックになっちゃう!』
そういえば、ぼくは色盲だ。まあ、色がまったく分からないわけではないが。
『だいじょーぶだよ! 職務に支障をきたさないなら』
なら、大丈夫かなあ。
…………なんてね。
今のぼくには、片目がないのに。
無理だろう。




