休暇! お悩み相談室③「明媚館」
明媚館に到着したぼくたちを待ち受けていたのは――ひとりのメイドだった。
「江國釉と申します。こちらにどうぞ」
え、ひとりだけ?
前回来た時は、もっとメイドさんがいたはずなんだけれど…………。
どういうことか訊くと、江國さんは答えた。
「みんな、家庭の事情で休んでいます。どういうわけか、一斉に」
「え?」
メイドが一斉に家庭の事情で休む――なんて、あまりにも現実的ではない。現実が現実的であると言いたいわけではないが、それはあまりにも不自然だ。なにかしらのイベントがあるわけでもないのに。
「江國さんは、休んでないんだね」
「私には家族がいませんので」
ぼくはなんてデリカシーのない男なんだ、と自分で自分を嫌悪した。
「叶愛は、ずっとひとりだった私を拾ってくれたんですよ」
叶愛――と呼び捨てで呼んでいるあたり、どうやらおふたりは相当前からの付き合いらしい。ぼくのノンデリ発言に怒っている素振りはないので、ぼくはほっと胸を撫で下ろした。
ほっと胸を撫で下ろすってなに? 胸を撫で下ろす擬音が『ほっ』なわけないでしょ。
「うわ、初めて来たけどクッソ広いな」
「本当だね…………」
初めてここに来たらしいメンバーが、明媚館の広大さに驚いている――というかおののいている。ぼくも、初見時は驚愕どころか戦慄した記憶がある。懐かしいなあ。
芹梨さんはまだそこまで緊張していないみたいだけれど、いつもよりは無言になっている。いつもは、もう少し口数の多い人だ。人と喋るのが好きなのか、ただ単に喋るのが好きなのかは分からないが。
「こちらでお待ちください」
江國さんに案内された場所は、まるで『最後の晩餐』に描かれているようなデザインの食堂だった。だだっ広くて、なんだか落ち着かない。宇宙にいるみたい――とは言わないが。学校の体育館のほうが広い。
「叶愛って、こういうデザインが好きなんだね! ほたる、今度部屋の模様替え手伝って!」
「えー…………」
さっき船の上で挨拶を交わした持田さんが、同じく挨拶を交わした常盤さんに無茶ぶりをしている。というか、自分にも無茶を強いているのか。このデザインを再現できる一般人の部屋なんてあるはずが…………、いや、もしかしたら持田さんってなんかすげぇ人なのか? 有栖川さんに招待されてるわけだし。
「ふむ」
「…………………………」
作家の人と有名モデルの人|(有栖川さんも一応モデルだが)の名前は、まだ知らない。このえげつない食堂に感心している様子の作家さんと、どうでもよさそうに携帯をいじるモデルの人。
そして――
「すげぇすげぇ! 広い広い! こんなん初めて見たぜ!」
ろくでもなさそうなサッカー選手こと、青崎さんは大はしゃぎしていた。
子どもかと思った。背はこの中でいちばん高いのに。
「…………………………」
芹梨さんは無言のまま、食堂内をほっつき歩いている。まさか、こういうのに興味を持ったりしないよな……? と彼女の同居人であるぼくは少し不安を覚える。
じゃあ、ぼくは芹梨さんに着いていくか――と思ったところで、ふと後ろから声をかけられた。
「疚田英愛さん、お久しぶりです」
その声がこの場に響くと同時に、全員の視線がぼくのほうに――ではなく、ぼくの後ろに向いた。
つられて、ぼくも後ろを向く。
そこにいたのは、三次元でもっとも美しい女性――有栖川叶愛だった。
「本日は、遠方よりこの明媚館にご足労いただき、本当にありがとうございます。有栖川叶愛です」
本当に突然のことで、事態を呑み込めていない人間が数名。具体的には、ぼくと芹梨さん、青崎さん、そして作家さんだ。
一方――持田さんと常盤さん、そしてモデルさんは、絶世の美女が視界内に君臨したにもかかわらず、まったくの平静を保っていて面白くない反応だった。
「あ、叶愛! 一ヶ月ぶり!」
「お久しぶりです、小春。それと、ほたるも。元気でしたか?」
「どっちもチョー元気!」
「私と小春も一ヶ月ぶりなんだけどね………………」
有栖川さん登場前と変わらないハイテンションのまま、持田さんは有栖川さんに近づき――そして、抱きついた。
「うっふふー♪ 会えて嬉しい! 今日も可愛いね!」
「相変わらずですね」
呆れた様子で突然の抱擁を受け入れる有栖川さん。どうやら、ふたりはかなり仲が良いようだ。美の概念を超越した超存在と親しいというのは、もはやそれだけで一生食えるレベルのステータスだが。
そして――持田さんは、有栖川さんを『可愛い』と評した。
人間としての、希少性。
確かに、有栖川さんを可愛いと評価することに間違いはまったくない――が、成熟しきったその外見を見て、彼女に可愛いと気軽に言える人間は、おそらくいないだろうと思う。
有栖川さんと仲よくなるには、そういう希少性が必要なのかもしれない。
ぼくが、彼女を『可哀想』だと評したように。
持田さんは、彼女を『可愛い』と評した。
その違い。
「なにを分析してるんです?」
ぼくが後ろを向いている隙に、芹梨さんが後ろの後ろから声をかけてきた。
「わっ」
「驚かないでくださいよ」
驚かした人間の言うセリフではないだろう。
「…………いや、仲が良いんだなって」
「あの三人、おそらく大学生からの付き合いですね」
「え?」
突拍子もなく、芹梨さんが探偵みたいなコールドリーディングを披露してきた。
持田さんと常盤さん、そして有栖川さんが大学からの付き合い――?
「え、当たりだよ! なんで分かったの? すごいすごい!」
持田さんが本当にびっくりしたような顔で本当にびっくりしていた。有栖川さん含む他の人たちも、少しは驚いたようだった。驚かすなよ。
芹梨さんはつまらなさそうに答える。
「なんででしょう………………」
一瞬、持田さんたちに対して喧嘩を売っているのかと思った。
しかし、それは違う。
芹梨さんは、本当に分かっていないのだ。
自分がどうして、彼女らの関係を言い当てることができたのか。
「なんで分かんないのさ」
「英愛くんには分からないでしょうね」
ぼくの文句に、拗ねたような様子で答える芹梨さん。
しかし――本当にどうしてだろうか。
どうであろうと別にどうでもいいことなんだろうけれど――と。
「全員が集まったことですし、そろそろ自己紹介でもしたらどうです?」
突拍子もなくいきなり突然に、メイドの江國さんがそう提案した。
これまでの空気を完膚なきまでに壊し、一瞬場が静まり返る――が。
「いいですね。では、自己紹介いたしましょうか」
有栖川さんのフォローによって、場のよく分からない空気はなんとか払拭された。
まあ、タイミングが謎だっただけで、江國さんの提案はごもっともだった。ぼくたちは全員、有栖川さんと面識があるようだけれど…………、ぼくたち同士には、まったく面識がないのだ。
ここでなにをするのかは知らないけれど、なにをするにしても知り合っておいたほうが居心地もいいはずである。それに、ぼくは新しい関係を構築するのがそれほど嫌いではない。
「では、このパーティの招待主である私から、自己紹介を始めさせていただきます」
最初に名乗りを上げたのは、今この場でもっとも自己紹介を必要としない人物だった。
というか、これパーティだったんだ。
「有栖川叶愛と申します。モデルをさせていただいています。よろしくお願いたします」
突出した外見にしては随分と簡素な自己紹介だった。だけれど、自己紹介のテンプレートが簡素なものになったのはありがたい。もしかしたら、有栖川さんはそれを計算していたのかもしれない。というか、普通にしていそうだ。
「じゃあ、次は俺がやるよ。名前は青崎壱で、サッカー選手だ。よろしくな」
前の人に倣って、青崎さんもシンプルな自己紹介で済ませてくれた。長文自己紹介の後に行う自己紹介はなんとなく嫌なので、できればこの調子で頼みたい。
「じゃ、次はわたしね! わたしは持田小春だよ。叶愛とは、大学が同じだったんだ。ほたるも同じ大学だよ」
ああ…………、少しテンプレから外れてしまった。でも、このぐらいならまだ修正可能ではあるか。
そして、持田さんが来たということは、次は――
「常盤ほたる。水泳選手だよ。よろしく…………」
それはシンプルというより質素な自己紹介だった。どうやら彼女は、あまり明るいタイプの人間じゃあないらしい。
「旺季恵兎。モデル。よろしく」
なんの前触れもなくいきなり自己紹介を始めたのは、芸名が覚えられないで有名なモデルさんだった。ちなみに、芸名は『ゆゆいゆゆゆゆゆいゆ』である。テレビで紹介されたときに、司会者が『ゆーちゃん』と略していたのが印象的だった。
「なら次は、私がやろう。私は花井麗司という。小説を書いている」
ふむ。ペンネームは本名だったのか。
ぼくは花井麗司の作品を一度たりとも読んだことがないけれど、彼は最近国語の教科書に載ったことで話題になっていた。だからまあ、めちゃくちゃすごい作家なのだ。小説に興味がないので、それぐらいしか言えない。
…………と。
気付けば、残りはぼくと芹梨さん、そしてメイドさんのみとなっていた。
「私は芹梨澄美です。元刑事で、お悩み相談屋を営んでいます。よろしくお願いします」
………………あれ?
そういえば、有栖川さんの前だというのに、芹梨さんがまったく緊張していない。
なぜだろうか…………?
「ほら、次英愛くん」
「え、あっ」
出てきた違和感を脳内で整理し終える前に、順番が来てしまった。まあ、ぼくは芹梨さんの同行者なので、芹梨さんの次にぼくの番が来ることぐらいは予想できたはずなんだけれどそれはどうでもよくて。
「えっと…………、ぼくは、疚田英愛だよ。芹梨さんの、助手をしてる」
「そして、私の新しいお友達でもあります」
有栖川さんが突如横やりを入れてきた。
さっきから、予想できないことが多すぎる。
前触れも前兆も伏線も布石もなく、ついでに突拍子もなく…………、いきなり突然突如として、という展開が連続している。
とくに、有栖川さんの前でまったく緊張しなくなった芹梨さんがいちばん気になる。誘いがあったという事実を聞いただけであの慌てようだったのに、いったいどんな魔法を使ったのか。
今も、芹梨さんは有栖川さんと雑談に花を咲かせている。動揺している様子は微塵もなく、キャラがブレブレだった昨日までの芹梨さんなんて最初から存在していなかったんじゃないかという気分にさせられる。
「疚田くんって芹梨さんと一緒に住んでんの? やばっ、めっちゃ不健全じゃん!」
「言っておくけれど、芹梨さんは保護者だからね?」
持田さんに謎すぎる邪推を受けながら、ぼくは考える。
なにを考えているかといえば、今の自分の現状だ。
どうしてぼくは、常盤さんにおんぶをされているのだろう。
「背は小さいのに、意外と重いんだ………………」
「え? なに?」
「いや、なんでもないよ………………………………」
気のせいか。今、事実と異なる失礼な発言があったのかと思ったんだけれど。
「…………事実と異なる、ではないでしょ」
「気のせいじゃないじゃん」
頭の中で考えたことに突っ込まれるのって、マジで怖い。
まあ、ぼくは毎日その怖さを経験しているわけだけれど…………。
常盤ほたる。
芹梨さんと同種の、怖い人。
「ちなみに、どうしてさっき芹梨さんが私たち三人の関係を当てられたか、教えてあげよっか…………?」
「え?」
また、前触れもなくそんなことを。この場合ないのは前置きか。同じ意味だった。
「え、どうしてなの?」
探偵のようにコールドリーディングをかましたわけではないのか? まあ、ぼくはそもそも探偵小説を読んだことがないのだけれど。
「………………それなのに、そんな言葉知ってるんだね」
「芹梨さんがよく声に出して読書するから、ふと気になって単語の意味を調べたんだ」
呟きどころではない大声で音読することもあるので、夜に本を読まれるとかなり厄介だ。音読のほうが文章を覚えやすいとか語っていたけれど、もしかして芹梨さんは本一冊を全文覚えようとしているのか?
「ふうん。まあ、どうでもいいけどね………………」
どうでもいいのか。
冷たい雰囲気の人だ、と思った。
「で、どうしてなの?」
そろそろ本題に戻ろう。戻るほど曲がってはいなかったかもしれないけれど。
「ああ、そうだった。えっと…………、理由はね、小春が分かりやすいからだよ」
………………?
「要するに、小春はポーカーフェイスが超苦手なの。芹梨さんって人よりもね」
心を読まれやすい、みたいなことか? 一般人には到底理解できないことだけれど。
そういえば、一昨日だったかにぼくが考えたんだったか。
――芹梨さんの読心術って、相手が身内になればなるほど精度が上がるみたいだね。
「それはかなり近い表現だね。小春にとっては、全人類が身内みたいなものだから…………」
まあ、私たちは特別だけどね――と、謎のマウントを取ってくる常盤さん。
なるほど、そういうことだったのか…………。
「探偵ほど格好よくはないね」
「あの人は、元刑事なんでしょ? 探偵じゃないよ、あの人は…………」
常盤さんはそう言って、哀しそうに笑った。
………………なんで?




