6.事件の収束
ラブホテルでの騒動から数日後。
有海を苦しめていた不良女子グループは、あっけなく一網打尽となった。ヒロシが提供した情報と、彼のポケベルに送信されたメッセージによって、エリカの足取りが判明したからだ。3340というメッセージを頼りに、生活安全課の警官が総出で溜まり場、待ち合わせ場所である笹島の貨物駅跡につながるアンダーパスへと向かい、エリカとその仲間数人を拘束し、ヒロシに引き合わせようとした少女――明乃と、一緒に連行されていた少女――有海を保護したのだ。
この一連の事件は、新聞の地方欄に十七歳の非行少女を逮捕したと、名前を伏せて小さな事件として報じられた。しかし、そこに関わった人々にとっては、けっして小さな事件などではなかったのだ。
エリカとつるんでいた他の不良少女達も、栄の溜まり場で全員拘束され、彼女達に連れまわされていた少年も保護された。余罪を追及するために、彼女達に手駒として使われていた少年に同行してもらってエリカの自宅を家宅捜索することにもなった。室内の荒れぶり、特にエリカの自室には拘束具や怪しげなグッズなどが備えられていて、その頽廃的な空気には捜査官も驚いたぐらいだ。
ここに何度も呼び出されたり連れ去られたりしていた少年は、自分が下校時に面識すらないエリカ達から「ちょっとあたい達と一緒に遊ばない?」と声を掛けてきて、逃げようとしたところをナイフで脅され、無理矢理この家に連れ込まれて手籠めにされたのが自分の二重生活の始まりだったと証言した。そのあとは、エリカが何度も「お前は一生あたい達が可愛がってあげるからな」と言っていたこと、エリカの部屋で行なわれていたこと、この部屋のベッドの上で自分がエリカとその仲間の少女達に囲まれて彼女達の性愛のはけ口と心の隙間を埋め合わせるために肉体を重ねることを強要されたり、それだけでなく彼女達の好奇心を満たすために倒錯的な行為を施されていたことも震えながらも証言して、最後はその場に崩れ落ちたそうだ。少年は今は高校を休学して、支援を受けながら社会復帰のために必死にリハビリをしているそうだ。エリカに脅され、援助交際を強要されていた少女達も、高校に通いながら定期的にカウンセリングを受け、それぞれの日常へと必至に戻ろうと努力している。
ヒロシはその後、拘置所に移送されることになったが、その前に許しを得て警官が影から見守る中、ノリコに詫びを入れて別れを告げたらしい。彼が言うには「もう彼女にかけた魔法を解いておかなきゃいけない」とのことだ。自分が犯罪者だということ、自分のせいでノリコとの関係が発覚してしまったこと、ノリコも近いうちに警察から事情聴取を求められてしまうこと、そして、自分のふるまいがノリコ自身をもっと迷わせてしまっていたことなどを話し、詫びたそうだ。最低な男ではあるが、これまで自分の居場所を見つけようとして必死に藻掻き、彷徨っていた一人の少女がちゃんと現実に戻り、前に進むことができるようにと彼なりに励ましたかったのかもしれない。男性警官は、捜査への協力具合や供述の正直さからすれば、執行猶予になり刑務所への収監そのものは免れる可能性もありそうだと語っていた。
裕美が生活安全課の女性警官から後日こっそりと教えてもらったのは、ノリコのその後だった。裕美自身は会ったことも無い人物だったが、同じ現役女子高生ということでラブホテルの現場では気がかりだったのだ。
彼女は電話連絡を受けた親と共に警察署に出頭し、そこで事情聴取を受け、事実も認めたため高校からは自宅謹慎を言い渡された。だが、生活安全課の働きかけの甲斐もあって学校に残れたとのことだ。外見も、ヒロシとつながっていた時の派手な状態から、彼と出会う前の地味な容貌へと戻ったらいい。もちろん、風当たりは強いだろうし、ヒロシがいなくなったからといって現実の問題は解決してはいない。だが、女性警官はヒロシとの別れ話の時に彼にかけた「私の方こそ勝手に甘えててごめんなさい。戻ってきたら、本当の優しい人になってね」という言葉や、事情聴取の時の振る舞いかたを見て「芯の強い子だった」と言っているのだから、何とか前に進んで欲しいと願いたいところだ。
かくいう裕美も、学校側からたっぷりと反省文を書かされることになった。生徒指導の教師からは圧をたっぷりと掛けられたし、陸上部の顧問からはなぜか親身になった人生相談みたいなやり取りに長々と付き合わされたりもした。
以前にこの高校で発生した不審者侵入事件のときみたいに、手柄でもあったけど、ペナルティも抱き合わせ販売みたいについてきた感じだ。
「ま、でも有海がまた笑ってくれるようになったから結果オーライかな?」
期末試験を終えた裕美は、バス停にたたずみながら夏の空を見上げて呟く。
「裕美ちゃん、もしかして名古屋の事件のことでも思い出してるの?」
美穂は裕美の顔を覗き込む。
「結局、首を突っ込んでたのね? 無事だったからいいものを、本当に手籠めにされたらどうするつもりだったのよ?」
同じように一緒にバスを待っている葵も、呆れ顔で言葉をこぼす。
「葵、それは言いっこなしだってば。それよりもさ、期末考査がようやく全部終わったよね? 二人ともどうだった、感触は? ちなみに、私は中間考査の成績もまあまあだったから、一学期は余裕でクリアかな?」
「別に普通でしょ? 授業でやったところから出るだけじゃないの」
美穂はそっけなく返す。
「いつも通りやるだけだし。……問題は朝霧さんよね? 顔に生気がなかったわ」
葵は遠い目で語る。
「あちゃー、たっちゃんは追試かな? せっかく美穂に勉強見てもらえたのにね?」
裕美の発言に、葵は「いや、だから彼女の名前は『りゅうこ』って読むんだってば」とさりげなく訂正を加える。
「まあ、気の毒だけどしょうがないかもね。試験の結果だけはズルが利かないもの」
美穂も入道雲が浮かぶ夏の空を見上げて、一息吐く。
――今日も平和だ。
裕美は空を見上げながらそう感じるのだった。




