5.正念場
ラブホテルに入室したヒロシと裕美。
「ユミちゃん、先にシャワーを浴びるかい?」
「いえいえ、ヒロシさんが先に浴びてきてくださいよー。それに、待ち合わせ前にお風呂入ってきているんで、私はシャワー浴びなくていいかな? なんて気分だし。ヒロシさんがシャワーに行ってる間に、約束通り制服に着替えておきますね」
ヒロシは「そ、そうなの? 先にお風呂入ってきただなんて、ユミちゃんは意外と大胆だね」と言って、浴室へと入っていった。
裕美は窮地に立たされていた。
適当に情報を喋らせてからは、色々と理由をつけてトンズラするつもりであった。
だが、デート中にヒロシは肝心の、旧友の有海を苦しめている不良女子グループにつながる情報は何一つ語ることがなかったのだ。それどころか、中年太りをした脂ぎった男に見えて、思春期の女の子の警戒心を弱めたり、感情を転がすのが上手いときている。裕美が作り話で語った女子の悩み (もっとも、胸が小さいことと日焼け肌についての悩みは本当の話だが)を言葉巧みに慰めて、なぜか彼に心を向かわせるように誘導してきたのだ。
結局、ヒロシのペースに乗せられたまま、気が付けばラブホテルに連れ込まれてしまったのだ。
シャワーを浴びに行かせた後、自分が制服に着替えていなかったら、確実に怪しまれるだろう。ひとまずは着替えておくしかない。
しかし、それでも援助交際の共犯者にならないための一線をどうやって死守するかが裕美の正念場だ。
まず、お礼という名の現金は絶対に受け取ってはいけないだろう。ヒロシが払ってくれた食事代とかならいざ知らず、お礼と称したものは絶対に言い逃れができないし、そもそも、受けとってしまった時点でアウトだからだ。
では、この無駄に体重がある男に組み敷かれてみすみす手籠めにされるか? それもあり得ない。だが、その未来が見えそうなのが今の状況だ。
制服に着替えるために私服を脱いだ時、普段から身に着けている柄もレースも無い、上下お揃いのイエローカラーのスポーツ下着であったことに気が付いた。そのせいなのか、無性に自分の身に着けている下着が恥かしく思えてしまう。
着替え終わった裕美は、深く深呼吸をすると、顔を引き締めた。
「ユミちゃんお待たせ。ああ、着替えてくれてたんだね? 恥かしがってたけど、セーラー服、似合ってるよ? でも、見たことのない制服だなあ。何て名前の学校なの?」
「いやあ、それはさすがに内緒でおいて下さいよお」
裕美は笑顔でヒロシと掛け合いを演じる。
「じゃあさっそく、お礼をあげないとね。ユミちゃんと最高のひと時を送りたいからさ」
ベッドに腰掛けたヒロシは、枕側に置いてある財布を掴んでお札を取り出そうとする。
「ヒロシさん、ちょっと待って!」
裕美の制止に「どうしたの? ユミちゃん?」とヒロシは手を止める。
「以前、テレクラでヒロシさんは、私以外にも複数の女の子とこういう関係を持ってるって言ってましたよね? 他の女の子達って、どんな子なんですか?」
「え? どうして他の女の子の話を聞きたがるの?」
ヒロシは困惑する。
「だってー、私は女の子なんですよ? ヒロシさんが割り切った関係だって言っても、何かジェラシー感じるじゃないですか?」
「いや、そうはいってもユミちゃん、これは割り切った関係なんだよ。恋愛じゃないんだし」
「何か、ヒロシさんは隠しごとしてますね? 私からすると、その女の子のこと、ちゃんと知っておかないと盛り上がれません」
裕美は、ベッドの上にあがり、腰にバスタオルを巻き付けただけのヒロシへと迫っていく。
そして、耳元でささやく。
「教えてくれるまで、私、ヒロシさんを焦らしちゃおっかな?」
そう言ってから、裕美は手始めにヒロシの頬に、自分の頬を擦り付けていく。
高校では陸上部に入っている関係で、太陽に焼けて浅黒くなっている肌は、中年男の肌と比べても、あまり魅力的なものではないように裕美には思えてしまう。が、それでも文句は言ってられない。
そのまま、今度は身体をずらして首元に顔を埋めて同じように擦り付けてヒロシを挑発していく。
「ユミちゃん、こんなに積極的な子だったの? すごく素朴な感じに見えたのに、何か良い匂いもするし、我慢できなさそうだよ」
「だーめ。教えてくれないと、顔とか、首元とかにエッチな痕をつけちゃいますよ? それはヒロシさんとしてはちょっと恥かしいですよねえ?」
そう言いながら、裕美は匂いのことを言われた仕返しとばかりに、ヒロシの首元に顔を埋めて、聞こえるように匂いを嗅ぐ音をたてる。待ち合わせ前に朝風呂に入ってきてホッとしているが、ヒロシのコメントは何か腹立たしい。
そのギャップに、ヒロシは身体を一瞬強張らせる。
「あれ? 女の子に積極的にされるのは珍しいですか?」
裕美はいたずらっぽく目元を緩ませる。
「ユミちゃん、どこでそういうの勉強したの?」
ヒロシは呼吸が荒くなっている。
裕美としては、時折見ているハードボイルド系の洋画の中にはけっこうラブシーンが入っているから、それの見よう見まねに近いのだが、思いの外効果があったようだ。
「ねえヒロシさん、話してくれる気になりました? テレクラでお話ししていた時に言ってくれたじゃないですか? 普段はこういうテレクラってやり方をしないで女の子と出会ってたって? もしかして、本当は道端で女の子をナンパとかしてたんですか?」
指の腹で、男の胸板をなぞってくすぐる。
「いやいや、僕のこの姿格好で女の子に声を掛けたら警察を呼ばれちゃうよね?」
「えー? 中身はこんなに素敵で、私達女の子の気持ちを大切にしてくれるおじさまなのに、なんで?」
「だって、そういうのはお互いに言葉を交わして交流できる状況じゃないと成り立たないよね? 第一印象で年頃の女の子達がそういう気持ちになってくれないよ」
「でもそれじゃ、出会いなんてできませんよね?」
裕美は痕が残らない強さで、男ののどぼとけを唇で愛撫する。
「そうだよ。だから、最初のあたりはユミちゃんと同じテレクラで出会ってたんだよ。でも、そういうところで出会った子はなかなか闇の深い子だったりして、いつの間にか別の所で事件を起こしたりで少年院に入れられたりで長続きはできなかったね」
「ヒロシさん、けっこう恐い橋を渡ってたんですね?」
憐れむふりをして、裕美は頬をヒロシの顔にくっつけて何度も擦り付ける。
ヒロシも、その感触にゾクっと身体を震わせる。
「そういう時だったね。気晴らしに栄で飲み歩いていた時に、まさかのまさかで女の子から声を掛けられちゃったんだよ。しかも、キレイな顔した女の子でさ」
裕美は、その発言に一瞬愛撫の手を止めた。
――たしか、有海が教えてくれた情報だと、不良女子グループのリーダーの女は、エリカという名前だったな。
「もしかして、ヒロシさんの魅力に気が付いた、お目の高い女の子?」
ヒロシの気を良くするために、持ち上げた後に、唇を鎖骨から胸板に向けて滑らして指とは違う方法でくすぐってやる。
「いやいや、そうじゃないってば。その女の子は、もう一人女の子を連れていてね。声をかけてくれた子が『隣の子、今、どうしてもお金が必要なの。でも、まだ高校生だからどこからもお金を借りれなくて。でも、お金が無いと大変なことになるの。おじさん、この子を助けてあげて』って言ってきたんだよね。紹介された子も、どこにでもいそうな、どっちかというと真面目な雰囲気の女の子でさ。でも、何かに怯えたような目をしてたな。で、その子も『私、今すぐお金が無いと大変な目に遭うんです。おじさま、私を助けてください』って、ためらいがちだけど話してくれてたね。いいよ、ってこっちが言ったら、声をかけてくれたキレイな女の子は『おじさん、その子のことお願いね』と言って去っていったよ」
「何か、ちょっと恐くないですか? ほら、美人局って犯罪あるじゃないですか?」
「それが違ったんだよ。ラブホテルでも乱入が一切なくて、その子も『ありがとうございました。また助けてほしいときにお願いします』って丁寧に言ってくれてね。心配だから地下鉄まで一緒に行こうとしていたら、途中の道で、その声を掛けてきた女の子が現れてきて『おじさん、ありがとう』って言って、援助してあげた女の子を連れだって帰っていったんだ」
「ええ、それだけで終わったんですか? 何か、話の続きが気になります」
裕美はヒロシの首に巻きついて体重を預けると、そのままベッドに押し倒して、男の上に覆いかぶさった。
ほぼ全裸のヒロシの素肌には、裕美の身に着けている夏服セーラーの生地が密着し、その奥にある少女の体温を心地よく伝えるフィルターのような機能を果たし、その一枚隔てたぬるい温度に身震いする。
「ヒロシさんが援助してあげた子って、どんな名前だったんですか?」
密着したまま、少し体をよじって微妙な刺激を与えていく。
「マミちゃんって名前だったね。それから、その声をかけてくれたキレイな女の子が何人も女の子を紹介してくれたんだよ。みんなマミちゃんみたいに普通の、闇なんかなさそうな女の子だったんだ。きっと、学費で精一杯なんだろうね。ほら、今の日本って、バブルがはじけてから不景気だし、消費税も5%になったばかりでしょ? やっぱり家計が苦しくなってる女の子も多いだろうね」
「ねえ、ヒロシさん。他に何人くらい付き合ってるんですかあ? 私、気になっちゃう」
「ええ、恥かしいよ。言わなきゃダメ?」
「だってー、多かったらその分だけヒロシさんと遊べる機会が少なくなっちゃうじゃないですかあ。だから知りたいんです」
「四人だよ。一人はテレクラで出会った、ノリコちゃんっていう普通の子だよ。最初は地味な子でね。何か、学校で居場所が無いってことで話を聞いてほしい子だった。今じゃ、すごく綺麗な女の子に変身したからね。メイク代を欲しいのか、それでも愚痴を聞いてほしいのか、僕と今でもつながってる子だよ。でも、他の三人は、みんな栄で声をかけてくれた女の子が助けてほしいって紹介してくれた女の子かな。彼女達の秘密も守らなきゃだから、具体名は伏せるけど、かなり頭の良い学校の生徒なんだよ。そう言う子がお金が必要だなんてのはよっぽどのことだろうね」
ヒロシは、まるで自分のしていることが人助けであるかのように語っている。
「でも、そのキレイな女の子って、どんな子なんですか? どうしてそんなに困った子ばっかり?」
「いやあ、それよりもそろそろユミちゃんと最高の時間を味わいたいな。ねえ、そろそろいいでしょ?」
「えー? その女の子がどんな子なのか気になるう! 名前も知らない仲ってことは無いんでしょ? その子、また女の子を連れてきたらとか、ついにその子もヒロシさんとつながっちゃたらって思うと心配なの!」
「怒らないでよユミちゃん。たしか、三人目の女の子を紹介してもらったときに、いくらなんでも不思議だなって思って、名前を一回だけ聞いてみたんだよ。そうしたら、エリカだって教えてくれて。これからも、お金に困ってる女の子を助けてあげてねってフレンドリーに接してくれる女の子だね。さあ、そろそろユミちゃんを……」
「へえ、エリカっていう子なんですねえ。その話、もう少し詳しく教えてくれません?」
「いや、それよりもそろそろお礼を先に渡すから……、あ! い、痛たたた! 何、どうなってるの? 両脚が!」
いつの間にか裕美は、ヒロシの両脚を自分の両脚に複雑に絡みつかせて、監獄固めという関節技で拘束していた。
裕美が脚をピンと伸ばそうとすると、それによって、ヒロシのすねあたりの骨が軋み、激痛が彼を襲う。
「ねえヒロシさん? そのエリカとかいうチンピラ女とは、いつもどこで落ち合うんですか? そこで援助交際相手の女の子とデート行くんですよね?」
「ちょっと、ユミちゃん、どうしちゃったの?」
「ヒロシさんがあまりにもかわいそうなんで、一応断っておきますけど、お礼は絶対に受け取りませんよ? 私、援助交際なんてするつもり全然ないんで! なんなら御馳走になった分も、返金しましょうか?」
「な、なら何でユミちゃんは僕と会ったりしたの? 痛! ちょっと、お願いだから締め上げないで!」
「私の同じ中学出身の友達が、そのエリカって女に、お友達を援助交際の商品にしてほしくなかったら忠誠を誓えなんて脅されてたんですよね」
「エリカちゃんが? でも、あの子、格好はすごく威圧的だけど、すごく友好的な女の子だったよ、ああ! 痛いって、やめてよお話してるんだから、お願いだよ……」
「ヒロシさんの知ってることって、何ですか? あの女がそんなに良い子だとは信じられないんですけど?」
「エリカちゃんとは、ほとんどは困ってる女の子を紹介してもらって、決まった場所でその子と会ってデートに行くだけだよ。二人で話したのは、最近になって『最近、私に悩みを相談してる女の子が二人いるけど、もし彼女達がどうしようもなく困ってしまったときは、二人一緒に助けてくれますか?』って相談をされただけで……」
ヒロシの証言で、裕美はエリカが有海とその友人に対して企てているおぞましい計画を知り、はらわたが煮えくり返るような思いを抱いた。
「ねえヒロシさん、その時点でどこかおかしいって思いません? お金に困ってても、普通は3Pなんて進んで申し込んだりしませんよね? しかも、個人的にすごくむかつきましたよ、その話。ヒロシさん、もしかして援助を引き受けるつもりでした?」
裕美のむき出しの怒りを感じたヒロシは、震えながら首を横に振る。今更ながらに、その異常さに気が付いたようだ。
「ゆ、ユミちゃん、僕はこれから君にどうされちゃうの?」
ヒロシが本格的に怯えだしたのを見て、裕美は少し声のトーンを調節することにした。
「とりあえず、エリカと落ち合う場所ってどこになるんですか? 一つってことはないですよね?」
「栄の久屋大通公園の噴水か、そうじゃなかったら笹島の貨物駅の跡地近くのアンダーパスのどちらかだよ。どっちで何時に落ち合うかはベルにお決まりの四桁の数字を送ってそれで暗号にしてるんだ。他の人に知られたくないって女の子だから、優しくエスコートしてね、ってお願いされてるし。僕が知ってるのはそれだけだよ。ねえ、ちゃんと知っていることを話したから許してよ」
「あの、言いにくいんですけど、技をかけたはいいけど、実は私も技の外し方がよく分からなくて……」
「え? どうするの、これ?」
「……どうしましょ?」
「もしかして、僕達ずっとこのまま?」
「いや、それはまずいでしょ! な、なんとかしないと」
裕美は慌てて自分の脚を動かそうとする。
「痛っ! お、折れる折れる!」
「あれ? 今私の脚どうなってるんだっけ?」
「ちょ、痛たた! ユミちゃん、不用意に動かないでよ、本当に折れちゃうよ」
「あああ、ごめんヒロシさん。でも、ちょっと私からじゃ脚の絡みかたが見えなくて」
「だめだ、僕もユミちゃんが覆いかぶさってるから脚が全然確認できないよ。でも、ユミちゃんが折り重なってくれてるから、何かこれはこれで気持ち良いかも……」
「いや、密着されて嬉しいのはちょっと分かりますけど、この状況で気持ち良いとかのんきなことを言ってる場合ですか! 早く外さないといけないんだから、ヒロシさんも協力してくださいよ!」
困り果てたところで、突然個室のドアが開かれる音が聞こえる。
「動くな! 生活安全課だ!」
スーツを着た強面の男と、同じようにスーツとスラックス姿の若い女性が部屋に突入してきた。
「あれ? お姉さんは、たしか名古屋駅で道を尋ねてきた人ですよね?」
「あら、あなたがバッドばつ丸Tシャツのユミちゃんよね? 無事だったかしら?」
女性警官は、裕美に優しく声をかける。
だが、一緒に入ってきた強面の男性警官が、間に入ってきた。
裕美は、威圧感にゴクリと唾を飲み込む。
「君は制服を着ているということは、高校生だよね? もしかして、この男と淫らな行為をしていたのかな?」
「え、えーと。これには話せば長くなる事情が……」
上目遣いで警官の顔を確認するが、どこか話しづらい雰囲気を醸し出している。
「君、数日前にテレクラに電話をしていたよね? 援助交際の実態を把握するために、店側に調査協力を依頼していた時、この男と電話していたのは知っているよ。内容もしっかりと把握させてもらっている」
王手をかけられた、というよりも「詰み」の状態だ。
あの女性警官が出張中のОLを装って、名古屋駅の新幹線改札口のところで道を尋ねてきたのは、マークするためだったのか。
裕美は、肩を落とした。
「あ、あの! この女の子、ユミちゃんは咎めないで下さい! 僕は言い逃れできないけど、彼女は違うんです。服も着たままですし」
ヒロシが、突然話に割り込んでくる。
「援助交際をしていたんじゃないのか? ホテルに二人きりだろ?」
「でも、あの子はお礼っていうお金は受けとっていません! ほんとです。服だって乱れていないじゃないですか。そこは信じてあげてください!」
男性警官に指示された女性警官が、裕美の財布の中身を確認するが、千円札が数枚と小銭が少々入っているだけで、一万円札は入っていなかった。
「なら、何でこの子はこんなことを?」
「あの、それよりも脚、外すの手伝ってくれませんか? 全然外れなくて……」
「ああ、たしかにそうね。まずはその脚、どうにかしなきゃ」
女性警官は、複雑に絡み合った脚を見て、つい苦笑してしまった。
「僕がさっきまでの行為の中で聞いた話だけですけど、ユミちゃんは不良女子グループに脅されてる友達のことを助けたくて僕に接触してきただけなんです。それに、この状況で言い逃れなんてできませんから白状します。そのグループに脅されて無理矢理援助交際をさせられてる子と、僕は何度も交際もしていました。僕が馬鹿でした」
ヒロシは、自分の知っている情報を詳しく説明しはじめた。
グループのリーダーの少女はエリカという名前だということ、彼女が紹介する女の子との援助交際はお金に困っている女の子というふれこみで行なわれていたこと、彼女とのコンタクトにはポケベルが使われているということ。
これらを男性警官に話していった。
「もしかして、その不良女子グループってのは、栄で暴れてるグループかもな? 随分と金を派手に使っているみたいだし。そのカネの出所は脅した少女を使っての援助交際だったってことになるか……」
男性警官は、顎に手を当てて情報を整理する。
「ヒロシとか言ったな? お縄にする前に、ちょっとだけ協力してもらうぞ? お前がグループと連絡を取り合うために使ってるポケベルを使わせてもらう。もちろん、渋ったりはしないよな?」
警官の問いかけに、ヒロシは「はい」と力なく答える。
「メッセージは、3340だと笹島のアンダーパス、2631だと栄の噴水ってことになっています」
――3340だとサ・サ・シ・マで、2631だとフ・ム→ン・ス (リー)・イ (チ)という事か。
傍らで聴いていた裕美は、その四桁の数字に隠された意味を解釈していた。
「ユミちゃん、ちょっといいかしら?」
考え込んでいる裕美の様子を見逃さなかった女性警官は、すかさず声をかけてくる。
「あなたは賢い子だから分かってると思うけど、ここから先は大人の仕事になるからね。あなたが関わることじゃないわよ」
図星だったのか、裕美はギクッと体を硬直させた。
その反応に、女性警官は呆れ顔になって息を軽く吐く。
「あの、脅されてる私の友達とか、もう援助交際をさせられてる女の子とか、大丈夫なんでしょうか?」
「はっきりとは言えないけど、自分の意志で援助交際をしていたかどうかは重要ね。強要されていたのなら、話は違ってくるだろうし。でも、ヒロシって男の場合は、店側の提供してくれた録音で把握している通話内容からすると、不良グループの線とは別にもう一人援助交際をしてた女の子もいるみたいね。だけど、そっちの子は保護対象と見なせるかどうかは正直あやしいわね。何せ、継続的に会っているみたいだし」
裕美は、その少女がヒロシの話してくれたノリコという少女だと直感した。
そして、その言葉にヒロシは顔を青ざめさせる。
「ちょっと待ってください! ノリコちゃんは今回の事件と無関係でしょ! 何で彼女までマークするんですか! あの、警察の皆さん、お願いです。捜査にはちゃんと協力しますから、ノリコちゃんまで責任を追及しないでください! 確かに、関係は今も続いていますけど、彼女が欲しかったのはお金じゃないんです。本当ですから!」
「それはお前の協力次第だな。それと、調査で発覚したことを上に報告しないわけにはいかんからな。やっていることは法に触れる行為だ。それは分かっているだろ?」
必死に訴えるヒロシを、男性警官が厳しく遮る。
「でも、あの子は今も学校では浮いてるって、居場所がない、誰もまじめに話を聞いてくれない、最近は下心丸出しの男子が言い寄ってきて恐いって言って悩みを話してくれてたんです。確かに一緒に食事をしたり、デートみたいなことはしてました。でも、彼女は話を聞いてほしかったし、居場所が欲しかっただけなんです」
必死に訴えるヒロシを、男性警官は顔色一つ変えずに見ている。
裕美は女性警官に訴えるような視線を送る。
「先輩も私も現場人間だから、現行犯とかじゃなければ、一存では決められないのよ。上層部がどう判断するかなんだから。私と先輩には何の権限も無いってことだけは分かってちょうだい? 意地悪してるんじゃないのよ」
女性警官は、裕美に弁解する。
男性警官も、裕美に近づいて話しだす。
「そういうことだ。ユミちゃんだっけ? 君は情があるのかもしれないが、ここで手を退いてもらうよ。お友達が心配なら、なおさら帰って辛抱強く待ちなさい」
そして、ヒロシに対しても言葉を掛けた。
「ノリコという女の子のことは一旦置いていけ。どっちにしろ、現行犯じゃない以上は上層部が彼女の事を捜査するかどうかを判断するんだからな。だが、俺の経験則だと裏を取るための証拠や聞き込みが必要な事案だろうな。だから、今すぐに彼女が補導の対象になったり、身柄が拘束されたりするわけじゃない。事情聴取は避けられんがな」
ヒロシはうなだれていた。
男性警官は、裕美に向き直る。
「ところで、君の制服って名古屋市内の学校ではないけど、県内の高校のものだよね? どこかは知ってるんだけど、君から教えてくれると助かるかな? そのほうが後の処理はやりやすいから」
男性警官の一言に、裕美は冷や汗を垂らす。
「あのー、やっぱり学校に連絡がいく展開ですか、これ?」
「まあ、これも警察の職務上の規則だからしょうがないわね。ユミちゃん、素直に説明した方がいいわよ」
女性警官は、それなりのフォローを入れて、裕美に供述をうながす。
「……ほ、北辰高校です。あ、それと陸上部です」
「学校には迷惑な事案かもしれんが、停学や退学といった処分を下す理由としてはあまりにも弱すぎる。だからそんなに心配はしないでいいぞ」
裕美は「ははっ」と魂の抜けたような湿っぽい笑い声を上げるしかなかった。




