第352話 見えない解決方法
新馬村の真実を知って4日が経過した。甘木亮介は高瀬梓と共に、佐伯奈緒を助けようと調べているが成果はなし。
ただ巫女役が死ぬのは確実で、思い違いでないという事実だけが示されただけ。新たに分かった事実は、祭壇の存在である。
アガツ様に生贄を捧げる場所が、村長の所有する山の中にあるという。今までもそこで、何度も若い娘が命を捧げて来た。
その歴史は数百年続いているようで、なんと戦国時代まで遡る。儀式が始まったのは、1517年の春からだという事が判明。
日本各地が戦乱に見舞われる中、かつてこの村は窮地に立たされていた。荒くれ者が周囲に蔓延り、脅迫される日々が続く。
食料を渡さねば、若い娘を連れて行かれてしまう。相手は武士くずれの野盗であり、武装していて村人では太刀打ち出来ない。
農具を武器にする方法もあるが、立ち向かうのは非常に危険だ。だが食料を渡していれば、とにかく村の存続だけは可能になる。
分け与える余裕は本来ないが、若い娘を奪われ続ければいずれ村は滅ぶ。そうなるよりは、幾分かマシだろうと判断された。
しかし、野盗がそんな約束を守る筈も無かったのだ。結局彼らは若い娘を要求するようになり、1人また1人と連れて行かれる。
だが抵抗するだけの力もなく、ただ奪われるだけの毎日。そんな時に姿を見せたのが、人の言葉を話す馬だったという。
彼は1年に1人だけ、若い生娘をよこせば村を守ると提案した。守るのは野盗などのならず者だけでなく、あらゆる困難が対象だと言った。
野盗どころか大軍が相手でも村を守り、病気や飢饉すらも防いでくれるという。もちろん最初は、彼の事を村人は疑った。
見た事もない白銀の毛を持つ不思議な馬が、そんな事を言っても信用できない。そもそも、野盗に騙されたばかりである。
似た要求を行う相手を、どうして信じられようか。だが謎の馬は、断られても村を出ていかない。様子見と言って近くの山に居座った。
それからしばらくして、また野盗達が村を訪れて若い娘を要求。その時に目をつけられた娘が、助けて欲しいと心から願った。
すると娘の脳内へ、例の馬の声が届いたという。自分に従うのであれば、野盗達から助けてやると伝えたそうだ。
藁にも縋る思いで、娘は同意したという。すると山から白銀の馬が現れて、野盗を蹴散らし娘を助けたと記録に残されていた。
以降、村人達は疑いながらも平和な日常を取り戻した。しかし、変化はそれだけではない。なんと作物の育ちが各段に良くなったのだ。
何故か村の周囲だけ、天候が極端に悪くならない。周囲の村が凶作に悩まされても、この村だけは異常な豊作を見せた。
助られた娘が、白銀の馬と姿を消してから突然起きた出来事だ。そうなって来ると、村人達の反応も変化していく。
あの馬は、本当に村を守ってくれるのではないか。言われた通り毎年1人だけ、若い生娘を差し出すだけでいいというのであれば。
これから脅威に怯える必要がなくなるなら、提案を受け入れるべきではないか。村人達から、そんな意見が複数寄せられる。
当時の村長はよく考えた後、再び白銀の馬と話し合う道を選んだ。山へ行って彼を探し当て、改めて村へと招いた。
しっかりと協議を重ねた結果、当初の条件通りの契約を結んだ。そして契約は現在になっても、継続しているという。
「こんな御伽噺を皆が信じているなんて、おかしいだろう……」
現在もアガツ様が住んでいるという、村長宅の裏にある山へ立ち入った亮介と梓。記述にあった生贄の祭壇を見つける為だ。
効果的な対策はまだ見つからないものの、今分かっている事の確認を行う。真実だというなら、山の中腹で見つかる筈。
場所だけでも把握しておけば、奈緒を連れ出せるかもしれない。最悪の場合を考慮して、探っておく事にしたのだ。
本来知らされていない祭壇の場所を、密かに把握しているという手札となり得る。儀式中に救出すれば、どうにかなるかもしれない。
そう願いながら、亮介は歩みを進めている。調べて分かった事は、どれも胡散臭い伝承だと愚痴をこぼしながら。
「まだ、私達の知らない事何かがあるのかも……」
対して梓の方は、亮介ほど村の真実を疑っていない。村の大人達全員が信じているなら、決め手となる要素があるのかもしれないと。
「そうは言っても、残された時間は少ない。大事なのは奈緒の助け方だ」
「分かっているけど、見落としがあってもいけないし」
「俺達は学者じゃないんだ。余計な事まで考えていられないよ」
木々の隙間を縫いながら、2人は道なき道を登っていく。本来なら山道を進むべきだが、今は極力時間を有効に使いたい。
遠回りしていては、時間のロスが大きい。多少の無茶をしてでも、先へ行く必要があった。それに2人は、山登りに慣れている。
梓の探求心に付き合わされて、周囲の山は大体立ち入った。この山も例外ではなく、中腹辺りまで登った経験がある。
その当時は、まさかそんな祭壇があるなど知らなかったが。もちろん勝手に立ち入った事で、そのあと村長に随分と怒られて終わった。
「そろそろじゃないか? 書いてあったのはこの辺だろ?」
「ちょっと待って……」
書物を持ち出すと、探っていると村長にバレるリスクがある。だから梓が代表して、重要な記述を写真に撮っておいた。
スマートフォンをポケットから取り出し、梓は山の地図を表示させる。彼女が先頭に立って、目的の洞窟を目指す。
5分ほどで本当に洞窟が見つかり、亮介と梓は一度立ち止まる。ここまで記述通りならば、祭壇があるのも真実だろう。
トチ狂った変人が書いた妄想ではなく、実際に洞窟の入り口が眼前にある。これ以上先に進めば、きっともう戻れない。
「……行くぞ梓」
「え、ええ」
本当に祭壇も見つかれば、もう言い訳のしようがない。何も無かった事にして、元の学生生活に戻る事は不可能だ。
村の大人達は、毎年1人の生贄を捧げている。誰かを犠牲にしておきながら、平気な顔をして毎日暮らしているという事。
優しい人達だと思っていたのに、裏の顔を皆持っていたとするなら。もう真っ直ぐと、両親の顔を見られないかもしれない。
今ならまだ、自分に嘘をついて生き続ける道を選べる。きっと奈緒は東京に行ったのだと、嘘を事実と捻じ曲げて生きられる。
だがそんな未来を、2人はどうしても受け入れられない。彼らにとって、奈緒は大事な女性で昔からの親友なのだから。
「暗いな……」
亮介もスマートフォンを取り出して、背面にあるライトを点灯させる。人工の光が、薄暗い洞窟の中を照らし出す。
見た目は自然に出来た洞窟だが、よく見ると加工された部分があった。壁には誰かが描いたらしい絵のようなものがある。
きっと大昔に描かれたものだろう。年季が入っており、所々に欠落が見られる。地震か何かで、一部が剝がれ落ちてしまったのだろう。
「ね、ねぇ……亮介。アレ……」
「…………ああ」
奥まで歩いた2人は、如何にもと言わんばかりの広間を見つけた。炎を灯せる燭台と、床に旧漢字で書かれた何かの文章。
神社にあるものと全く同じ形状の馬の石像。何人かの人間が座れそうなスペースと、少し高くなった位置にある石造りの棺。
これでもう、今まで見て来た情報が本当だと確定した。本当にこの村には、生贄を捧げる為の祭壇が密かに存在している。
しかも、明らかに誰かが清掃もしているらしき痕跡が見られる。村長が頻繫に山へ入っているのは、ここの管理も含まれているのかもしれない。
「……場所は分かった。村長と鉢合わせる前に下山するぞ」
「そ、そうね……」
蔵で書物を見て以来、どんどん嫌な真実が明らかになっていく。自分達の暮らしていた村の、本当の姿がめくれていく。
2人は下山の際に、何も言葉を発しなかった。今夜両親と、どんな会話をすればいいのか。ただそれだけを考えて足を進めた。




