第353話 止められない流れ
巫女の祭壇を見つけた2人は、一旦自宅へ帰る事を決めた。甘木亮介は晴れない気持ちのまま、1人で人通りの少ない道を歩く。
夕日が沈みかけており、もう周囲は随分暗くなっている。まるで亮介の内心を示すような空の色は、星の輝きもなく曇っていた。
どうしても重くなる足を引きずりながら、亮介は自宅へと辿り着く。新馬村では、漁師がそこそこ収入の多い職業になる。
そのお陰で、亮介の家は大きい部類になる。子供は亮介1人しかいないが、5人は暮らせるだけの規模を誇る。
小さな黒いスチール製の門を通って、亮介は玄関のドアを開いた。すると置かれている靴の多さに亮介は気づいた。
「え……この靴、奈緒のか?」
普段住んでいる亮介と両親の靴以外に、佐伯奈緒の物と思われる靴を含めて6人分の靴が並んでいる。
「まさか……」
どうにも嫌な予感が浮かぶ亮介。祭りまであと4日というタイミングで、奈緒と数名の大人が自宅を訪れる理由は何か。
年末のカニ鍋をどちらの家でするのか。その話し合いに来ただけで、杞憂に過ぎなければどれだけいいだろう。
しかし、大人達は恐らくもう知っている筈だ。奈緒も一緒に年末を過ごせないという事実を。ならば、そんな明るい話ではない。
巫女役の発表は、毎年お祭りの数日前である。時期的にそろそろであり、山を探している間に発表された可能性はある。
膨らむ暗い気持ちを抑えながら、亮介は廊下を進んでいく。嫌に静かな家の中を通り、リビングへと辿り着いた亮介。
「……ただいま」
リビングの中に入ると、亮介の両親以外にも人がいた。彼の予想通り奈緒の他に、彼女の両親が来ていたようだ。
一般家庭より少し広い室内には、5人ずつ座れるソファが2つ向き合っている。その間に低めの長机が置かれている。
片方に亮介の両親が座り、対面に奈緒たちが座っていた。どうにも空気が重苦しく、奈緒だけが困惑している状態だ。
「待っていたぞ亮介。こっちに座れ」
「……ああ」
父親に言われて亮介は、両親に挟まれる形で座った。反対のソファにも、同じよう両親に挟まれた奈緒が居る。
亮介が座るなり、彼の父親が話を始めた。それは4日後に行われる、毎年恒例の冬の感謝祭についての話だった。
奈緒は今更なぜ話すのか、分かっていない様子だ。だが亮介の方は、この後に続く内容が何となく理解出来ていた。
とりあえずは黙っているものの、握った拳は震えている。悲しみ、怒り、叫びたくなる衝動が心の中で暴れ回る。
「それで……2人には……いや、子供達には黙っていた事がある」
「ええと、おじさん?」
「奈緒ちゃん……いいか、よく聞いて欲しい」
何も知らない奈緒は、キョトンとした表情で亮介の父親を見ている。大人達は何も言わない亮介に、何かを感じ取った様子だ。
少しばつの悪そうな顔を浮かべ、亮介の父親へ視線を向ける。少しの沈黙を守ってから、亮介の父親は全てを明かした。
この村には本当にアガツ様という神様がおり、年に1度、その年の終わりに生贄を捧げねばならない。そんな決まりがあると。
そうしなければ、村に不幸が降りかかる。同時にこの決まりを守っていれば、村に不幸は訪れなくなるという事も。
「な、なにを言って……」
初めてこの情報を知った亮介のように、奈緒もまた理解できずにいる。この令和の時代に、若者がいきなり信じる筈もない。
ただ困惑を浮かべるだけで、聞いた話が受け入れられない様子を見せる。話はそこで終わらず、祭りの巫女役がその生贄だと明かされる。
やはり両親は知っていて黙っていた。大人は皆グルだったという事実が、亮介の心に大きな傷跡を残す。もう黙っていられなかった。
「だから奈緒を生贄にするのか! そんな迷信を信じて、村の為に死ねって言うのかよ!」
荒々しく立ち上がった亮介は、今日まで抱えていた不満を爆発させた。父親に向けても仕方がないと、頭では分かっている。
父親1人を責めたところで、他の村人達が考えを変える保証などない。それでも、彼はこうする以外の方法が思い浮かばない。
「落ち着け亮介。迷信じゃないんだ。この村の成人式で、皆アガツ様と面会するんだよ。本当に居るんだ」
あくまで亮介の父親は、アガツ様は実在すると話す。だが亮介と奈緒については、疑いの目を向けざるを得ない。
何より奈緒の方は、自分がその生贄だと知って驚いてもいる。まさかそんな話が進んでいたなんて、思ってもみなかったから。
衝撃を受けている奈緒と違い、亮介のヒートアップは止まらない。大人達に裏切られたという思いもあるのだろう。
単なる子供らしい反抗期の域を超えていた。今となっては、奈緒以外が全て敵だと言わんばりの剣幕を見せている。
「じゃあ学校はどうなる! 昔空襲を受けて工事したんだろ! 守ってくれていないじゃないか!」
亮介の目線から見れば、その事実は致命的な問題点である。村を守ってくれると言いながら、被害が出ている記録は残っている。
「あれは……俺もよく知らない。突然の出来事で、間に合わなかったと聞いている」
「なんだよ! その詐欺師の言い訳みたいな話は!」
「ちょっと亮介、そんな言い方——」
亮介の母親が彼の表現を咎めようとするも、息子から向けられた明確な敵意で黙ってしまう。初めて見る息子の表情に目を合わせられない。
村の真相を知っている大人達と、亮介の溝は決して埋まらない。あくまで神など居ないと考える側と、この目で見て知った側。
何より怒りを顕わにする亮介を、今止められる大人はいない。力で止める事は出来るだろう。しかし、それは致命的な決別を生む。
無理矢理抑えつければ、余計な反発を生むと分かっている。そんな事をすれば、奈緒を連れて村から逃げ出しかねない。
2人に真実を話すかどうかは、ギリギリまで議論された。結局、黙っていた方が後で禍根を残すと判断が下った。
実際こうして、亮介は激しい怒りを見せている。もし黙ったままで居れば、二度と亮介は両親と暮らさないだろう。
2人が親密な関係だと分かっているから、誠意を見せておこうと考えた。それは奈緒の両親だっておなじだった。
もちろん娘が居なくなるのは辛い事だ。しかし、彼らはアガツ様を知っている。実際に会って、生贄の必要性も理解している。
ここで拒否をするよりも、尊い犠牲として送り出す。ちゃんと納得して貰った上で、お祭りを終わらせようと考えている。
奈緒が反発して受け入れないような性格だったら、奈緒はこの場に呼ばれなかった。真実を隠したまま終わらせただろう。
「亮介、奈緒ちゃん。なぜ俺達が内緒にしたままで終わらせないのか、よく考えて欲しい。何も言わないままで、終わらせる事も出来たんだ」
「だから何だよ!? 正直に話したから許せってか!?」
「そうじゃないんだ亮介君。僕達はね、そんな犠牲のお陰で生きているんだよ」
奈緒の父親が、複雑そうな表情で話し掛けた。亮介が例え何と言おうが、変わらない村の歴史があるのだ。
今まで数百人に及ぶ巫女達の犠牲で、新馬村は存続する事が出来ている。小さな田舎の村なのに、存続の危機に陥った事はない。
財政難に悩む事無く、合併とは無縁の運営が出来ている。大きな病が流行る事なく、凶悪な犯罪が起こった過去はない。
生贄がなければ、そもそも亮介と奈緒も生まれていない。今こうして、話し合う機会なんて無かった可能性だってある。
「僕達だって、真実を知った時は悩んださ。巫女役の子を好きだった同級生も居るんだ。でもさ、それでも皆ここで生きている」
「そんな……だからって……」
他でもない奈緒の両親に言われてしまえば、亮介もあまり強く出られない。彼らだって、奈緒を失う事実は変わらない。
それでもこうして従っているのは、必要な事だと理解しているからだ。亮介はそれ以上、反発する言葉は出て来なかった。




