第351話 巫女の真実
「で、でも……絶対に死ぬとは限らないよな?」
村長宅の蔵にて、甘木亮介が震える声で告げた。まだ怪しい書物を見つけただけで、こちらの思い過ごしではないのかと。
確かに気になる記録ではあるものの、巫女役が全員死んだと確定はしていない。亮介はその可能性に縋ろうとしている。
しかし、記録を読み進める高瀬梓はゆっくりと首を左右に振った。順番に遡った限り、間違いなくこれまでの巫女役だった女性達の名前が載っている。
「じゃあ亮介は、1人でも村に帰って来た巫女役を見た事ある?」
「そ……それは……」
亮介は何度思い返しても、巫女役をやった女性と再会した記憶はない。勝手に全員が、村を出た先で幸せに暮らしていると思っていた。
今日までそう思っていたが、よく考えてみればおかしな話だ。なぜそんな風に思い込んでいたのか、理由を考えてみる亮介。
昔からずっと、新馬村の慣習として繰り返して来た。単なる祭りの一環として、演出のようなものだと思って生きて来た。
疑いもしなかったのは、大人達が当たり前のようにしていたからだ。誰も死を仄めかすような言動はしていなかった。
「だ、だって皆が! 父さんや母さんだって! 村の為だっ……て……」
そこまで発した亮介は、最悪の可能性に思い至る。もしも村の大人達が、全員この事実を知っているとするならば。
分かっていた大人達は、敢えて亮介達に教えなかっただけなら。理解出来るような年齢を迎えるまで、秘密にしていたとすれば。
「……きっと、皆知っているのよ。巫女が生贄だって……」
「ちょっと待てよ! い、生贄って! 大昔じゃないんだぞ!?」
この令和の時代に、生きた人間を生贄に捧げるなんて有り得ない。亮介はそう主張したいが、記録上は去年も同じ事が行われたらしい。
だったら今年も同様の筈で、巫女に選ばれるのは彼が愛する佐伯奈緒になる。そうなれば、もしこれが真実なら奈緒は死ぬ。
今まで夢見て来た未来が、想像していた未来が全て崩れていく。どう足掻いても、このままなら来年を奈緒と迎えられない。
新年を迎える前に冬の祭りで、奈緒はいなくなってしまう。卒業式までに告白だとか、もうそんな悠長を事を言っている時間はない。
だが告白をしたとしても、結局何も変わらない。やはり奈緒は巫女役として選ばれて、アガツ様への生贄として命を落とす。
「一体どういう事だよ!? アガツ様って、村の神様じゃないのかよ!?」
「わ、私に言われても……神様への生贄って、世界中で行われた歴史があるし……」
「だけど! ああクソっ!」
亮介だってそれぐらい知っている。歴史の授業で何度も習ったし、昔から様々な方法で生贄は捧げられた。それは日本だけじゃない。
例えば、天災を防ぐ為の目的として。土地の守り神に献上する為の生贄もあった。疫病を鎮めようとした場合などもある。
だがそれは、天気予報や現代医療がなかった時代の話だ。台風が来るのは自然現象だし、神に祈っても雨は止まない。
現代を生きているなら、その認識が常識の筈だと亮介は思う。ただ、思えば学校の授業でも、生贄は尊い犠牲だとも習った。
少し過剰に思えた教えだったが、この事実があったからだとすれば。こうして真実を知る時になって、受け入れる為の下準備なのか。
「おかしいだろ! こんなの警察に——」
「無理よ亮介、だってこの村にも警察官はいるのよ?」
新馬村には、たった2人だけだが警察官が居る。とても小さな交番で、普段は忘れものの受け取りぐらいしか利用者がいない。
喧嘩すらまともに起きず、事件なんて何年も起きていないかった。たまに誰かが病死した際に、医者と共に現場へ向かう程度だ。
そんな2人の警察官も、当然この村で生きている住人である。巫女の真実を知らないという可能性は、あまり高いとは言えない。
知らないとするなら、亮介達のように疑う筈だ。誰も帰って来ない巫女役の少女達を調べるだろう。だが、そうはなっていない。
つまり亮介の味方をしてくれる大人は、誰もいないかもしれない。亮介の両親や、奈緒の両親であったとしても。
「村を出て、もっと大きな警察署に行けば——」
「私達学生と、村の大人と警察官……どっちを信じると思う?」
「ぐっ……」
仮に街へ出て警察署まで行ったとしよう。大勢の警察官を連れて来られたとして、素直に村の人々が認めるだろうか。
亮介と梓がふざけているだけだと言われれば、それで2人の訴えは終わってしまう。かつて行ったヤンチャが足を引っ張る。
梓の調査という名目で、大人達に迷惑をかけた過去は沢山あった。その数々を披露されてしまえば、もう警察は信じないだろう。
タチの悪いイタズラを行った高校生として、2人揃って扱われて終わりだ。奈緒を仲間に入れたとしても、結果はそう変わらない。
今の亮介にとって、全ての大人が敵になりかねない。こんな状況下で、一体何が出来るというのか。亮介は膝から崩れ落ちる。
奈緒と共に過ごす筈だった彼の未来は、ガラガラと崩れていく。上手く行けば結婚をして、一緒に暮らしせたかもしれない。
子供が出来て、自分の親と同じ人生を歩む道もあった筈。何もかも、奈緒が生きていなければ実現出来ない事ばかり。
巫女として生贄になってしまえば、失われてしまう空虚な夢。諦めたくない、諦められない。けれども、妙案は浮かばない。
奈緒を連れて村から逃げるにしても、十分なお金が手元になかった。自分の手で助けるには、色々なものが足りない。
父親の影響で、漁船を動かすだけなら亮介にも出来る。しかし海へ出たとして、その後にどうするかが重要となる。
「ちくしょう……何か手はないのかよ……」
ただ逃げればいいという話ではない。逃げた先で生きていけねば、村で生贄として死んでも同じ事。亮介が生き残る分マシだ。
大変だろうが、家出した少年少女として生きて行く。それだけの覚悟が、お互いになければ生活なんてとても出来ない。
無鉄砲に突っ走る程、亮介は考え無しではなかった。真面目に考えたからこそ、どうしても足踏みをしてしまう。
「調べよう亮介、ギリギリまで考えよう」
「あ、ああ……そうだな……」
まだ巫女の真実について、表層をなぞっただけに過ぎない。もっと詳しく調べれば、打開策を見つけられるかもしれない。
置かれた状況はかなり悪いが、今ここで諦めたら奈緒は助からない。巫女とは何か、アガツ様とはどんな神様なのか。
今まで当たり前と思っていた事が、全て覆ってしまった。自分の生まれた故郷は、狂気に満ちた儀式を行っていた。
受け入れたくなくても、真実を見据えねばならない。どういうつもりで、大人達は生贄を今も受け入れているのか。
本当にそうしなければ、アガツ様は何か不利益をもたらすのか。最悪の場合、両親すらも袂を分かつ道を選ばなければならないだろう。
「なんだってこんな事になったんだ……」
「焦らないで亮介。まだ祭りまで日は残っているわ」
冬の祭りが行われるのは、12月の20日。今はまだ12日で、8日の猶予が残されている。村長の蔵を調べ尽くせば——或いは。
時間を掛けても、有益な情報は得られないかもしれない。ただ無駄な足掻きをしただけで、終わりを迎えるかもしれない。
頼れる大人は恐らく1人もおらず、今動けるのは亮介と梓の2人だけ。奈緒を誘うというのは、あまり良い手とは言えないだろう。
巫女と仲のいい2人が、巫女候補を連れて蔵にこもる。あまりにも怪しく、巫女について調べているとバレる危険性が上昇する。
何より自分が死ぬかもしれないなんて、知りたくもないだろう。いつかは知るとしても、今の時点で知らせるべきではない。
「待ってろ、奈緒! 絶対俺が何とかしてやる!」
真実が奈緒に明かされるのか、明かされないまま生贄となるのか。それすらも分からない状況で、亮介は梓と共に足掻き始めた。




