第350話 村長の蔵にて
新馬村にも当然の事ながら、代表者である村長が居る。先日御年70歳を迎えたばかりの、白髪で小柄な男性である。
特別目立つような特徴はなく、どこにでも居るような平凡な容姿だ。人柄もこれと言って特筆するべき事柄はない。
本当に爪先から頭頂部まで、変わった点は見当たらない人物だ。彼の名前は西沢輝明といい、村の責任者を20年前から続けている。
見た目は平凡でも責任感はしっかりとあり、村人達からは信頼されている。彼の住まう邸宅は、新馬村の北端にあった。
高い塀に囲まれた和風の屋敷は、ちょっとした豪邸である。東京で同じ敷地を得ようとするなら、数億に届く広さである。
おまけに屋敷の裏にある山は彼が所有しており、小さな村と言っても中々の資産家だ。少なくとも地方の中流層より資金はある。
立派なヒノキの門には、達筆な筆文字で西沢と書かれた表札が掲げられている。先祖代々続く家系で、遡れば戦国時代まで記録がある程だ。
村長という立場は、それだけ昔から西沢家が継いで来た。それで問題は起きておらず、誰も西沢家の者を疑う事はない。
難しい事は西沢の家に任せておけと、昔から言われ続けている。故に冬の祭りで主役となる巫女役も、西沢家が決める習わしだ。
という事ならば、巫女について調べるなら西沢家が最適だ。高瀬梓に連れられて、甘木亮介は西沢家までやって来た。
「……なあ、やっぱりマズいんじゃないか?」
要らぬ事をやった結果、大人達に怒られた経験は何度もある。その際たる人物である村長を相手に、本気かと亮介は不安そうだ。
「大丈夫だってば。嘘をつくわけじゃないもの」
「だけどさぁ」
対する梓は自信満々で、躊躇う亮介をよそに呼び鈴を鳴らした。電子音が鳴り響き、亮介が止める前に事態は進んでしまう。
やっぱり帰った方がいいのではないか。今更ではあるのだが、亮介は考え直し始める。だが梓を放置するのもまた不安が残る。
一緒に居たところを村人達に見られているので、共犯と思われる可能性がある。そうなれば連鎖的に叱責を受けかねない。
余計な飛び火を警戒するなら、監視をしておく方が無難か。いざと言う時には、自分が止めればいいと亮介は判断した。
『はいはい、どなたじゃ?』
「高瀬でーす! 今日は村長にお願いがありまして」
ちょっと待っているよう村長は返答し、2人は彼が出て来るまで待つ。広い屋敷である為か、村長が出て来るまで5分ほど掛かった。
村の問題児がやって来たので、怪訝に思っていたのもあるだろう。何とも言えない表情で、村長は門の横にあるドアから出て来た。
少なくとも歓迎しているような様子はない。彼もまた梓を疑っているらしく、警戒心がありありと浮かんでいるのが分かる。
「何をしに来たんじゃ? 小遣いならやらんぞ」
「そうじゃないってば! 今日は村の歴史を勉強しに来たんだよ」
「……ほう! あのやんちゃ者が勉強とな!」
老人である彼にとって、村の歴史を知ろうとする若者の姿は好感が持てたようだ。表情が一点し、とても優しい雰囲気に変わる。
どうしても歳を取ると、若者の殊勝な姿に感心を覚えるもの。村長もまた同じだったようで、ニコニコと笑い始めた。
そういう事なら協力してやろうと、彼は2人を招き入れた。何を教えて欲しいのか、村長は問うと梓が答えた。
「村長の蔵に、昔の記録とかあったよね? それを見せて欲しいの」
「なるほどの。どれ、案内してやろう」
笑顔の村長と梓に対して、亮介は微妙な愛想笑いを浮かべている。これから梓が何を始めるのか、彼は分かっているからだ。
何も知らない村長は、警戒する事なく山小屋程の大きさをした蔵の扉を開けた。少し埃っぽい空気が、外へと漏れ出して来る。
思わず口元を抑えた亮介だが、村長と梓は気にならない様子だ。村長は慣れているからで、梓は興味に突き動かされているからだ。
村長が薄暗い蔵の壁を触ると、天井にある白熱灯へ光が灯る。何か探し物をするには、十分な明るさを得られた。
「この棚には村の歴史資料が。写真が見たければ隣の棚を探すといい」
村長が蔵の中で一部の棚を指差して示す。ちょうど中央辺りに置かれた棚には、いくつもの書物が縛った状態で並んでいる。
「ありがとう村長!」
「いつの時代が知りたい? 言ってくれれば今渡してやろう」
「え~っとね~」
梓は適当な事を伝えて、村長から資料を受け取る。もちろんそんな資料を、梓は見るつもりが一切ない。適当なでまかせだ。
信じ切っている村長は、どこに何が置かれているか詳しく梓に教えた。ふんふんと梓は頷いているが、殆ど記憶していない。
若者を導く満足感からか、村長はとても機嫌が良さそうだ。その姿を見たせいで、亮介はより一層申し訳ない気持ちになる。
「そうじゃ、奥の棚だけは触らないようにの。大切なものが多いからの」
「はいはーい! 了解でーす」
「は、はい」
梓は気にしていない様子だが、亮介は一瞬だけ村長の気配が変わったと感じた。ほんの一瞬だったが、奥の棚を示した瞬間が妙だった。
高額そうな壺もあるので、そのせいだろうかと考える亮介。割ってしまえば、両親の稼ぎで弁償できないかもしれない。
そういう意味での注意だったのか、それとも本当に梓の主張通り何かがあるのか。隠された村の秘密だとか、そういう何かが。
元の雰囲気に戻った村長は、疑問を感じた亮介の隣を通って入り口へ戻っていく。一度だけ振り返ると、2人に向けて言葉を掛けた。
「まだ少し用事があるのでな、帰る時は裏の山まで来てくれ」
「わっかりました~」
ヒラヒラと梓は手を振って、村長が去って行く姿を見送る。こんなに早くも2人だけになれたので、内心では喜んでいるのだろう。
夕方まで村長は、よく裏の山で山菜を取っている。そのタイミングを狙ってみれば、上手く行ったと亮介へウィンクをして見せた。
梓は最悪の場合、数日に分けて調べるつもりだった。しかし初日から幸運に見舞われ、彼女は早速行動を開始する。
「お、おい! その棚はダメだって——」
「だからじゃない。何かあるなら絶対ここでしょ」
もし巫女役に何か秘密があるとするなら、正式な記録に残すとは思えない。梓は最初からそう考えており、いきなり約束を破りに行く。
触るなと言われた棚に目をつけ、何かないかと探し始める。茶器でも入っていそうな桐の箱に、躊躇いもなく手を伸ばす梓。
「ああもう! 絶対何も壊すなよな!」
「分かってるって」
亮介はハラハラとしながら梓を監視し、彼女が興味を無くした物から片付ける。そんな調子で暫く続けると、梓は何かを見つける。
かなり年季の入った書物で、綺麗な風呂敷に包まれていた。一緒に高そうな数珠も包まれており、やたら意味深な状態だ。
大学ノートほどのサイズで、厚みは倍以上ある。表紙と背表紙には何も書かれておらず、真っ白な紙で装丁されていた。
躊躇わず梓は書物を開き、ページをめくって文章を読んでいく。楽し気だった彼女の表情は、どんどん青ざめていく。
「うん? どうしたんだよ梓?」
「…………次の者をアガツ様へ献上する。村の為に贄となる栄誉を称え、同時に安らかな眠りを祈る。2025年12月20日、今西亜里沙……」
「……えっ?」
梓は自分の目を疑い、亮介は自分の耳を疑った。2人が見つけた書物は、とんでもない村の秘密が書かれた記録だった。
冗談だろうと思いたくても、起きている事と書かれている内容が合致している。巫女役をやった女性全員と、現在連絡が取れない。
もし死んでいるというなら、この書物通りなら答えは合う。巫女役は上京などしておらず、別の意味で旅立ってしまったのではないか。
「ま、まあでもほら、まだ死んだって確定していないだろ? それに、俺達はもうすぐ卒業だ。奈緒も連れて3人で村を出れば——」
生贄が事実であるなら、警察へ駆け込まねばならない。だがこんな話、誰が信じるというのか。今でも信じられないというのに。
亮介は全て見なかった事にして、村を出ようと梓に提案する。そうすればこんな記録は、気にしなくてもいいからと。
「……違うんだよ亮介……今年の巫女は奈緒なんだよ」
「なっ!?」
泣きそうな表情で、梓が仕入れた情報を明かした。到底無かった事になど出来ない現実が、亮介に襲い掛かった。




