第349話 漁村の生活
田舎の漁村に過ぎない新馬村は、総人口が現在は3千人ほどしかいない。かつては5千人を超えていたが、今はこの規模で安定している。
村の主な産業は漁業であり、漁業関係者が人口の3分の1を占める。幸い天然資源には恵まれており、収入源として非常に役立っていた。
今の時期であれば、冬季のカニ漁が盛んで稼ぎ時だ。水揚げされたカニの多くは、関東圏に出荷されていく。
村の漁師達は、近づく解禁を今か今かと待っている。では漁業だけしかないかと言えば、決してそんな事はない。
海もあれば山もあるこの村では、林業や農業も盛んに行われている。特産と呼べるものは、魚介類だけではないのだ。
例えばミカンやリンゴ等の果物や、椎茸や松茸、山菜も豊富に収穫出来る。小さな村ではあるものの、仕事に困る事はない。
都会の暮らしに比べれば、確かに華はなく質素だろう。しかし生活に困るような事はなく、多少の不便に目を瞑ればどうとでもなる。
むしろ人によっては、都会よりも暮らしやすいかもしれない。なにせ新馬村では、人目を気にする必要なんてないからだ。
全員が家族のようなもので、仲良く暮らしていけている。警察沙汰になるような事件はなく、穏やかな生活が送れる。
力仕事が嫌いでなく、コンビニが無くても平気なら問題なし。SNSの映えになんて、若者が囚われる必要はないのだ。
少々古臭い文化が残っている点は、気になる人もいるだろう。だがそれだって、昔ながらの文化だと思えばいい。
若干の昭和臭さがあるものの、人情味の良さでカバーされている。移住者の受け入れだってここ5年ぐらい積極的に募集中だ。
まだよその地域から来た者は少なく、移住者は僅かしか来ていない。それでも住民達は幸せに暮らしており、今日も平和な時間が過ぎていく。
車通りの少ない国道を、老人の運転する軽トラックが走っていく。速度はかなり遅いが、クラクションを鳴らされる事はない。
そんな道路の歩道を、2人の高校生が制服姿で歩いていた。無人販売の野菜に目もくれず、何やら話しをしている様子だ。
「それで、俺に何をさせるつもりだ?」
晴れやかな午後の日差しを浴びながら、甘木亮介は隣を歩く少女に問う。朝に約束した通り、高瀬梓に付き合っている。
彼はこれまでの人生で、何度も梓に振り回されて来た。山の調査だと言って連れ出され、遭難しかけた事がある。
漁協に不正がないか調べると言い出し、大人の邪魔をして怒られた。付き合っていると噂の先輩達の後をつけた事も。
しかしそんな有様でも、梓が情報通なのは確かである。毎回どこでネタを仕入れて来るのか、不思議と新情報が多い。
「ふふん、聞いて驚かないでよ!」
「また怒られるような事じゃないだろうな?」
「ちょっと! 話を聞く前から疑わないでよ!」
今更何を言っているんだと、亮介は呆れた表情を浮かべている。今までそんなオチが何度あったか分からない。
これまでの経験が、気になるという気持ちより警戒が勝る。そんな亮介の様子に、梓は不満そうに苦情を伝える。
「有益な情報だってあったでしょ! 奈緒のスリーサイズとか」
「ちょちょちょ! 分かった分かった! 話は聞くから!」
実際、佐伯奈緒の件で亮介は梓のお世話になっているのも事実。色々な情報を教えて貰っており、邪険には出来ない。
恋する高校生男子には、気になる事が多過ぎる。特に好きな女子に対する興味は、どうしても湧いてしまうものである。
ただスリーサイズに関しては、亮介から強く熱望した情報ではない。渋る彼を引き込む為、梓が餌としてぶら下げただけ。
大人しい奈緒の外見に対して、スタイルはかなり良いと知った亮介。それも中学時代の話で、現在は更に育っている可能性がある。
だが今はそんな話を表立ってしている場合ではない。狭く小さな村なのだから、どこで誰が聞いているか分からない。
「本当でしょうね?」
「本当だって! ほら話せよ」
「……まあいいわ。今回の調査は、巫女についてよ」
そう言うと梓は、周囲を見て誰もいない事を確認する。一通り見渡した後、亮介を連れて近くにあった林へ入った。
困惑する亮介をよそに、彼女は大きな木の影に2人で身をよせながら隠れた。突然女子と密着する事になり、亮介は少し慌てる。
好きな女子が奈緒であっても、相手が同級生の女子である事は変わらない。梓だって十分魅力的な少女で、彼女を好む男子も居る。
「お、おい! なんだよ急に!」
「しっ! 静かにして!」
奈緒と比べれば梓はスレンダーだが、彼女も女性らしい肢体を持つ。巨乳ではないけれど、それなりに胸も膨らんでいる。
花のような香りまで届き、男性としての亮介を刺激する。こうやって無防備なところも、亮介は少し苦手としている部分だ。
彼が奈緒を好きだからと、安心しているからこそだろう。少々ひっついたぐらいで、性的な暴力を振るわないという信頼もある。
だから生まれる隙が、亮介をいつも困らせている。奈緒が好きだからと言って、他の女子の魅力だって理解出来るのだから。
あまりに近い梓の距離に困りながらも、亮介は言われた通り静かになる。そうでなければ、今度は口を手で塞がれそうだからだ。
「……で、何だよ? こんな真似までしておいて」
声のトーンをかなり落として、亮介は改めて梓に囁いた。早く本題を話すよう促し、この状態を脱しようと考えた。
「ねえ亮介。あなたはここ5年間で、冬の感謝祭で巫女役に選ばれた先輩を覚えている?」
「はあ? 忘れるわけないだろ。それが何だって言うんだ?」
亮介は梓の言いたい事が理解出来ない。5年分なら、年に1人でたった合計5人しかいない。忘れるほど昔の話ではない。
実際彼は、全員の顔と名前を覚えている。10年前なら少々記憶が曖昧でも、5年であれば順番を間違えずに挙げられる。
「じゃあ聞くけどさ、亮介は巫女役だった先輩達の今を知っている?」
「さっきから何だよ? 全員村を出て東京へ行ったんだろ? 去年の亜里沙先輩も、一昨年の若菜先輩もそうだったじゃないか」
村を出た後も連絡を取り合う程、彼女達と仲が良くなかった亮介。今現在は知らないが、村を出て行ったと聞いている。
2人とも美人でスタイルもよく、モデルを目指して上京した。あれだけ美人なら、その内有名になるだろう。
亮介が知っているのはそれぐらいで、詳しい事までは聞いていない。その内ひょっこり帰って来るかもしれない。
そう思っていた亮介だったが、梓が次に語った言葉は予想の遥か彼方にあった。だってそんな事、考えもしなかったからだ。
「……誰とも連絡が取れないのよ」
「えっ? な、何を言ってんだ? 意味が分からないぞ」
「いい、今から言う事を良く聞いてね?」
梓は今年の巫女役に関する情報を調べた際に、かつての先輩達に連絡を入れてみた。しかし、誰からも返事が返って来ない。
1人2人ならともかく、全員揃って音信不通なのだという。ただ故郷に興味がなく、忙しくしているだけかもしれない。
可能性としてはあり得るが、それだって全員が同じだろうか。同級生でないとは言え、梓はそれなりに面識があった。
噂好きの彼女は、先輩達とも仲良くしていた。情報を得る為とは言え、高感度はそう低くなかったと彼女は自負している。
「で、でも……だからって、なんだって言うんだ?」
「インターネットで検索しても、全員何の痕跡もないのよ? 流石にちょっと変じゃない?」
ニヤリと笑みを浮かべながら、得意げに胸を張る梓。これはきっと何かあるに違いないと、強く思っている時の仕草だ。
「怪奇! 巫女役の消息が消える謎! って感じでどう?」
「この村に思い入れがないだけじゃねぇの? それか、スマートフォンを買い替えたとかさ」
「ちょっと! 水を差さないの!」
また梓の陰謀論が始まったと、亮介は呆れた表情を浮かべている。つい勢いに押されかけたが、冷静に考えれば様々な可能性がある。
何かあると前提で考える梓の、悪い癖だと亮介は思った。それでも約束は約束。仕方なく付き合う事を決める亮介だった。




