第348話 田舎の学校
田舎の漁村、新馬村で唯一の学校がある。小中高のエスカレーター式と言えば聞こえは良いが、単に生徒数が少ないだけだ。
この村で暮らしている子供達は300人しかおらず、ギリギリ学校として成り立っている。お陰で初等部は学年分けが存在しない。
1年生から6年生まで、同じ教室で授業を受ける。中学と高校については、流石に学年別に授業が行われている。
ただし、この村において極端な少子化は起きていない。元々人口が少ないだけで、若者の数はいつもこの程度で推移する。
彼らが通う学校の名は、神庭学園という。まだ名称が神馬村だった頃から存在し、校名も当然、神の馬から影響を受けている。
神の馬がもたらした庭で、次代を担う子供達が学ぶ。そんな意味を込めて作られ、令和となった今も運営されている。
名前こそ大層だが、実態としては田舎の学校でしかない。ただ規模だけは結構大きく、校舎や体育館はそれなりの広さだ。
高度経済成長期の人口激増は、この村にも起きていたからだ。その為、全体的に大幅な増築を行わねばならなかった。
結果、600人ほど収容出来る規模に変わった。今は人口の増減が落ち着いている為、生徒数に対してかなり広い。
戦時中の空襲で一度被害を受けて、一度目の改修工事。二度目が増築の為の工事と、校舎は二度の工事を受けている。
だが流石に数十年が経過し、そろそろ老朽化が心配の種だ。そうは言っても、全面的な改修工事には膨大な費用が掛かる。
深刻な部分の細かな改修だけ済ませ、大きな改修は行っていない。お陰で現役の木造校舎として、未だにかつての姿を保っていた。
廊下を歩けば板の軋む音が聞こえて来るものの、耐震強度はちゃんと基準値を満たしている。造りはとても頑丈に出来ている。
地震に何度も襲われたが、目立った破損は出ていない。ひび割れなどが起きた際は、その都度業者を呼んで直して来た。
時代を感じさせる昭和レトロな校舎は、木の色に染まっている。昔ながらの学校らしい外観と、潮風の届くグラウンド。
校舎の正面には大きな時計がついており、登校してくる生徒達に時刻を知らせてくれる。体育館には最近になって、クーラーが付いた。
真っ白な百葉箱が中庭に設置されており、その近くには小さな田んぼがある。小学生に稲作を教える為の設備だ。
正門から一番手前が初等部の使う校舎で、真ん中が中等部用。そして一番奥の校舎を、高等部が使用する。
「ちょっと早かったかな?」
登校して来た爽やかな少年、甘木亮介が幼馴染の佐伯奈緒に問うた。下駄箱には他に誰もおらず、2人の姿しかない。
高等部には40人の生徒がおり、他に38人が同じ校舎で学ぶ。3年生が15人で、2年生が12人、そして1年生が13人という塩梅だ。
「たまには良いじゃない。教室で待っていようよ」
清楚な黒髪の奈緒が、朗らかに笑って答えた。昔からの想い人と教室で2人きり。それも悪くないかと亮介は思った。
どうせ大した時間ではないが、それでも2人の時間である事に変わりない。少し足が軽くなった亮介は、奈緒の少し前を歩く。
「そう言えば奈緒、今年はカニ漁が期待出来るらしいぞ」
「みたいだね。おじいちゃんも言ってた」
「カニ鍋が今から楽しみだな」
学生らしい会話と言えるか微妙だが、彼らにとってこれが日常である。亮介の父親と奈緒の祖父が、昔から漁師をやっているからだ。
一番簡単な共通の話題は、どうしても漁の話になる。文学少女の奈緒に合わせて、亮介も本の話題を提供出来れば良かったのだが——。
生憎と亮介は、活字がどうも苦手だ。漫画なら読めるのだが、小説はどうにも眠くなる。途中で読めなくなって、気づけば意識がない。
そんな有様だから、書籍の話題を深堀出来ない。惚れた少女の為と、頑張った時期もあった。その結果は言うまでもないだろう。
勉強よりも運動が好きな彼は、文学方面は潔く諦めた。ただ奈緒が好きな作家の名前や、本のタイトルだけは記憶している。
「今年の正月は奈緒の家かな? それともウチか?」
「どうだろう? お母さんはまだ何も言ってないけど」
正月になると2人の家族は、どちらかの家に集まってカニ鍋を囲む。彼らが幼い頃から、ずっとそうして年末年始を過ごして来た。
亮介の父親と、奈緒の祖父が同じ船に乗っている関係だ。1年の終わりを仲間内で集まって、楽しく祝おうという定番の行事である。
毎年どちらの家でやるかは、その時の気分次第で決まる。だが年末が近づいている今、そろそろ決めなければならない。
必要な座布団やテーブルなど、倉庫や押入れから出しておく必要がある。そう言った準備は彼らが手伝わされる。
幼馴染同士の会話を繰り広げながら、2人は自分の教室へ入る。15人分しかない座席には、1人の少女が座っていた。
「よっ! お2人さん! 今日も仲がいいねぇ」
そばかすが特徴的な顔立ちに、ニヤリと笑顔を浮かべている。丸い眼鏡を掛けているが、勉強が得意なタイプではない。
150センチと小柄だが、その割に胸は結構豊かだ。一見可愛らしく見えるが、表情から悪戯好きである事が覗える。
「なんだ、梓が居たのか」
2人きりの時間が終わった事と、いつも通り揶揄おうとする少女に微妙な表情を返す亮介。眼鏡の彼女は高瀬梓という。
この新馬村では、歳の近い子供は全員が幼馴染と言える。当然梓も2人を昔から知っており、初等部からずっと一緒だ。
しかし亮介が好意を持っているのは奈緒だけで、梓に対しては腐れ縁としか思っていない。どちらかと言えば厄介な相手。
梓は亮介の好意に気づいており、事あるごとに揶揄うのだ。亮介としては、いい加減にして欲しいところ。
けれども、告白を出来ていないのは彼自身の落ち度。早くしろと急かす梓に、あまり強硬な態度は取れないもどかしさがあった。
「なんだとは酷いなあ! あたしは情報収集に忙しいのさ!」
「まーた噂話を集めているのか? よく飽きないなぁ……」
「甘いねぇ亮介は。情報というのは時に武器や金になるんだよ?」
梓は噂話が好きであり、ゴシップを集める趣味がある。将来は東京に出て、情報雑誌の記者をやりたいと豪語している。
そんな夢を持つだけあって、彼女は色んな情報を持つ。どこまで本当かは知らないが、大人達の不倫事情まで知っているという。
生々しい話を聞きたくない亮介は、彼女にいちいち聞かない。知ってしまえば、本人と会った時に隠しきる自信がないからだ。
こんな小さな村では、特定の人物と会わないなんて難しい。いつかどこかで、必ず遭遇する時が来てしまう。
余計な情報は知らないままの方が幸せだ。何でも知っている事が、必ずしもプラスに働くとは限らない。少なくとも彼はそう思う。
「はいはい。どうせまた、下らない情報だろ?」
「ふふーん! 残念でした! 今回はビッグな情報だよ」
小さな背丈でありながら、立派な胸を張って主張する梓。本当だろうかと、亮介は奈緒を顔を見合わせる。
村長が宝くじを買って大損したとか、学校の怪談に関する調査だとか。微妙な情報が披露される事も多いのだ。
「あっ! その顔は信じてないね! 本当だってば!」
「じゃあ、なんだよ? 言ってみろよ」
「な・ん・と! 今年の巫女が誰かについて!」
ちょうどその話をしたばかりの2人は、思わず眉を跳ね上げる。正式な発表までは、1週間ほど残されている。
どこでその情報を得たのか、思わず亮介は訊ねた。しかし梓は、独自ルートだとしか答えない。情報源は秘密にしたいようだ。
じゃあ誰に決まったのかと訊き直すと、梓はまだ言わないと口を噤む。少し気になっていた亮介は、梓に食い下がって訊いた。
「そこまで言ったなら言えよ」
「ダメー! 知りたかったら、今日の放課後に調査を手伝ってよ」
「はぁ? 今度は何をさせる気だ?」
ちょくちょく梓は、何かと理由をつけて亮介を小間使いにしている。主に女子だけで居た時の、奈緒の発言などをダシに。
また面倒な手伝いでない事を祈りつつ、亮介は仕方なく応じた。先に知っておけば、告白に利用出来るかもしれないからと。
亮介は深く考えずに、梓と放課後の約束を決めた。その結果がどんな未来に繋がるかなど、この時は考えていなかった。




