第346話 陽菜の興味
広島空港の一角に、中型の旅客機が停まっている。黒澤会が所有する、一般企業の所有機と偽っている機体だ。
神谷陽菜はフリーフォールで降りられても、木谷廉也達はそうもいかない。機体トラブルと嘘の理由で降りる許可を取った。
陽菜を連れて帰る必要もある為、ここで待つのが最も相応しい。この機体には特別な機能は備わっていない。
再び空に上がるなら、滑走路は必須なのだ。それに広大な海ならともかく、旅客機を適当に降ろす場所は地上に存在しない。
少々リスクはあるものの、潜伏するなら空港が一番だ。他の場所を選んで、下手に目立つ方がトラブルの元である。
いくら支配者の雷獣イツカが適当だと言っても、現在の黒澤会は妖異対策課との繋がりがない。ましてや今は、西日本に居る。
権力でもみ消すのは難しく、郊外に着陸したなどテレビで放送されてしまう。後から今回の件を無かった事には出来ない。
幸い海の方に関しては、人知れず沈没したので認知される恐れはない。だがこちらの方は、そう都合良くいかない。
そんな複雑な状況下で、機内にて寛いでいる男性が居る。眼鏡をかけた神経質そうな顔立ちと、白衣を羽織った姿が特徴だ。
適当に伸ばされた無精ひげと、衣服に興味の無さそうな服装。しかし彼は、とある分野において天才的な活躍をしている。
「そうですか。ま~た彼らが居たとは。運が悪かったですねぇ~。まあいいでしょう、陽菜君は帰って来て下さい」
廉也はスマートフォンでの通話を終了させて、客室の机に乱雑に置いた。困ったような声音だったが、表情はいつも通りだ。
彼は通話で陽菜から現状を聞き、撤収の指示を出したばかり。碓氷雅樹に遭遇した、という情報を聞いてそう判断した。
上層部に報告すれば、また騒ぎになるだろうと廉也は思う。しかし彼にとって、正直どうでもいい話でしかない。
酒吞童子と玉藻前に関して、彼は殆ど興味がないからだ。廉也は自分の研究が進められれば、他はどうなっても構わない。
口先だけでなく、本心からそう思っているタイプである。上層部と敵の確執なんて、どうでもいい事象の筆頭である。
「あ~そこの君、コーヒーを淹れてくれない?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
廉也は添乗員の女性に声を掛けて、手元のノートパソコンに視線を落とす。そこには地図情報が表示されている。
広島県の龍姫湖にシグナルロストの英文が綴られていた。その上にはナンバー4という呼称も併せて表記がある。
「まあ何にしろ、目的は果たされたので良いでしょう。どうせ彼らに、陽菜君の居場所を知る方法はありませんし」
上層部の意思はともかく、廉也からすれば知った事ではない。陽菜の存在を敵に知られたところで、もう研究は止まらない。
最悪の場合、黒澤会から離れて別の組織に移る手もある。彼に必要なのは、研究をさせてくれる組織だけだ。
所属組織が変わっても、同じ環境が与えられるならそれでよし。上層部に対する感謝はあっても、従属する立場ではないからだ。
現時点で最大の理解者が黒澤会だというだけ。これから中東やヨーロッパを回った際に、もっと良いスポンサーが現れる可能性もある。
「お待たせ致しました。コーヒーです」
「ありがとね~」
ホットコーヒーを受け取った廉也は、起動するソフトを切り替えた。彼の研究に使用している各種データが表示される。
その殆どが陽菜に関するものであり、ここ最近の成長過程が詳細に記録されている。だがその羅列を理解出来るのは一部の人間だけ。
妖異に関する研究をしている者だけが知る情報ばかりだ。普通の人間ならば、身長や体重ぐらいしか分かる項目がない。
あとは年齢と性別ぐらいか。論文の方であれば、常人でもある程度読み解ける。もっとも、その後も正気を保てるか怪しいところ。
狂気にまみれた研究の成果が、ずらりと並ぶのだから。そういう意味では、彼しか分からない画面なのは添乗員にとっての救いか。
若い女子高校生を捕まえて来て、妖異の心臓を埋め込んでバケモノに変える。それだけでもう、胸糞の悪い話なのだから。
もちろんこの機体に乗っている以上、スタッフ全員が真っ当な者ではない。それでも、超のつく精神破綻者ではない。
せいぜい汚職の類でクビになり、正規の職に就けないというだけ。もしくは、何らかの前科を持っている場合か。
普段の仕事は違法な物品などを運ぶ程度で、人体実験を平気な顔で行う者達ではない。悪人ではあっても、まともな方だ。
大半の者達が生活の為に選んだ道で、お金が貰えれば何でもいいのだ。そんな人々が乗る旅客機に、乗客の少女が戻って来た。
「ただいま博士~!」
「お帰り陽菜君。待っていたよ」
「これって失敗になるのかな? 怒られちゃう?」
「いえいえ、君の責任ではありませんよ。結果よければ全てよしってね」
陽菜が廉也の傍まで来ると、彼のすぐ後ろの座席に座った。今度は廉也が立ち上がって、ノートパソコンに何かの機械を繋ぐ。
機械から伸ばされた、低周波治療器のようなパッドを手渡す廉也。当たり前のように、受け取った陽菜は頭部や肩などに貼った。
彼女は成功例であるものの、まだ経過観察は必要である。妖力を消費した場合などに、こうして数値を確認せねばならない。
もう廉也は陽菜の数値に意識が行っており、4番の処理については興味がなかった。今はノートパソコンと陽菜に釘付けだ。
「ねぇ博士、あの碓氷雅樹って男の子が食べてみたい」
「う~ん、中々難しい注文だねぇ。僕も検体として、彼が欲しいんだけどねぇ」
陽菜は雅樹との邂逅で、興味を持った様子だ。元から彼は、妖異から好まれ易い魂を持つ。陽菜もまた、例に漏れなかった。
容姿もそれなりなので、女子としての興味もあるのか。そこまでは推し量れないものの、瞳からは熱望する意思が受け取れた。
廉也も同じく興味を抱いており、雅樹の肉体が欲しいと嘆く。だが彼を守っている妖異が、あまりに強力で危険だ。
連れ去ろうものなら、意地でも本拠地を探るだろう。手に入れたくても、手を出すリスクが大き過ぎて難しい。
その判断は正しく、今の大江イブキなら東日本を更地にしてでも雅樹を探すだろう。距離を取らねば破滅に繋がる。
「向井様に言ってもダメかなぁ~?」
「ダメだねぇ。暫くは関わりたくないみたいだし」
「そっかぁ~」
身体検査を受けながら、陽菜は残念そうに呟く。だがその態度には、諦めたという色はない。興味は持ったままでいる。
廉也にしてもそうだが、上層部の指示に従っているだけ。雅樹を欲しがっている点は、陽菜と何ら変わっていないのだ。
雅樹が知らないところで、厄介な相手に目をつけられている。果たしてこれも有名税、と言ってもいいのだろうか。
確実に本人は喜ばないだろう事態だ。元々の年齢が近い陽菜はともかく、廉也に至っては30代のマッドサイエンティストである。
何なら怒りの矛先を向けている相手で、遭遇すれば先ず抜刀する。廉也の言う事なんて、一切聞き入れないだろう。
「よし、今日も問題はなしだ。順調に成長している」
「ホント? じゃあもっと人間が貰えるかなぁ?」
「今回の旅行が終わる頃には、きっと沢山の支援が貰えるさ」
満足そうにデータを確認する廉也は、とても楽しそうに笑っている。彼の回答を聞いて、陽菜もご機嫌な様子だ。
そのまま陽菜は座席で寛ぎ、廉也は添乗員を呼んで出発するよう指示する。10分ほどで離陸の許可が下り、旅客機は空へ飛び立つ。
シートベルトなんて不要な陽菜は、そのままの格好でスマートフォンを見つめる。そこには、1人の少年が撮影された写真がある。
つい先ほど、隠れている時に黙って撮影したもの。今彼女が最も興味のある人間、刀を持った雅樹の写真だった。
「また会えたらいいな」
写真の雅樹にウィンクを飛ばし、陽菜は満足そうにスマートフォンをポケットに入れた。彼女達を乗せた航空機は、西の空へ消えて行った。
本章はここで終了となります。
次章は少し特殊な章で、外伝とも言える内容です。雅樹達が一切関与しない場合、どうなっているのかを描く章となります。
ほぼメインキャラは登場せず、舞台裏がメインとなります。




