第345話 新たな存在
謎の少女が去った直後に、大江イブキが帰って来た。感じた事のない只ならぬ気配に、彼女も反応したからだろう。
戻って来たところで被害はなく、碓氷雅樹と乾英子は無事だった。少し焦りを見せていたイブキも、安堵の表情を受かべている。
彼女が知る限り、広島県で同じ気配を放つ妖異はいない。完全に未知の存在だった為、詳細をイブキは雅樹達へ訊いた。
「最初は人間だった? それは本当かな?」
雅樹と英子の報告を聞き、イブキは困惑している。通常どれだけ人間に擬態しても、完全に妖異の気配を断つ事は出来ない。
妖力の少ない最下級の妖異であれば、気づけない可能性はある。例えば、ギリギリ幽霊になれた人間などの場合である。
だがその程度の幽霊であれば、擬態しようとする知能を先ず持たない。本来有り得ない話だが、能力上は可能だ。
行動としては、所有する妖力を最小限まで抑えるというだけ。ただ人間が幽霊になっても、その多くはやり方を知る機会を得られない。
何も妖異の常識をしらないまま、支配圏を荒らして処分を受ける。その場で消されてしまうか、真実を知って死を望むか。
そもそも幽霊自体が、妖異として最底辺の立場だ。妖異の世界で生きて行くには、最も厳しい立場に置かれている。
一部の者は成功し、それなりの地位を得る。だがその頃には、十分な妖力を得ているもの。やはり今回の条件に当てはまらない。
ましてや問題の少女は、数万年生きた妖異に匹敵する妖力を保有していた。隠しきるなんて不可能としか本来言えない。
人の姿に変装して、見かけ上は紛れる事ぐらい可能だ。しかし、妖異である事実は簡単に消してしまえるものではない。
だが例の少女は、力を開放するまで間違いなく人間だった。雅樹の感覚でも、英子の目でも妖異だと全く思えなかった。
「一体何者なんだ? そんな妖異、聞いた事が無い……」
「ですがお母さま、確かに居たのです」
「にわかには信じられないな。まさか新種とでも——」
未知の新しい妖異が生まれる。その可能性が絶対にないとは、流石のイブキも言い切れない。生命の神秘というものは予想外だ。
有り得ない事が起きるのは、人間という半妖が実際に示してみせた。特にこの二千年ほどは、種としての進歩が凄まじい。
人間から妖異となった新しい種、という可能性だけならゼロではない。だが問題となるのは、やはり保有妖力の多さだ。
仮に新種だったとしても、数万年分の妖力を持つ事は不可能だ。外部から何らかの形で、与えられた場合でもない限り。
そこまで考えたイブキは、とある可能性に思い至る。つい先ほど、倒したばかりの人造妖異。それを製作した組織である。
「あの連中、もしかして造ったのか?」
最近は大人しい黒澤会。名前と研究の一部だけは判明している男、経歴が抹消されていて所在が不明のマッドサイエンティスト。
木谷廉也という人間が、新しく作った妖異なのではないか。しかしイブキとしては、どうにも疑問が残る仕上がりだ。
「どうしたんですイブキさん? 黒澤会が怪しいって話じゃ?」
「……可能性はある。ただ、作る目的が分からない」
「ええっと、奇襲用、とか?」
雅樹なりに考えてみた結果、暗殺者のように使う方法を思いつく。実際、遭遇した時は危うく隙を突かれるところだった。
一切妖異と分からない者が、突然襲って来たら対処は難しい。雅樹も何とか防いだだけで、非常に危険だったのは事実。
英子だって直前まで気づいておらず、本格的に命を狙われていれば危なかった。今回はどうにか切り抜けただけに過ぎない。
送り込んで暴れさせるのは、とても向いているように思える。だがその考えは、イブキによって否定されてしまう。
「千年前にも、似たような奇襲は受けたんだ。東の妖異が人間のフリをして、西の人間を減らして困らせようとした」
「じゃあ、やっぱり合ってるんじゃ?」
「違うんだマサキ。そんなのはね、私達相手だと最初の1回目しか通用しない。次からは対応を考えるさ。他所から来た人間は必ず調べるとかね」
奇襲というものは、相手が把握していない時に成功するもの。手の内を知られてしまえば、何度も繰り返し使えない。
手を変え品を変えねば、すぐに看破されて終わりだ。今回の件だって、西の支配者へ情報共有を行えばそれで終了。
この人間を見た時は、近くまで来させるなと広めればいいだけ。外見的な特徴は、既に雅樹と英子が記憶している。
要注意人物として、すぐに触れ回る事は可能である。しかも今回に関しては、支配者のイツカを狙って来たのではない。
襲われたのは雅樹であって、狙う相手を完全に間違えている。黒澤会の妨害行為と考えるには、あまりにもお粗末すぎる。
ただし作るだけの技術は、あるだろう事も分かる。人造妖異が作れるのだから、人間を妖異化させる技術も研究した可能性はある。
例えば人を妖異に変化させる事で、不老不死を商売とする為に。有り得ないと断じる目的ではなく、十分に考慮する余地がある。
妖異のクローンを作れるのなら、クローンを大量に喰わせれば短期間に大量の妖力を得られる。思い切り掟に反した行為だが。
そこへ誰か強力な妖異が力を分け与えれば、尚の事早く成長させられる。これまで見た物から予想すれば、それぐらいイブキも考えつく。
ただやはり、広島県へ送り込む意味が分からない。雅樹を狙ったというなら、送るべきは京都府だ。ここに居るのはおかしい。
「学園を狙らわれた時から、私は情報統制を行っているんだ。マサキがいつどこへ修学旅行に行くのか、東日本からは掴めない。英子を狙う場合も、送るならやっぱり京都だ。奇襲用に作ったのなら、現状と説明がつかない」
「な、なるほど……確かにそれは変ですね。じゃあ遭遇はたまたまで、狙いはイツカさんとか?」
あくまで自分を襲ったのは偶然で、目的はイツカの暗殺だったのか。雅樹はそう考えたが、やはりそこにもイブキは疑問を呈す。
「完全に人へ擬態するぐらいだ。もし元が人間だとするならば、空は飛べないだろう? まあ翼を生やせるのかも知れないが、そんな見た目で近づけば人間でないと分かる」
「そ、そうか……イツカさんを狙うなら、空を飛べないといけない。でも人間は飛べないから、擬態の意味がない……」
「やはり目的が分かりませんね。お母さまはどうお考えで?」
確かに驚くべき少女であるものの、立ち去ってから何も起きていない。油断させて再び襲って来る様子も見られない。
人造妖異の味方をする為に来た、というなら一緒に行動していないのは不自然。いくら考えても、ハッキリとしない目的。
イブキは考え込んだのち、暫く警戒をするという方針を決めた。そんな少女を使って、広島で何をするつもりか探る。
何もないのであれば、偶然、又は黒澤会と関係がない存在であるのか。新しい謎が生まれてしまい、頭を悩ませるイブキ達。
今回に関しては、彼女達が分からなくても仕方ない。黒澤会にとっても、思いもよらぬトラブルだったのだから。
「はぁ……とりあえずイツカには連絡しておくよ。あと、周囲の支配者にもね。マサキ、記憶を覗かせてくれるかな?」
「分かりました。どうぞ使って下さい」
謎の少女に関する情報を大勢と共有する為、イブキは雅樹の額に手を当てる。記憶を確認し、イブキは少女の容姿を確認した。
この時点では、雅樹達が彼女について知る材料がなかった。正式に判明するのは、修学旅行が終わって京都へ帰ってからだ。
京都の妖異対策課へ、同じく情報を提供してから数日後のこと。室長である東坂香澄から、急遽イブキへ連絡が入る。
この少女の正体は、東京の妖異対策課、粛清されてしまった元室長の娘。現在も行方不明となっている高校2年生。
神谷陽菜という、17歳の少女だという情報が持ち込まれた。黒澤会との関係は、少なからず有りと判断される事となる。




