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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第10章 新しい動き
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第339話 霧の中で

 化粧ポーチを温井(ぬくい)ダムに忘れてしまい、取りに戻る事となった市原真希(いちはらまき)。マイクロバスに乗ってキャンプ場から移動中だ。

 肩まであるセミロングの茶髪は、綺麗に染められたものであり地毛ではない。ファッションの一環として自分の意思で行った。

 上京(かみぎょう)学園は校則が緩い事で有名であり、メイクも含めてかなり自由である。よほど奇抜でない限りは教師から注意を受けない。

 どの程度まで許されているかと言えば、令和の白ギャルメイクまでが限界だ。金髪にピアスまでならギリギリセーフと判断される。

 しかし、平成のヤマンバギャルまで行くとNGが出る。日焼けや色黒の肌まではともかく、日焼けサロンの利用までは学業とあまりに関係がない。


 メイクは身だしなみで通せても、ガングロは許容されない。ピアスの場合に関しても、左右の耳に1つずつまでと規定されている。

 何故そのような校則かと言えば、学園長が乾英子(いぬいえいこ)だからの一言に尽きる。彼女は人間ではなく、鬼と人間を両親に持つ妖異だ。

 千年以上も人間達を見て来ており、意味のない校則を作っても無意味だと理解している。装飾の有無では、人間性に大きな差はない。

 地味で目立たないからと言って、善人とは限らない。見た目が派手だからと言って、他人を蔑ろにするとは言えないだろう。

 結局は育った環境が全てであり、どのように教育するか次第だ。校則を細かくしたところで、影響は然程変わらない。


「すいません、西条(さいじょう)先生」


 そんな校風に守られて、真希は真っ当な生徒として通学している。自分のミスのせいで、大人を付き合わせた事を改めて謝罪する。

 教師なのだから、面倒を見てくれて当然などと思わない。同行してくれている保険医、西条女史へと素直に頭を下げている。

 派手でないが、十分可愛らしい顔にお詫びの色が浮かんでいた。対する西条の方は、気にしていないのか朗らかな対応を返す。


「別に構わないわよ~私ってほら、アウトドアそんなに得意じゃないから」


 30代半ばの小柄な女性、西条彩(さいじょうあや)は白衣の似合う美しい女性だ。160センチを切る身長と、スレンダーな体型から実年齢より若く見える。

 悪い言い方をするならば、幼く見えるとも表現出来る。童顔で明け透けのない性格も手伝い、生徒から親近感を持たれている。

 生徒によっては、彩ちゃん先生と呼んでいる。今も都合良く抜け出せて良かったと、悪戯っぽい表情を浮かべているぐらいだ。

 そういうところも含めて、男子から高い人気を誇る。だがちゃん付けで呼んでいるのは上級生達であり、真希達1年生ではまだ浸透していなかった。


「……大丈夫なんですか? そんな事を言って」


「大丈夫大丈夫! 学園長って、仕事さえしていれば怒らないからさ~」


 何も知らないというのは、時に幸せであると言えるだろう。英子を人間だと思っている彩は、聞かれる可能性を考慮していない。

 やろうと思えば、幾らでも遠くから彩を監視出来る。記憶を覗いて過去を知る手段もあり、簡単に普段の行いがバレてしまう。

 ではどうして彩が許されているかと言えば、言葉通り仕事はするからだ。少々いい加減な面があっても、結果が十分なら問題なし。

 実利を優先する英子は、多少の粗は見逃す主義だ。隙なく突き詰めたところで、人間は疲弊するだけだと分かっている。

 たった数十年生きただけのコンサルタントと違い、何度となく人類史を見て来た結論だ。無意味な圧力は不要と考えている。


「それにしてもさ~貴女達の班って華やかよね。男子も含めて優良物件揃いじゃない」


「狙ってやってはいないんですけどね」


「でも相葉(あいば)君に宮本(みやもと)君、あと碓氷(うすい)君でしょう? 他の班から文句出なかった?」


 こうした距離感の近さもあり、よく彩は生徒から相談を受ける。特に女子生徒からの恋愛相談は群を抜いて多い。

 他の教師に比べると、倍以上の相談者が集まって来る。フレンドリーな雰囲気が、そうさせているのだろう。

 

「まあ~でも碓氷君は永野(ながの)先輩が居るので……」


「あぁ~梓美(あずみ)ちゃんね。もう殆ど公認みたいなものよね」


 永野梓美の話を出すと、少しモヤモヤしてしまう真希。自分でも分かっているものの、碓氷雅樹(うすいまさき)の話題では外せない要素だ。

 勝てないと理解しているし、雅樹と付き合いたいわけではない。ちょっとだけ気になる男の子、という認識のつもりである。

 それが恋と呼べるほどの想いかと言えば、微妙なラインで推移している。お気に入り、もしくは推しという方が正しいか。

 とは言え、梓美の存在はやはり真希にとって大きな壁である。現実から目を逸らす意味も含めて、真希は窓の外へ視線を向けた。


「……あれ? なんか霧が……」


 たまたま車外に目をやった真希の視界に、周囲を包む濃い霧が映った。キャンプ場を出た頃とは打って変わり、随分と薄暗くなっている。

 太陽の光は遮られ、10メートル先が確認出来ない。マイクロバスのヘッドライトが、道路の先を照らしているが視界は悪い。

 運転手も気をつけているのか、速度をかなり落としている。50キロ制限の道を、現在は30キロほどでゆっくり進んでいる。


「すいませんねぇ。こんなに霧が出る道ではないのですが……」


 運転手の中年男性が、困惑した声音で真希達に告げる。地元の観光業界に務める彼であっても、あまり目にしない光景らしい。

 真希や彩からすれば、そうなんだとしか思えない。この異常に気づけるだけの人間が、マイクロバスに乗っていない。


「そんなに急がないので、ゆっくりで構いませんよ~」


 いつも通りのテンションで、彩が返してこの話は終わる。霧が理由で戻りが遅くなったとて、彼女に困る理由はない。

 むしろ楽が出来るぐらいの認識で、深く考えていない。道路は急な崖の傍を通るわけでもない。ゆっくり進めば大丈夫。

 だがその認識は、あっという間に覆される。突然どこかから、獣の鳴き声が聞こえて来た。咆哮の激しさから、窓ガラスが揺れた。


「な、何よ!? 熊でもいるの!?」


「せ、先生、大丈夫ですよね?」


 いきなりの変化に、彩と真希は不安そうにしている。運転手の男性についても、怪訝な表情を浮かべているぐらいだ。

 近くに何かがいる確率が高く、衝突を恐れてマイクロバスの速度は更に下がった。本当に熊でもいるなら、衝突事故もあり得る。

 霧の濃さもあり、どこか不気味な印象が拭えない状況。まるで出来の悪いB級ホラーを思わせる絶妙な空気が漂う。

 霧の中から、何かが出て来るのではないか。考えすぎだと思いつつも、3人は揃って何も言葉を発する余裕がない。


「……」


 ひたすら無言に包まれながら、徐行で進むマイクロバス。真っ白な霧の中で、白い長方形が温井ダムに向かっている。

 ここだけ別世界になったようだと、真希は何となく思った。彼女の認識は正しく、雅樹が居れば理解したであろう。

 今ここが異界の中であり、妖異がこの近くに居るのだと。だが彼の同行は、英子の判断で許可されなかった。

 居ればどうにか出来たという保証はないが、少なくとも警戒は出来ただろう。エンジンを切って、音を立てない道を選べた。

 そこまでしたとしても、きっといつかは見つかっただろう。何せこの空間に居る相手は、ただの獣ではないのだから。


「なっ!? なんだアレは!?」


「きゃー!?」


 フロントガラスの向こうから、巨大な化け物が姿を現す。マイクロバスより大きな、翼の生えた熊のような体。

 首から上は熊ではなく、狼のような鋭い牙が並ぶ顔。どこからどう見ても異常な生物が、真っ直ぐにマイクロバスへ向かって来る。

 悲鳴を上げて彩へ抱き着く真希だが、それで何が変わるわけでもない。必死に生徒を抱える彩もまた、対応に困っている。

 ハンドルを握る運転手は、必死でハンドルを切るが近すぎた。斜めに避けようとした車体に、異形の体当たりが炸裂してしまう。


「くそっ!?」


 どうにか立て直そうとする運転手の努力もむなしく、マイクロバスはガードレールに向けて吹き飛ばされてしまう。

 激しい衝突音が響くと同時に、車内の景色がグルグルと回転する。マイクロバスはガードレールを突き破り、斜面を転がり落ちて行った。

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