第335話 マッドな学者と狂気の少女
日本列島の上空を進む中型の旅客機。西日本を通過し、そのまま中東方面へ抜ける予定のルートを飛んでいた。
機体の横には、東京に本社を置くベンチャー企業の社名が書かれている。特に怪しい点は見られず、順調に飛行している。
しかし、この機に乗っているのは普通の人間ではない。黒澤会が所有する機体であり、乗っているのは超のつく異常者。
希代のマッドサイエンティスト、木谷廉也である。彼は中東へ立ち寄ったのち、ヨーロッパへと向かう予定となっていた。
彼の研究成果を裏社会で披露し、国外のスポンサーを得る為だ。今や日本国内は、大江イブキと那須草子により監視されているからだ。
妖異対策課の京都支部を中心に、人間からの監視も強く活動が難しい。元々、東日本だけでは限界が来ると分かっていた。
イブキに見つからずとも、草子にいつかは怪しまれただろう。そうなる前に、海外へ手を伸ばす必要があったのだ。
だからこそ、人造妖異のプロトタイプ等を売っていた。そして今となっては、本物の成功例を披露するまでに至っている。
この旅は最高の研究成果、神谷陽菜という少女のお披露目だ。人間でありながら、妖異へと進化した最新の種。
幽霊などと違って、肉体を持つので知能が高い。しかも嬉しいおまけとして、人間へ完全に擬態する能力まで得ている。
「ねぇ博士~、なんで広島に寄るの?」
腰まである長い黒髪の少女が、大手のファーストクラス並みに快適な空間で廉也に問う。真っ白なワンピースを着た彼女は、高校生ぐらいの年齢に見える。
まだ幼さが残るものの、女性らしい外見へ変わりつつある途中。派手さはないが、整った可愛らしい顔立ち。
読者モデルのような美人系ではなく、地下アイドルのような可愛らしさを持つ。愛嬌のある元気な表情が特徴的だ。
背丈は平均的で、160センチを少し超えたぐらいか。スタイルは中々によく、グラビアに載っていても不思議ではない。
そんな彼女は、廉也の作った最高傑作。人造妖異、神谷陽菜。今は人間の状態だが、中身はもう完全に妖異である。
「それがねぇ~お仕事を頼まれてしまいまして。陽菜君との海外旅行は少しだけ延期です」
「えぇ~~サウジアラビアの高級ホテルは? エッフェル塔で写真撮りたい!」
ゆったりとシートに座る廉也へ、立ち上がった陽菜が後ろから文句を言う。背もたれの上に顎を置いて、ぷりぷりと怒っている。
「中止じゃないから、安心して下さいよ。少しの間だけ、広島に立ち寄るだけです」
せっかく隠匿生活から解放され、華やかな旅行を行えるというのに。楽しみにしていた陽菜は、どうやらご不満な様子だ。
体が妖異となっても、精神はまだ十分に成熟しているとは言えない。こういうところで、子供らしい反応が出てしまう。
無理矢理に植え付けられた強大な力と、未成熟な精神。危うさが残る組み合わせだが、物分かりが悪い小学生ではない。
ある程度の理解力があり、学習能力も高い。ちゃんと説明しておけば、身勝手に力を振りかざすような真似もしない。
もしも彼女がもっと若ければ、もう少し手を焼いただろう。機嫌を損ねたからと、研究所で暴れたかもしれない。
何より高校生という絶妙な年齢は、実験の成功において大きな影響が出ている。陽菜より幼いと、肉体が変化に耐えられない。
では逆に大人だと、魂と精神の純粋さが足りなくなる。若くて余計な汚れを知らず、それでいて物分かりもいい年齢。
条件を絞っていくと、高校生ぐらいが最も都合のいい世代となる。実際こうして、陽菜という成功例が完成している。
彼女のお陰で取れたデータは非常に多く、今後の量産において重要な要素だ。少なくとも廉也は、そのように考えている。
彼がこれまで作ったナンバーズは、今や失敗作と言っていい。それだけ陽菜という存在が、廉也にとって大きな成果なのだ。
「いいですか陽菜君、コレを見て下さい」
廉也は座席に持って来てあるノートパソコンを示す。膝の上から少し持ち上げれば、真後ろに居る陽菜にも画面が見える。
「……何これ? 変な鳥?」
「熊と狼、そして鷲を混ぜて作ったグリフォン的な奴です。名前はなくて通し番号は4番。まっ、ようは君の先輩ってとこですねぇ」
画面に写された生物の写真は、悪趣味なキメラの姿を示している。かつて廉也の研究所内で撮影したものと思われる。
「ふーん。それで、これが何なの?」
「ちょっと広島に寄って、この子を連れ帰るか処分して下さい。君と比べれば、随分弱いので簡単でしょう」
自分の作った生命だというのに、廉也はもう興味を持っていない様子だ。以前よりその傾向はあったが、より酷くなっていた。
もう彼にとって、陽菜さえいれば十分なのだろう。大切に思う親心のような気持ちは、彼から一切感じられなかった。
4番が居なくなっても、別の残りを売ると廉也は聞かされている。連れ帰るのが難しいなら、殺してしまってさっさと広島を出る。
その方が遥かに有意義だと、廉也は考えているようだ。もう用のないプロトタイプより、陽菜の研究を進めたいと顔に書かれている。
「どこに居るか分かるの? 私、広島なんて来た事ないけど」
「それなら大丈夫ですよ。君のスマートフォンにデータを送りますから。それでも分からなければ、いつでも聞いて下さい」
廉也はノートパソコンを操作し、陽菜が持たされているスマートフォンへデータを送信した。受信した情報を、陽菜は確認する。
当然ながら、彼女のスマートフォンは黒澤会が用意した。当然勝手にSNSなどへ、自由な投稿が出来ないようフィルタリングされている。
だが陽菜はそれでも気にしていない。もう人間ではない彼女は、興味関心も変わってしまっているからだ。
妖異となる前のように、SNS映えなど興味はない。そんな事よりも、人間をどう美味しく食べるかと自分の幸福にしか興味がない。
人を怖がらせ、痛めつけ、悲しみを与え苦しめる。恐怖と絶望に染まった人間の感情と臓物が、何よりも美味しいと最近は思っている。
「分かっていると思いますが、勝手な行動は慎むように。まあ陽菜君が勝てないような相手は、今の広島に殆ど居ないでしょうけど」
陽菜は向井に力を分け与えられ、もう数万年生きた妖異と保有妖力は変わらない。妖術の使い方についても、しっかり教わった。
実戦経験こそ少ないものの、戦いについても学んでいる。妖異対策課なら相手にならず、数千年生きた妖異にも勝てるだろう。
問題となるならば、雷獣イツカなどの古参勢ぐらいか。廉也の知る限りだと、思い当たるのは僅か数名のみである。
ここが京都府なら絶対に降ろさないが、支配者が適当な広島は別だ。そうでなければ、陽菜の投入許可だって下りない。
「はいはーい! で、今から行けばいいの?」
「ええ。では移動しましょう」
陽菜を上空から広島へ送る為、廉也は陽菜を連れて機体の最後尾に向かう。後部ハッチから降下させる予定となっている。
空港で降ろすと、色々と手続きが面倒になる。神谷陽菜は現在行方不明扱いとなっており、国内で身分証は使わせられない。
街中の監視カメラに多少映るぐらいなら、まだ何とでもなる。黒澤会や関連企業との繋がりさえ、警察等に分からなければいい。
後部ハッチまで移動した2人は、乗務員に話をつけて降下準備へと移る。もちろんパラシュートなんて、目立つので使わない。
「博士も来ないの?」
「僕はこの通り、現場仕事に向かないタイプですから」
「それもそっかぁ。じゃあ、行ってきまーす」
妖異としての力を開放した陽菜が、開いた後部ハッチから飛び出していく。黒い髪は銀色に染まり、瞳に紫の光が宿る。
空中に飛び出た陽菜は、妖術で風を操る。無理なく着地できるよう、調整していく。全てが終われば、また人間の姿に戻った。
風に支えながら降下していく陽菜に、気づけた妖異はどこにもいない。一瞬だけ放たれた気配は、すぐに消えてしまったからだ。
高空から飛び降りた陽菜は、ゆっくりと広島県内の山中へと消えて行った。彼女の降下を見た者は、廉也達以外にどこにもいなかった。




