第334話 予想外の展開
東日本のとある山。地中へ密かに建築された木谷廉也の研究所にて、黒澤会の幹部達が集まっていた。
大江イブキと那須草子を相手に争い、結果として様々な被害を被った彼ら。未だに新しい本部候補地は見つかっていない。
茨木童子の復活に向けた活動は、大きく迂回する必要が出てしまった。そんな状況にありながら、新たなトラブルが起きてしまった。
「一体何がどうしてこうなる!?」
50代ぐらいに見える中年の男性が、強く会議室の長机を叩いた。ズラリと並んだ座席には、20名程の男女が座っていた。
室内の空気は非常に悪く、ピリピリとしている。誰もが苛立っている様子で、あまり近づきたくはない空間と化している。
「酒吞童子達とは絡んでいないじゃない! だというのに何が起きたのよ!?」
「まだ報告は来ていないのか!」
最悪の雰囲気が漂っているのは、彼らにとって予想外のトラブルが起きたからだ。問題の発生は昨日の深夜、日付が変わる頃。
活動資金を得る為に、彼らは廉也の人造妖異のプロトタイプを売ろうとした。ナンバーズと呼ばれている10体作られた妖異だ。
すでに半分の5体をイブキ達に倒されてしまった。最初に倒された化けダコの6番から始まり、短期間にまとめて失った。
蜘蛛と蜂のハイブリッドである8番。カブトムシとムカデのキメラが3番で、翼の生えた巨大なワニが2番である。
そして上京学園で倒された3つの頭を持つ怪鳥が5番だ。これら5体の製造には、結構なコストが掛けられていた。
その内3体は京都への攻撃を行う為に、消耗品として使うしかなかった。痛手を覚悟の上で消費したが、最初の2体は全く違う。
海外の金持ちに販売する予定だった商品である。あわや取引失敗となりかけて、どうにかフォローには成功した。
実物ではなく、製造方法の販売と妖異のクローンを無償提供する形で決着。組織としての体裁は、どうにか保つ事が出来た。
損害の始まりから5体目まで、全てイブキの関与が分かっている。だが今回は、彼女やその周囲へ何も手出しをしていないのだ。
なのに何故、トラブルが起きてしまうのか。何が起きてこうなったのか、ここに居る誰にも分からない。
「失礼しますよ。最新情報のお届けに参りました」
紛糾している会議室へ、胡散臭い雰囲気を纏う男が入って来た。紺色のオーダーメイドスーツに、金のカフスボタン。
黒いマスクを着けているせいで、表情は分からないが飄々としている30代ぐらいの男性。仲路良樹、黒澤会のブレーン。
目だけは笑っているように見えるが、心から笑っているようには見えない。相変わらず怪しい男としか思えない風貌だ。
「どうやら向こうの組織から、西の海へ取引場所を変えられたそうです。それ以降、誰とも連絡を取れていません。使っていたタンカーは沈んだようです」
仲路から持ち込まれた情報に、様々な反応が返って来る。そのどれもが怒りや困惑、迂闊さを嘆くようなものばかりだ。
「よりにもよって西だと!?」
「ちょっとやめてよ! まさか舞鶴湾なんて言わないわよね!?」
「なんて愚かな真似を!」
せっかく西日本との関わりを断ったというのに、商品の運搬に使っていたタンカーが西へ行ってしまった。最悪の展開と言える。
イブキと関わって以来、面倒な事ばかり起こっている。これ以上の被害を避ける為の努力を、無駄にされてしまった形だ。
末端の組織が行った判断ミスとはいえ、問題の大きさは無視出来ない。取引相手は最近接近した組織の関係者である。
ヨーロッパの海で過激な活動を始めたセイレーンのマリー。その配下と関係を持つマフィアと、始めたばかりの取引だ。
まだ付き合いを始めて半年も経たずに、取引失敗というのは笑えない。どう対処するべきか、頭を抱える黒澤会の幹部達。
「一体どこで沈んだ!」
「鳥取県の沖合ですよ。運んでいたナンバーズの4番ですが、現在は広島県に居るようです。発信機は機能していますから」
唯一落ち着いている仲路は、淡々と冷静に事実を話す。まるで焦りを見せない彼は、ゆっくりと自分の席へ座った。
あまりに冷静な仲路の姿勢に、他の幹部達が訝しむ。もう解決策が用意出来たというのか、幹部達から質問が飛んだ。
「対処はしたのか?」
「ええ、もちろんですよ。ウチの専用機で欧州へ向かっている途中の廉也に、捜索の指示を出しました。彼女を使う良い実験にもなりますから」
仲路が余裕を持っていた理由を知り、幹部達も少々落ち着きを見せ始める。仲路の言う彼女とは、人造妖異計画の成功例。
人間でありながら、妖異へと至った女子高生。神谷陽菜という名前の新たな戦力。最新の妖異ながら、強大な力を与えられた存在。
ナンバーズが相手であれば、十分過ぎる戦闘力を有している。元東京の支配者、牛鬼の向井によって膨大な妖力を与えらえた。
所有する妖力だけで言えば、数万年生きた妖異に匹敵する。同時に、人間へ完全に擬態する能力も持っている特別な個体。
西日本の支配圏で行動するなら、これ以上の適任者はいない。ただし、圧倒的な経験不足が懸念事項ではある。
「広島県の支配者はあの雷獣イツカです。ナンバーズに反応はしないでしょう。ただし、広島の妖異対策課が困った時は——高確率で酒吞童子を頼る点が問題です」
「なんて事だ……」
管理者として適当なイツカは、障害となる相手ではない。実戦経験の浅い陽菜が動くには、かなり楽な部類である。
しかし時間が掛かり過ぎると、高い確率でイブキが出張って来る。それは彼らにとって、歓迎できる話ではない。
最も関わって欲しくない相手が、引き寄せられてしまう。そうなる前に見つけて確保出来るか、時間との勝負となる。
そこまで仲路が説明し、幹部達は唸るしかない。頼れるのは未熟な妖異である陽菜と、実験以外に興味のない廉也。
この状況を打開するには、どうにも不安が残る組み合わせだ。安心とまでは言えず、微妙な空気が蔓延している。
「仮に失敗したとしても、別の個体を売りましょう。今は資金を得る方が大事です。4番がダメでも、1番を売ればいい」
「だが、ナンバーズはもう残りが……」
「勘違いしないで下さい。神谷陽菜という成功例が出来た以上、今更ナンバーズなど重要ではありませんよ」
せっかく大金を掛けて作らせたナンバーズを、簡単に消費してもいいのか。幹部達の懸念に対して、仲路はあっさりと返す。
今の黒澤会にとって重要なのは、人造妖異の作成にある。前段階であるプロトタイプなど、今となっては売り捌けばいいだけ。
残しておくメリットは薄く、維持コストも考えれば放出した方がマシ。断言する仲路に、幹部達は納得したようだった。
ついトラブルが続いていたせいで、ナイーブになっていたかもしれない。そんな空気が、やんわりと伝播し始める。
「向井様にも了解は得ています。もうその方向で動き始めている最中ですから」
「ま、まあ、それならいい、のか?」
「ああもちろん、勝手な変更を受け入れた企業については反省させますよ。責任者は彼女の新しい玩具になって貰いましょう」
目が笑っている仲路が見せた空気に、幹部達は凍えるような寒さを感じた。決してそれは、エアコンの冷気が原因ではない。
あっさりと粛清を決めた仲路の冷酷さが理由だ。陽菜の玩具になるという事は、決してろくな死に方をしないという意味だ。
人間を喰らう楽しみを覚えた彼女は、純粋な興味から様々な残虐行為を取る。どう苦しめたら美味しくなるのか、確かめている最中なのだ。
腕を斬り落とすなんて当たり前。暴力で苦しめ、精神的に追い詰め、命乞いを見て更に痛めつける。人間による拷問の方が幾らかマシだ。
そんな目に遭う事となる可哀そうな責任者に、幹部達は他人事のように思えなかった。いつか、失態を犯せば自分も——。
騒がしかった会議室の中は、とても静かになった。ニコニコと笑っている仲路は、いつまでも表情を変えないまま座っていた。




