第333話 広島観光
碓氷雅樹達、上京学園の生徒が広島市内を移動している。修学旅行として、広島城から原爆ドーム、そして平和記念公園へ。
戦争の悲惨さを学んだ雅樹は、以前に大江イブキから聞いた事を思い出した。これなら、雷獣イツカがヤケになっても不思議じゃない。
少しだけ彼の気持ちを理解出来た雅樹。核兵器のもたらした多大な犠牲と、破壊の痕跡は凄まじいものがあった。
管理していた人間同士が、このような争いを起こしたのだ。自分がイツカの立場だったらと、雅樹は考えてしまう。
生徒の中で唯一、世界の真実を知る雅樹の目線は友人達と違っている。妖異という存在を前提に、どうしても見てしまうのだ。
(人間同士で殺し合う方が多い……か)
自由時間となっても、雅樹は考えている。イブキと出会って間もない頃、人間同士で殺し合う数が多いという話を聞いた。
その総数は、妖異が人間を殺すより多い。何せ今や人間は、たった1発のミサイルだけで大勢をまとめて殺せてしまうのだから。
遡れば大昔から人間は、同族を殺して生きて来た。妖異の因子を持っているから仕方ない。そう言われたが、やはり悲しい話だ。
人間を殺す人外が居るというのに、人間は争いを止めない。協力すべきところを、上手く手を取り合う事が出来ていない。
「おい碓氷! 早く来いよ!」
広島市内の大通りで、少し先に居る相葉涼太が雅樹を呼んでいる。自由時間に入った現在は、好きな場所で昼食を食べられる。
早速彼らは、広島名物である広島焼きを食べに向かう。その途中だった事を思い出し、雅樹は小走りに友人達へ追い着く。
「悪い、少しボーっとしてた」
「おいおい、勿体ないぞ? 広島は美人が多いんだからさ」
涼太の発言に女子達が冷たい目を向けているが、涼太はそんな程度でめげない。街行く美人な女性を見つけては、満足そうにしている。
誘われて仕方なく雅樹も視線を向けるものの、涼太のようには喜べない。確かに美人が歩いているのだが、イブキ達には届かない。
だからと下に見る事はないが、はしゃぐ程の理由にならなかった。今まで考えていた内容も手伝い、気持ちがついていかないのだ。
涼太のように生きる方が、きっと正しいのだと雅樹は思う。余計な事を考えず、今を楽しんで過ごす方が間違いなく良い。
「くっ……お前には梓美先輩が居るからって、余裕を見せやがって!」
「えっ!? ち、違うって! そういう意図はない!」
「そーだよ! 碓氷君には先輩が居るのよ! アンタのつまらない遊びに付き合せないの!」
冷めた目で見ていた井本深雪達が、雅樹の腕を引いて涼太から引き剥がす。雅樹は困った表情を浮かべ、深雪に連れて行かれる。
女子グループに混ざった雅樹は、どうしたものかと悩む。女子と仲良く出来ない少年ではないが、囲まれるのは少し気が引ける。
普段からイブキ達に囲まれているが、相手は揃って大人ばかりだ。クラスの女子達とは、価値観が色々と違っている。
良くも悪くも若々しく、雅樹のような少年には少し対応が難しい。だが女子達は一切気にせず、雅樹に向かって質問を投げて来た。
「それで、実際どうなの碓氷君?」
「梓美先輩と付き合ってるの?」
修学旅行で浮かれていたのは、何も涼太だけではない。深雪達もまた、修学旅行という状況を楽しんでいるのだ。
永野梓美との関係について、聞きたい女子は多いようだ。身近な恋バナだからこそ、少女達の興味本位を刺激するのだろう。
特に梓美の周囲に関しては、知りたい生徒が男女共に居る。学校のマドンナというべき女子を巡る恋模様は話のネタになるのだ。
「いや、付き合ってないよ」
「え~でも梓美先輩は凄く積極的じゃん」
「それは、そうなんだけど……」
女子達の言う通り、梓美は以前に増して積極的に雅樹と接している。だが交際までは至っておらず、未だに先輩と後輩だ。
肉体関係を結んだ点は、こんな場所で明かせる筈もない。むしろ下手に語ろうものなら、大変な事になってしまう。
男子はまず食いつき、どうだったか質問する。そんな事を話せるわけがないのに、しつこく訊いて来る日々が始まる。
どうしてか男子高校生というものは、セックスについて語りたがるもの。誰と誰が寝たという話は、あっという間に広がってしまう。
勝手に語られる女子の方はたまらないが、広がってしまえばそれまでだ。デリカシーに欠けた噂の被害に遭う女子は出てしまうもの。
では女子の前で言えばどうなるかと言えば、顰蹙を買う事になってしまう。肉体関係を持ったのに、責任を取らないのかと疑問視される。
体だけの関係を容認する女子も居るが、それは一部の話である。真っ当な感覚を持った女子の方が大半を占める。
言うまでもなく深雪達は後者であり、雅樹は明かさず黙っている。不要なトラブルを起こす気にはなれなかった。
無難な回答を続ける雅樹は、追求をどうにか回避する。あまり深く掘られても困るので、明言は徹底して避けておく。
いまいち煮え切らない雅樹の回答を受けて、他の女子が新たな爆弾を投下する。雅樹はそのせいで、更に追い込まれる。
「じゃあさ~あの探偵さん? すごく綺麗な人がやっぱり恋人なの? たまに一緒に出掛けているみたいだけど」
雅樹に関する噂の中には、イブキと関連する物も含まれている。イブキもまた超のつく美女であり、注目をどうしても集める。
「い、いや違うよ! イブキさんと出掛ける時は、いつも仕事の手伝いだから!」
「ふ~ん、なら彼女はいないんだ?」
イブキとも肉体関係を持っており、非常にややこしい問題である。やはり交際はしていないという回答に留める雅樹。
恋人はいないとしっかり否定し、この場を納めようとする。一応は納得されたらしいが、恋バナからは逃がしてくれない。
那須草子まで話題に出始め、雅樹は剣道の先生だと釈明した。彼女とも明かせない関係を持っているが、こちらも秘密にしておく。
学校に近かったせいで、色々と知られてしまっている。改めて状況を理解した雅樹は、立ち回りに注意しようと決めた。
「なら碓氷君はさ、今フリーで付き合いたい人もいないって事?」
深雪の質問に対して、雅樹は渡りに船と乗っておく事にした。自分でもどうしたいのか、よく分かっていないからだ。
イブキ達に好意を持っているのは確かだが、付き合いたいと思ってはいない。自分が望んでいい事なのか、とつい考えてしまう。
「そ、そういう事! まだ恋人とか、早いと思うし」
「早くはないと思うけど」
何故そんな話を聞きたがったのか、雅樹は分かっていない。彼の気づかないところで、女子達の動きがあった事も。
雅樹には自覚が足りていない。彼は学校の中で、そこそこ人気があるという事実を知らない。好意的に見ている女子の多さを知らない。
とにかく今の話題から離れたくて、雅樹は必死だったのもある。最後まで状況の変化に気づかず、お好み焼き屋へ到着してしまった。
そうなれば話は昼食に移り、同じ班の男子達も合流する。何を頼むか相談が始まり、どうにか雅樹は追求から脱した。
入り口の前でメニューを見ながら、観光客らしい空気を醸成する。彼らに気づいた店員さんが、表に出て来て確認を取る。
「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」
「あ、すいません! 10人です!」
一番近くに居た深雪が代表して店員と会話し、彼らは店内へ入っていく。座敷に通された雅樹達は、男女に分かれて座った。
「さあ、俺達は何を頼む?」
「やっぱ肉は欲しいよな! 碓氷もそうだろ?」
「え、ああ、うん。何でも良いよ。俺は好き嫌いないし」
お好み焼き屋で注文を始める彼らは、広島の観光を満喫していた。その頃には雅樹も、暗い考えが脳内から消えていた。
雅樹達はまだ、広島県内へ降り立った脅威に気づいていない。木谷廉也の作った人造妖異が、密かに活動を開始していた。




