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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第10章 新しい動き
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第332話 かつて犯した罪

 広島県の一角に、小さな村があった。少し前までは廃村寸前の土地だったが、とある事情によって住民が一気に増えた。

 村の生き残りは僅かで、高齢者が数名暮らすだけだった村が一変。無人の空き家がリフォームされ、古びた商店が新しくなる。

 人々が別の土地から流入し、人口は10倍以上の増加を果たす。何が起きたかと言えば、計画的な県政による移住だ。

 新たに行うダム建設が原因で、大勢の人間が立ち退きを余儀なくされた。当初は反対していた現地住民が、意見を変えて受け入れた。

 ギリギリ千人に届かない村人達は、揃って移住を開始。その移住先となっていたのが、この廃村の危機に瀕していた土地だ。


 残念ながら移住の最中に、生き残っていた元の村人達は他界。新たにやって来た人々によって、村の墓地へと埋葬された。

 同時に近隣の統廃合が進み、村ではなく町の1つになった。周辺の町にも同じような理由で、移住して来た人々が暮らしている。

 そちらの方は、主に他府県で募集した移住希望者達だ。ダム建設と関係のある人々は、あくまでこの町に住んでいる人々だけ。

 上田町(うえだちょう)と名付けられたこの町は、周辺を雑木林に囲まれている。車を使えば隣町へ行けるが、少し距離が離れている。

 特に目立つ点もない、ごく普通の町であった。少なくとも、表向きについては。実際には、かなり特殊な事情を有している。

 

「ねぇ、村長達大丈夫かしら?」


「やっぱり、狗神(いぬがみ)様から離れてはいけなかったんじゃ……」


「でもあれは事件だって警察が……」


 夕暮れ時の上田町、住宅街の生活道路で主婦達が井戸端会議をしている。この町が抱える事情、それは以前住んでいた村に原因がある。

 少し前まで住んでいた村では、狗神様という存在が信じられていた。彼らの住まう山に、大昔から居着いている土地神として。

 村人達は村の繁栄の為に、狗神様に生贄を捧げていた。何代も前から続く風習であり、彼ら彼女らにとっては当たり前の事だった。

 しかし、それは単なる勘違いで、誤った因習でしかなかった。碓氷雅樹(うすいまさき)大江(おおえ)イブキが、調査を頼まれて夏前に確認をしている。

 確実に神なんて存在は住んでおらず、生贄はただの殺人でしかなかった。その事実は既に、妖異対策課へと伝達が済んでいる。


 報告を受けた妖異対策課が調査を行い、複数の遺骨を廃村の井戸から発見。科学調査と妖異の協力を受けて真相を究明。

 遡って罪が問える分については、組織的な殺人事件、および死体遺棄として立件。当時の村長と一家が逮捕されたばかりだ。

 町へ移住してたった数ヶ月で、秘密を共有する仲間が連行された。当然、元々住んでいた住人達は不安を覚えるほかない。

 自分達まで捕まってしまうのか。狗神様への信仰は間違いだったのか。そうではなく、狗神様の下を離れるべきではなかった。

 様々な意見が飛び交い、不安が広がっている。全く報道されていない点も、彼らに疑心暗鬼を生じさせる要因となっていた。


「やっぱり国の陰謀なのかも……」


「そ、そんなわけないじゃない。私達を捕まえて、どうするっていうのよ」


 事件が報道されていないのは、妖異と関係がある事件だからだ。正確に言えば、妖異対策課が絡んでいるからである。

 妖異対策課が捜査に絡むと、偽の報道や情報の隠蔽が行われる。だから組織的な殺人事件であっても、表に公表はされない。

 下手に公表するのも、世間に与える影響が大きいという問題もあった。この令和の時代に、まさかの生贄だというのだから当然だ。

 その対応が曲解されて、上田町の人々は憶測を広げてしまっていた。自分達全員が、国家権力によって消されてしまうのではないか。

 もしくは、狗神様が国を動かして罰を与えようとしているなど。そのような思考を真剣に考える土壌が、残念ながら整っていた。

 

 自分達がやっていた事は、ただの殺人事件だった。そんな都合の悪い事は、誰も考えようとしない。考える勇気が持てない。

 自責の念に駆られるような人々だったら、最初から生贄なんて行わない。俺達は、私達は言われた通りにやっていただけ。

 心からそう思っているし、責任を取ろうなんて誰も考えていない。雅樹が彼らを知れば、激しい嫌悪感を抱いただろう。

 人の死を軽視し、自分さえよければそれでいい。誰かが生贄になれば、自分は救われるのだ。そんな考えを雅樹なら見抜く。

 罪の意識を一切持てないというのは、ある意味因習の被害者と言えるのか。それとも、単なる無責任と断じるべきか。


「あら? 急に霧が……」


 当事者意識に欠けた主婦達の会話が、自分達の過去から離れる。夕陽の輝きが遮られ、立ち込めた霧が町の上空を覆う。

 寒い時期になれば、霧が出る地域はあるだろう。標高は低いが山の中腹にあり、雑木林に囲まれたこの町も対象かもしれない。


「変ね? 役所の人は霧が出る土地だなんて、言っていたかしら?」


「どうだったかしら?」


 困惑する彼女達をよそに、霧はどんどん濃くなっていく。町は完全に霧に包まれ、急激に薄暗くなっていく。

 もし彼女達に、雅樹並みの感覚があったら。すぐに避難を選んだだろう。今この場所が、非常に危険だと気づけた。

 しかし、この町には彼がいない。同様の感覚を持つ者がいない。そもそも存在していれば、神の不在に気づけただろう。

 致命的な間違いを犯し、新たに選択を間違えた町の人々。危機感の足りていない生活が、彼らの命を危険に晒す。


「うわあああああああああ!?」


 どこからか、誰かの悲痛な叫びが上がった。何かが起きていると理解出来ても、何が起きているのかは誰にも分からない。


「い、今のは!?」


「やだ……何かしら?」


 町の住民は気づいていない。自分達がどのように見えるのか。人間の目には、ごく普通の存在として映るだろう。

 だが、妖異という特殊な存在が相手なら違う。暗く淀んだ罪深き魂を持ち、そのわりに純粋さも持ち合わせている。

 特殊な味わいを生み出す都合のいい餌。人間の食料で例えるならば、ゲテモノの入ったラーメンだろうか。

 好きな者なら好んで喰うが、イブキのような妖異ならば先ず避ける。そんな存在が一塊になって、無防備に歩いている。

 ちょうど上空を通ったとある妖異が、興味を示すには十分過ぎた。日本海から飛来した何者かが、霧の中で人々を襲う。


「だ、誰か助けてくれ!」


「いやだ! 来るなぁ!」


 あちこちで悲鳴が上がり続けるが、主婦達は何も分からない。妙な匂いが漂っているものの、血の匂いだと彼女達は気づかない。

 異様な雰囲気の中で、怯えながら彼女達は体を寄せ合う。分からないという恐怖が、彼女達の中で増幅していく。

 それがまたいい味になるなんて、ただの一般人は知らない事だ。わざと怖がらせているのだが、彼女達が気づく筈もない。


「な、なんなのよ!?」


「け、警察……」


 主婦の1人が、恐怖に震えながらスマートフォンを取り出す。だがどういう理由か、圏外となっておりどこにも通じない。

 霧が妖異によって作られた結界だなんて、彼女達に分かるわけがない。混乱する彼女達に向かって、巨大な影が近づいて来る。

 配達で通る2トントラックより高い全高。幅の広い何者かの体。翼のような物が、背中辺りから生えているらしい。


「な……なに……」


 徐々に見えて来る影の正体。恐ろしく巨大な熊のような体。茶色い体毛に包まれた太い手足。背中の翼は、猛禽類のよう。

 翼の生えた熊かと思えば、首から先はオオカミの頭に似ていた。立派な白銀の体毛に包まれた頭部には、千切れた人間の腕が咥えられている。


「……きゃあああああ!?」


「ば、ばけもの!」


 主婦達は慌てて逃げようとするが、恐怖で混乱しており真っ当な判断が出来ない。そもそも走ったところで、逃げられる相手でもない。

 すぐに追いつかれて、1人また1人と喰われていく。熊の体が力強く大地を蹴り、跳びはねて襲い掛かる。異形の妖異が狩りを始めた。

 その姿を見た住人達の中に、狗神様だと誤認する者が出たのは皮肉な話だ。神とは程遠い存在で、創造主は人間である。

 マッドサイエンティストの作った妖異が、町を蹂躙するまで長い時間は必要無かった。かつて罪を犯した者達は、1人も生き残れなかった。

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