第330話 怪しいタンカーと男達
日本海を進むタンカーが一隻、暗い夜を航行している。東日本から進んで来たこの船は、日本海を西進中であった。
中型の船体は総積載量が8万トン。外観は一般的であり、平凡な形状をしていた。黒い船体に真っ白な船室と、よくある色合い。
甲板を歩いているのは殆どが日本人で、恐らく所属国籍も日本なのだろう。ただし、1つだけ奇妙な部分があった。
それは船名がどこにも記載されていない点だ。通常であれば、国際航海を行う船舶は船名を記載せねばならない。
だがどこにも無いという事は、表示義務違反の恐れがある。そんな船が堂々と航海など、本来行っている余裕はない筈だ。
では何故、この船がそんな真似を出来ているのか。答えは簡単な話で、最初から違法な航海を行う前提で作られたからだ。
正規ルートの貿易、および運航ではないのだから船名はない方がいい。犯罪者が本名を大っぴらに名乗らないのと同じである。
とは言え、船名を隠したまま航行していればいずれバレてしまう。あまり良い手段とは思えないが、この船には少し秘密があった。
1つは偽りの船名を掲げる機能だ。港に寄港する際などには、この機能を使って偽名を表示させる事が可能となっている。
さも昔からずっと表記されているように、文字の擦れ具合なども精巧に表現する。一目見たぐらいでは、偽物とは気づけない。
そしてもう1つは、船体の姿を隠してしまうという機能だ。早い話、ステルス機能を持っている船舶だという事である。
このような違法な船舶は、密かに裏社会で流通している。妖異の力を借りて作り、非合法な目的で使用されているのだ。
運ぶモノは様々で、人間の奴隷や犯罪者、麻薬や貴金属など枚挙にいとまがない。もちろんその殆どが、違法な手段で入手したもの。
時には改造した船舶を使い、権力者を招いて後ろ暗いパーティーを行う事も。いずれにしても、真っ当な手段で使うものではない。
当然この船も、人目を避けて行動している状態だ。ステルス機能を使用し、外部からは発見されないよう結界を展開している。
「今回の取引場所はこの辺りだ。そろそろ停止しろ」
鳥取県の沖合まで来たところで、船長の男が操舵手に向けて指示を出す。彼はガタイのいい中年の男性で、分厚い胸板の持ち主だ。
右目に大きな傷があり、ちょうど縦に斬られたような痕跡が残っている。強面なのも手伝い、とてもカタギの人間には見えない。
2メートル近い身長で、見た目は船長というより海賊や軍人に見える。街中で出会おうものなら、少し距離を取りたくなる。
「うっす! 了解っす!」
見るからに下っ端と言わんばかりの、小者らしい風貌の若い男性が舵を操作する。船体のスピードが落ちて、ゆっくりと停止するタンカー。
船長の男性がタバコを取り出し、マッチで火を点ける。満足そうに吸い始めた彼は、部下に指示して酒を取りに行かせる。
室内で喫煙を行った上で、飲酒までしようとする。真っ当な船ならNG行為の連続だが、誰もこの船では止めようとしない。
むしろ持って来られた酒を、操舵手と共に船長の男が飲み始める。船長と操舵手が航行中に飲酒を行う。普通なら大事件だ。
「それにしても、厄介な仕事だったな。わざわざ西まで来させるとは」
ビール瓶を片手に、船長の男が愚痴をこぼす。どうやら彼にとって、この航海は不服だったらしい。嫌そうな表情を浮かべている。
「元々は東でって話でしたよね? なんで変わったんすか?」
操舵手の男もまた、思うところはあったらしい。彼もまたビール瓶を手にしながら、船長の男に質問を投げかける。
「知らねぇよ。上からの指示だってよ。まったく、迷惑な話だ」
「なんか上、結構揉めたらしいっすね」
「詳しくは知らねぇが、酒吞童子と喧嘩したんだとよ。あんな恐ろしい女、よく相手にしようと思うぜ」
彼らはどうやら、妖異について知っているらしい。ナチュラルに酒吞童子と口に出し、女性であるという事も知っているようだ。
発言の内容から、黒澤会の関係者か下部組織の類なのだろう。どの程度の立ち位置に居るのかは、発言から推し量れない。
ただし、こんな船を任される程度には信頼されているのだろう。全くの下っ端と判断するのは、やや早計を言わざるを得ない。
そんな彼らの愚痴は続き、様々な単語や話が漏れ聞こえてくる。どうやら取引相手は、ヨーロッパの人間であるようだ。
「にしても、ヨーロッパの連中はあんなのを欲しがるんすね」
「何だか知らんが、色々あるらしいぞ」
彼らが運んでいる荷物を、今夜引き渡す予定となっているようだ。現在は相手が来るのを待っている、という段階なのだろう。
「そういや船長、最近どっかの運び屋がミスったらしいですぜ」
「あ~らしいな。ありゃ空輸のミスだったか? ま、俺達にゃあ関係ねぇ。ヘマはしねぇよ」
自分達は大丈夫だと、自信満々に彼らは笑っている。絶対の自信があるようで、だからこそ仕事中に酒なんて飲んでいる。
彼らが笑っている空輸とは、以前に山口県で墜落した輸送機の話だろう。という事から、彼らも似た仕事をしていると思われる。
ならば運んでいるのは、ただの違法な品だけとは思えない。もし同じ事をしているならば、積まれているのは人造の妖異か。
船長達が談笑していると、無線機が鳴って連絡が届く。どうやら取引相手が、近くまで来ているようだ。船長達が動き始める。
甲板へ出た彼らは、右舷の端に向かってライトで海上を照らす。すると海面には、武装をした欧米人達が乗るボートを視認出来た。
「船長、あれでどうやって持って帰る気で? 船が小さすぎるでしょ」
「知らねぇよ。俺達の仕事はここまでだ。あとは連中の好きにさせろ」
取引相手が乗って来たのは、どう見ても商品を載せられない小さなボートばかり。操舵手の男が不思議に思うが、船長は受け流した。
取引相手がどんな方法で帰ろうが、彼らには関係がないのだ。引き渡しさえ済んでしまえば、取引は成立して彼らは帰れる。
さっさと帰って風俗にでも行こうと、船長の男は赤らんだ顔で考えていた。縄梯子を部下達に降ろさせ、客達が上がって来るのを待つ。
船長も大概物騒な外見だが、上がって来た欧米人達も彼に負けていない。修羅場を幾つも潜って来たと、顔に書かれている。
「待ってたぜ。アンタらが客だろう?」
船長の男が、リーダー格と思われる白人の男性に右手を差し出す。筋骨隆々の男性が、サブマシンガンを肩にかけながら応じる。
歴戦の猛者を思わせる男性が、がっしりと船長の手を掴んだ。まとう雰囲気こそ物騒なものの、対応は丁寧に行う人物らしい。
「今回は世話になったな。直前で変更を入れてすまなかった」
「次からはもう少し早く言ってくれると嬉しいね」
船長は軽く小言を挟んだが、リーダーの男は気にしていない様子だ。にこやかに笑いながら、次は気をつけると返した。
部下の武装集団達は、一切笑顔を見せていない。少々違和感を抱く光景だが、船長はまるで気にしていない様子だ。
このような連中を、何度も目にして来たのだろう。荒事を行う人間なんて、慣れていると言わんばかりの態度を示す。
舐められないように、という意味もあると思われる。荒くれ者の男性同士、こう言ったやり取りは発生しがちだ。
特に裏社会で生きている者など、メンツを非常に重視する。安く見られた方が負け、そんな風に思っていても不思議ではない。
「それで、例のブツは見せて貰えるのかな?」
「ああ、もちろんさ。見せるのは構わないが、そんなもんは効果ないぞ?」
「分かっているとも。承知の上さ」
船長がサブマシンガンを顎で示したが、リーダーの男は笑って答えた。そうかいと船長は返して、武装集団を案内する。
彼らが運んで来た商品を、取引相手に確認させる為だ。ぞろぞろと厳つい男達が、夜の船上を歩いて行った。




