第328話 高校生最大のお楽しみ
修学旅行、または研修旅行などと呼ばれる学校行事。小中高と各段階で、一度ずつ参加出来る特別な旅行である。
当然ながら、碓氷雅樹が通う上京学園でも同様である。ただし京都府の学校である為、行先は定番の京都ではない。
通常多くの学校は修学旅行において、最有力候補に挙がる土地が京都だ。だが京都の学校の場合は、少し話が変わって来る。
そもそも地元である為、修学旅行先へ選ぶ理由にならない。普通は地元で修学旅行を終わらせるような選択はしない。
校外学習である以上は、極力普段は見られない場所へ行くもの。特に修学旅行ともなると、文化的価値が重視され易い。
京都が修学旅行先として選ばれるのは、歴史的価値についても優秀だからだ。文化及び歴史の面から見て、京都は特別な土地だ。
首都であった時期は、日本の歴史上トップの長さを誇る。その期間は千年を超えており、圧倒的な歴史を持っている。
また、第二次世界大戦で大規模な空爆を受けなかった。結果として、古い建物がそのままの姿で残っているという点もある。
日本の歴史や文化を学ぶ上で、最上位の適正を持つ都道府県と言えるだろう。とは言え、やはり京都の学校は別の土地へ向かう。
候補となる土地は色々とあるが、京都に匹敵する土地はやはり東京や沖縄などになって来る。そして、上京学園はと言えば——。
「なあ碓氷! 広島焼きって食った事ある?」
雅樹のクラスメイト、相葉涼太が休み時間を使って話し掛けている。当然話題の中心は、来週に控えた修学旅行だ。
修学旅行の行先は広島県であり、わりと定番のコースが組まれている。原爆ドームなどを中心に、各地を回る予定だ。
「いや、食べた事ないな。というか、広島焼きとお好み焼きって違うの?」
「あ~そこに触れる? 触れちゃう?」
雅樹の前にある座席へ座った涼太が、困ったような表情を浮かべる。栃木県出身の雅樹には、その理由がよく分からない。
広島焼きとお好み焼きの違いは、広島県と関西圏で争いになりかねない問題だ。迂闊に聞いてしまった雅樹はポカンとしている。
関西人でない雅樹は、どちらもお好み焼きに見える。だが関西人にとって広島焼きは広島焼きで、お好み焼きとは別と考えられている。
この問題は非常にナイーブであり、あまり話題にしてはならない。だが聞いてしまった以上は、もう時間は巻き戻せない。
「え……何か、不味い話題だった?」
「不味いっつーか——まあ戦争になるな」
「戦争!? ええ!?」
涼太の発言に、雅樹は驚くしか出来ない。どうして食べ物の話から、戦争なんて物騒な単語が出て来るのだろうか。
混乱している雅樹は、涼太の話に耳を傾ける。彼の説明が始まり、広島焼きとお好み焼きの問題について語られる。
広義であれば、どちらもお好み焼きである。ただし過程が少し違っており、いわばバリエーション違いと言ったところ。
ただし、その違いが大きいために敢えて呼称が分かれている。広島風、関西風という呼び方で分かれている事が多い。
「大きな違いは具材だな。広島焼きは生地に具材を混ぜない。だけど関西では混ぜて焼くんだ。あと、麺は入れない」
なるほどなと、雅樹は理解を示す。涼太が適当に検索した動画を見せ、説明の補助として利用する。
画像を見れば焼き方の違いが分かり易く、広島焼きの方は生地の上に野菜や肉を重ねていく。そして具材に中華麺が含まれる。
一方で関西風の方は、生地が入ったボウルに直接野菜を放り込んだ。具材が混ぜられた状態で、鉄板の上で焼かれ始める。
「あ~、なるほど。ここが違ったのか。でも、それがなんで戦争になるの?」
「……碓氷、色々とあるんだよ」
作り方が違うだけで、戦争になる理由が雅樹にはピンと来ない。殆ど同じ料理じゃないかと、雅樹は素直に思う。
だがその感想は、関西で言わない方がいいと涼太に諭される。特に大阪では、広島焼きは別物と扱うように言われる。
同時に、広島ではお好み焼きと表現するようにも言われた。やはり田舎育ちの雅樹には、全く意味が分からない話であった。
しかし、そういうものだと理解は出来た。これから気をつけようと、雅樹は記憶に刻んでおく。妙なトラブルはゴメンだ。
そんな話をしていると、雅樹の前の座席、本来の使用者である井本深雪が戻って来た。いつも通り、涼太は排除されてしまう。
「何だよ! 修学旅行の相談ぐらいさせろよ!」
「だったらアンタは立っていれば? 話ぐらいそれでも出来るでしょ」
座席から追いやられた涼太は、床の上に転がりながら不満を言う。こんな関係でありながら、修学旅行では2人共同じ班の所属だ。
雅樹も同じ班に含まれており、現地では一緒に行動する事が決まっている。当日の予定について、話すのも楽しみの1つだろう。
ただ大まかな予定については、ホームルームで散々話し合った後だ。大体の流れは決まっており、今更大きな変更は出来ない。
それは分かっていても、修学旅行の日が近づくとテンションは上がるもの。涼太が浮かれていても、仕方がない事だろう。
辛辣な態度を見せる深雪でさえも、同じグループの女子と色々と話し合っている。雅樹の同級生は皆、修学旅行が楽しみなのだ。
「碓氷! お前も何か言ってやれ!」
「いや、どう考えても悪いのは相葉だろ」
いつも通り賑やかな休み時間を過ごす雅樹だが、彼だけは不安に思っている点があった。まずは、行先が広島だという事。
京都と違って広島の支配者は、少々癖の強い妖異である。雷獣イツカ、蜘蛛のような見た目をした不思議な妖異だ。
元々不真面目なタイプだったが、原爆を切っ掛けに一層支配圏の管理が適当になった妖異である。彼はよく周囲と問題を起こす。
修学旅行中に何かが起きないか、どうしても雅樹は不安に思ってしまう。そしてもう1つが、学園長の同行にある。
(乾英子さん……イブキさんの娘さん、かぁ……)
上京学園に潜んでいる妖異は雪女と鬼。前者は永野梓美であり、女子生徒として学生に混ざって生活を送っている。
後者の鬼が英子であり、学園長として将来有望な人間を監視する役目を担う。そんな彼女は、雅樹を目の敵にしているのだ。
母親である大江イブキに愛されながら、答えを出さない雅樹を嫌っている。友好的な態度を見せた事は一度としてない。
非常に難しい関係である英子が、修学旅行中に雅樹の護衛役を密かに行う。イブキも広島へ向かうが、雅樹に同行は出来ない。
高校生の修学旅行に、本来無関係なイブキが居ては不自然だ。しかし英子ならば、雅樹の近くに姿を見せてもおかしくない。
現地で護衛を行うならば、どう考えても適任である。母親であるイブキに頼まれて、英子は渋々ながら同意した。
梓美も立候補したのだが、残念ながら学年が1つ違う。1年生で修学旅行へ行く上京学園では、2年生は留守番をするしかない。
もし梓美が風紀委員にでも所属していれば、同行する口実は作れたかもしれない。だが残念ながら、梓美は風紀委員と無関係である。
生徒会役員でもない為、梓美が護衛として着いて行く理由がない。生徒全員の記憶を操作してまで、梓美を採用する程でもない。
梓美に学園の警護と監視を任せて、英子を同行させれば済む話だ。余計な手間を割いてまで、行うような処置ではない。
(大丈夫、だよな?)
最近は黒澤会の暗躍も見られず、大きなトラブルは無さそうに思える。だが雅樹が安心出来るかと言えば、少々微妙なところである。
雅樹にとっても、修学旅行はとても楽しみだ。中学までは若藻村に掛けられた暗示で、修学旅行へ行っていないままだった。
正確に言えば、修学旅行へ意識が行かないようになっていた。京都へ移り住むまで、雅樹は知っているのに意識出来なかった。
何故忘れていたのだろうと、引っ越した当初は不思議に思ったほどだ。そんな雅樹にとって、高校の修学旅行は一大イベントである。
平和に終わってくれるよう願うが、絶妙な不安も残されている。来週の修学旅行がどうなるのか、色々と悩ましい雅樹だった。




