第327話 虚しい現実
香川県で捜索対象の宮村万理華を確保。現地の妖異対策課を通じて、警察への引き渡しを終え、碓氷雅樹達は京都府へ戻った。
彼は大江イブキと共に、週末の朝を迎えている。まだ少し高めの気温は、秋という季節の消滅を思わせる暑さだ。
雅樹が生まれてからは、どんどん秋が短くなっている。秋らしい季節など、本当に幼い頃しか記憶に残っていない。
最近では1年の半分ぐらいがほぼ夏であり、寒いか暑いかのどちらかしかないように思う。雅樹はその話をイブキに話す。
「秋って、無くなるらしいですね」
彼は朝のホットコーヒーを手渡しながら、何となく知った知識を披露する。四季が失われるという話題について。
「それ、気にしてるの人間だけだよ。元々この星は、暑くなったり寒くなったりの繰り返しだからね」
「え、ええっと?」
雅樹は言われている意味がよく分からなかった。ピンと来ていない雅樹に向かって、より詳しい補足をイブキが行う。
地球という惑星の歴史についての話が始まった。例えば恐竜が生きていた時代は、現在より10℃以上も暑い時期が続いた。
陸上に氷など存在せず、現代でいう冬もない。大きな気温の変化は訪れず、12月に相当する時期も温かいままだ。
もしも現代人が突然放り込まれたら、生きていくのは難しいだろう。熱中症で倒れてしまい、そのまま死んでしまう。
「ええ……50℃超えてたんですか……」
「それぐらいはあったかなぁ。私達妖異にとっては、大した事じゃなかったけど」
「現代に生まれてよかった……」
50℃を超える気温の中で、クーラーや扇風機が使えない環境。雅樹の視点でみれば、とても生活できる気がしない。
話題は変わり、今度は寒い時代へ移る。恐竜達が絶滅した後の世界、氷河期の地球は現在よりもかなり寒かった。
場所によっては現在よりも、10℃以上寒い地域もあった。日本列島も寒い時期が多く、夏でも気温は大して上がらない。
それからの地球は、数万年や数十万年のサイクルで気温が変化している。つまりは、今に始まった環境の変化ではないのだ。
所詮は人間が生み出されて700万年程度。地球という惑星の歴史で見れば、この程度の変化なんて珍しくない。
日本から四季がなくなる。スーパーエルニーニョだなんだと、気にしているのは人間だけの話なのだ。
長きにわたって生きて来た妖異は、全く気にしていない。そもそも気温が少々変化したぐらいで、体調に影響は出ない。
鬼であるイブキなど、発汗する機能を持たない。体温の維持など自由自在で、外気温がどうなったとしても一定を保つ。
だからこそ、妖異という生命は最も地球の環境に適応した種と言える。環境の変化に滅法強く、どこでも生きて行ける。
半妖である人間のように、暑さや寒さで死ぬなんて有り得ない。その格差に雅樹は、思わず文句の1つも言いたくなった。
「じゃあどうして、俺達人間も同じように作ってくれなかったんですか」
「うーん、色々あるけど……調整が面倒でね」
ざっくばらんに真相を明かすイブキに、雅樹はガックリと肩を落とす。そんな理由で、自分達は気温の変化に苦しんでいるのかと。
「えぇ……調整してくれていたら、もっと健康で長生きなのに……」
「繫殖サイクルを優先したから、別にいいかなって思ったんだよ当時は」
餌となる人間が大量にいれば、少々死んでも構わない。妖異という絶対強者が故の、傲慢な考えが根底にあった。
実際、人間はこうして数を増やした。環境の変化があっても、問題なく生息している。ただ、イブキにも考えの変化はあった。
「でも今は、少し後悔しているんだ。マサキのような人間が生まれて来るなら、もっと頑丈に作るべきだった。それならもっと、味わい尽くせるのに……」
紅く輝いた2つの目が、雅樹を正面から射貫いている。食欲を滲ませた鋭い視線が、雅樹の目を捉えて離さない。
流石に朝の鍛錬が終わったばかりで、疲労が残っており今ここで喰われるのは困る。そう思った雅樹が後退り、テーブルの上に手を置いた。
偶然置かれていたリモコンに、雅樹の手が当たってテレビの電源が入る。一応設置されただけの機器に、ニュース映像が流れ出す。
『先日逮捕された、宮村万理華容疑者についてですが——』
大型の最新型テレビには、雅樹達が香川で見つけた女性のその後が映っていた。警察に逮捕された万理華は、容疑を認めているという。
結局殺人犯となったのは、交際相手の男性だけ。万理華の方は予定通り、死体遺棄と保護責任者遺棄致死罪の2つに絞られた。
妖異対策課の京都支部、室長である東坂香澄から雅樹は聞いている。恐らく裁判では、併合罪となり有期刑が科せられるだろうと。
4年前後の拘禁となり決着するとの事。だが、あくまでそれは人間の裁判の話である。刑務所に入った後は、また変わって来る。
「……この人、やっぱり妖異のところへ連れて行かれますか?」
雅樹は真面目なトーンで、イブキへ質問を投げかける。万理華が捕まった後、どうなるか気になったからだ。
香澄の説明では、子供を殺した親を好む妖異がいるという。後悔と自責の念に駆られた人間は、特別な味がするからだそう。
万理華のような母親は、特に需要が高く好まれる。提供を希望する悪趣味な妖異は、全国の至る所で待っているのだ。
「どうだろうね。手元に良い人間が居なければ、狙う奴もいるだろう。そればかりは、私には分からない」
「東京……ですもんね」
万理華の身柄はすでに東京へ移された。西日本の妖異であるイブキには、東日本がどうなっているか詳しく知らない。
西で欲する者が出なくても、東で出れば万理華は連れて行かれる。どうなるかなんて、今の段階では不明である。
同じ人間として、同情の気持ちは湧く。だが同時に、許せないという気持ちも持っている。幼い子供の死は、あまりに残酷だ。
「君が気に病む事じゃないだろう? あんな人間に、マサキが気遣う価値はない」
「……なんか、イブキさんって宮村さんに辛辣ですよね」
「当たり前だろう? 子殺しは妖異だって御法度だ。親として有り得ない行いさ」
イブキは妖異であると共に、母親という立場も持っている。そんな彼女からすれば、子供を守らない親なんて論外だ。
しかも今回の事件は、妖異が死因に関わっていない。人間が人間の子供を害して、結果殺してしまったという内容である。
人間同士であったなら、守れた筈だとイブキは考える。確かに男女の身体能力差はあるが、守らない理由にはならない。
それがイブキの考えであり、万理華の事を嫌悪している。妖異は人間より感情が薄い。だが、愛情を持たないという意味ではない。
「子供ってのはさ、慈しむべき存在だ。それは人間だろうが、妖異だろうが変わらない」
「それは、まあ確かにそうですけど」
イブキの言い分については、雅樹だって同意見だ。自分に子供はいなくとも、小さな命の大切さぐらい理解出来る。
ましてや今回の犠牲は、わずか3歳の女の子なのだから。大人が無残に殺すにしても、あまりに幼過ぎる命だ。
思うところはあるし、殺人をした彼氏の方は雅樹も許していない。彼が妖異に連れて行かれるのは確定しており、同情する余地はない。
明らかに身勝手で、命を粗雑に扱った結果だろう。どんな痛い目にあったとしても、雅樹は助けようなんて思わない。
「妖異も、家族を大切にするんですね」
「……君は少し、妖異を誤解していないかい? 心だってあるんだよ?」
「あ、いえ、バカにしたとかではなく!」
妖異の愛情を知りたいのなら、しっかり教えてあげよう。そう告げたイブキは、雅樹を捕まえて離さない。
話題のすり替えに失敗した雅樹は、容赦なくイブキに喰われてしまう。雅樹の休日は、朝からとても忙しい。
押し倒された雅樹の視界には、もうテレビの画面は映らない。点いたままの画面には、ニュース番組が流れ続けていた。




