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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第10章 新しい動き
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第326話 母親と母親

 真の光景を見せた異界の中で、狂ったように呟き続ける女性。探していた容疑者、宮村万理華(みやむらまりか)が遂に見つかった。

 碓氷雅樹(うすいまさき)が救助を決め、大江(おおえ)イブキと那須草子(なすそうこ)が引き受けた。雅樹以外は万理華の命に興味はないが、彼が望むならイブキ達は応える。

 異界が生かしていたのか、ギリギリの状態で生存していた万理華。今はイブキの妖術で回復し、地面に寝かされている。

 相手が雅樹でない以上、イブキが気を遣う理由はない。あくまで生命が維持されただけで、健康状態まで戻ってはいない。

 ストレスが起因する肌荒れ、ボサボサの髪。薄汚れた服などはそのままである。見捨てなかっただけ、恩情があるというものだ。


「それにしても、何も居ませんよイブキさん」


 万理華が見つかっても、異界の主は姿を見せない。真実の姿を晒していても、万理華以外は誰もこの空間にいなかった。


「どうやら、作った者はとっくに出て行ったのかもね」


「……そんな事って、あるんですか?」


「頻繫に起こる事じゃないけど、あるっちゃあるよ」


 雅樹の疑問にイブキが答える。通常、異界とは妖異が生み出した物と、人間の意識が生み出した物の2種類がある。

 前者の場合であれば、生み出した妖異が存続させる為の妖力を消費する。兵庫県の支配者、長壁姫(おさかべひめ)が暮らす異界の姫路城がこのタイプだ。

 異界を維持するのは作った当事者で、場合によっては部下が手伝う事もある。他にも適当に人間をコストとして、配置する手段もある。

 捕えた人間を育成し、捧げ続けるという方法だ。これと近い状態だったのが、滋賀県で見つかった巨大な異界である。

 あの件では人間が養分として、飼われ続けていた。もう少し発展していれば、人間牧場とでも言うべき存在となっただろう。


 では今居る異界はと言えば、2種類の混合型だった。最初は恐らく、妖異がこの神社で神の真似事でもしていたのだろう。

 人間の願いを聞き入れ、叶える対価を求める。それが信仰心であったり、感情であったり。人間そのものを喰らっていた可能性もある。

 神に生贄を捧げる儀式なんて、昔から存在している。どのような形態を取っていたかは、ハッキリとした事は言えない。

 ただ作った妖異がすでに異界を放棄しており、中に持ち主はいなかった。しかし異界は残り続けており、儀式は続いていたのだ。

 願いを聞き、叶えるというシステム。それ自体が異界に組み込まれており、エネルギーさえ供給されていれば維持は出来る。


「恋が叶うパワースポットなんて、人間は好きだからね。無意識かどうかに関係なく、感情が向いていたのは確かだろうね」


「なるほど、だからこの異界は残っていたと」


 人の意志が生み出す異界。その多くは、人間の意識と密接な関係がある。都市伝説などを信じる人々が、感情を向けてくれる。

 この異界を差す噂や信仰でなくとも、共通する点があれば流れ込む。特にこの異界は、一度ブームになった程である。

 今も村を訪れている夫婦達が、感謝の念を向け続けている。そうであれば、この程度の異界は存続が可能だ。

 人間の願いを叶える代わりに、参拝を要求する。イブキや草子程の妖力がなくとも、作り出すのは簡単なのだ。


「この村は人口が少ないからね。作った者はもっといい住処へ移住し、異界の事なんて忘れているだろう」


「じゃあ、あの視線の正体は……」


 雅樹に向けられた視線は、異界そのものが向けていたもの。自動で参拝者を監視する機能でもあったのだろうと、イブキは結論づけた。

 この異界限定としておくなら、やはり必要な妖力は少ない。作った主が不在であっても、維持出来た理由の説明はつく。

 参拝のルールを破れば、罰を受ける効果もやはり軽度のもの。人間にとっては脅威でも、妖異基準だと大した仕組みではない。

 リスクなしだと、人間が調子に乗ってしまうから。それぐらいの感覚で、付与したのだろうとイブキは想像している。


「何でも良いけど、女が目を覚ますわよ酒吞、まー君」


「あ、今行きます!」


 万理華から少し離れて、異界を調べていた雅樹とイブキ。付き合う気のなかった草子が、暇つぶしに見ていた万理華の変化を告げた。

 意識を取り戻したらしい万理華は、周囲を見回している。記憶の混濁が見られるようで、置かれた状況を理解していない。


「宮村万理華さん、で、合ってますよね?」


「え、ええ。君は一体……」


「俺は碓氷雅樹といいます。貴女を探してここまで来ました」


 雅樹は自分が探偵の助手、イブキの仲間である事を明かす。どう見ても未成年の雅樹だけなら、万理華は信じなかっただろう。

 だが恐ろしいまでの美貌を誇る女性達が、雅樹の背後に立っている。それに雅樹は、嘘を言っているようには見えない。

 困惑しながらも、万理華は雅樹達を一旦信じる事にした。ふらつく頭を抑えながら、万理華は上体を起こして雅樹と向き合う。

 しゃがんだ雅樹と、視線の高さが概ね合う。イブキ達に比べるとインパクトで負けるが、雅樹もまた容姿に恵まれている。

 油断していた万理華は、少しだけ心を打たれた。だがそんな甘い感情を浮かべている余裕なんて、本来残されていないのだ。


「娘さんの死体遺棄容疑で、貴女は追われている身です。理解されていますか?」


「……っ!? 私はっ!?」


 突然顔色を変えた万理華に、雅樹は落ち着くように諭す。まだ罪状は確定しておらず、あくまで容疑者の段階である。

 日本の法律上、容疑者の段階では推定無罪だ。裁判所で正式に裁かれるか、警察の前で自白するまでは無実の身。

 雅樹はイブキを手伝う上で、教えて貰い理解している。まだ手錠を掛けようという段階でなく、そもそも雅樹にその権限はない。


「やり直したかったの! こんな事になる前から! 私の人生は、こんな筈じゃなかった!」


 万理華の叫びは、とても必死だった。事情は違うものの、雅樹は少しだけ同情出来た。彼もまた、人生を壊された。

 妖異という存在を知らず、無防備に若藻(わかも)村から出てしまった。草子の制止も聞かずに、ただ前へ進んでしまった結果が今だ。

 人生をやり直せるなら、そう思った事がある。一切若藻村を出る事なく、ただ草子に飼われて生きて行れば。

 だがそれは、果たして幸せだったのだろうか。真実を何も知らないまま、生きて行くのは本当に自分が望む事か。

 色々と悩んだ挙句、彼は前へ進む道を選んだ。辛い現実を受け入れた雅樹と、過去に囚われた万理華は決定的に違う。


「……それでも、貴女の選択です。貴女の娘は生き返りません。なかった事になんて、出来ないんですよ」

 

 同情出来る点はあっても、全てに同意は出来ない。イブキと草子が予想していた通り、過剰な願いを祈ってしまったらしい。

 人生をやり直すなんて、失敗すれば反動は大きい。結果こうして、異界の養分になりかかっていた。最初から最後まで、自業自得だ。


「でもっ! なんでっ! 私だけっ!」


 雅樹に縋りつきながら、必死に叫ぶ万理華。確かに彼女は、娘を殺した犯人ではない。恋人の方が殺人で捕まっている。

 違うと言いたい気持ちは理解出来ても、雅樹は万理華を許す事は出来ない。そして雅樹とは比べ物にならない程、冷たい目をした女性が居た。


「君は随分と言い訳がましいね。なんであろうと、子供を産んだ時点で君は母親だ。そして子供を守るのは、親の義務。例えそれが、人間であろうとなかろうとね。君は、その責任を果たせなかっただけに過ぎない」


 同じ母親だからか、イブキの視線は刺すような鋭さがある。イブキはかつて、娘と愛する男の為に自分の命さえ捨てようとした。

 そんな彼女から見れば、万理華は度し難い相手だろう。だからイブキは、依頼を受けつつも冷たい部分が見え隠れしていた。

 何となく察していた雅樹は、やはりそうだったのかと納得する。彼の目の前で、万理華は涙を流しながら項垂れた。

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