第325話 異界と捜索対象
行方不明者の宮村万理華を探し始めて7日目の夜。日付が変わる少し前に、これまで通り碓氷雅樹は古い神社を訪れた。
4日目の夜以降、大きな変化は見られていない。しかし、小さな変化ならあった。確実に何者かの視線が強くなっている。
妖異と関わった事で、第六感とも言うべき感覚が強くなった雅樹。彼であれば、人間の身でありながら僅かな変化にも気づける。
普通の人間ならば、視線を察する程度だろう。だが彼の場合は違っている。視線に込められた違和感を受け取れる。
「……妖異っぽいけど、妖異じゃないみたいな……」
「坊主の言う視線の話か? どう違うんだ?」
「上手く言えないんですけど……種類が違うっていうか」
左手に掴んだ妖刀小鴉が、雅樹の言葉に反応を示す。大江イブキと那須草子にも報告済みで、関係者全員が知っている話だ。
妖異の気配は薄っすら感じるものの、それらしい欲求を感じない。雅樹を襲って喰らおうという意思が乗っていないのだ。
多かれ少なかれ、妖異の視線には欲が伴っているものである。純粋な捕食を目的とした食欲、もしくは征服欲のようなもの。
ただ暴力を振るおうとする加害欲求もある。どのような欲を持っているかは、それぞれ妖異によって変わってくる。
その中でも、雅樹がこの異界で感じている感覚は少し奇妙だ。欲望はこれと言って感じず、監視だけし続けているような状態。
「何がしたいんだろう?」
雅樹は色褪せた赤い鳥居をくぐり、石段を登っていく。やはり徐々に視線が強くなっており、初日と比べるとかなり違う。
探るような意図を感じさせる絶妙な不快感。だったらいっそのこと、殺意でも向けてくれた方がスッキリするのに。
戦場に慣れて来た雅樹は、ついそんな風に考えてしまう。人間とは、未知を恐れて不気味がる。分からない事がノイズとなる。
不愉快さの程度の問題であり、目的が明確であれば多少はマシだ。見るからに粗暴な人間よりも、時に不気味な凡人の方が恐ろしい。
暴力とは危険だが分かり易く、場合によっては対処が簡単でもある。雅樹の場合は、頭を使うより戦う方が得意である。
状況から考察を重ねるよりも、体を動かしている方が好みだ。ずっと見られているよりも、襲われた方が方針は決め易い。
もちろん、嬉しい話ではない。ある程度は戦えるというだけで、彼だって平和な世界で生きていたい。無意味な戦いは望まない。
人間にしては優秀というだけで、狂戦士の類ではないのだから。今も警戒しながら、境内へと足を踏み入れた雅樹。
謎の視線は不快だが、襲って来る様子は見られない。いい加減にしろ、何が目的なんだと思わず叫びたくなる気持ちを抑える。
ふとそんな時、雅樹は強烈な引っ掛かりを覚えた。境内の通路に並んでいる石灯籠。苔むした見た目は、昨夜と同じに見える。
「何だろう? 何が違うんだ?」
「どうかしたのか?」
雅樹の変化に小鴉が興味を示し、雅樹へ問い掛けた。雅樹が感じている何かは、決して無意味ではないと思っているからだ。
遠くで控えているイブキと草子も、同様に考えている。正体を掴むには、人間である雅樹の行動が重要となって来る。
いつも通り、囮としての活躍が求められているのだ。雅樹もそれを理解しており、真剣に石灯籠を順番に確かめていく。
「何か、変なんですよね。何がどうって、正確には言えないんですけど……」
煮え切らない回答だが、雅樹はそうとしか答えられない。分かり易い説明が出来ず、確信めいた何かがあるわけでもない。
本当にただ勘が訴えているだけで、彼も自信を持てていない。不思議そうにしながら、石灯籠を慎重に調べていく。
幾つか触れている内に、雅樹は1つの石灯籠を見て止まる。説明は出来ないし、表現に困る。だが、間違いなくこの石灯籠が怪しい。
「これって……」
「空間の歪みか。当たりを引いたかもしれん、斬ってみろ」
「え、いきなり斬って大丈夫ですか!?」
人間の雅樹には分からない何かを、小鴉は察知したらしい。妖刀は平たく言えば、物質が妖異となった存在。雅樹とは立ち位置が違う。
最初は躊躇う雅樹だったが、最終的には応じる事を決める。小鴉の指示に従って、何かしらの不利益を被った経験はない。
言われるがままに雅樹は、右手で刀の柄を握って一気に振りぬく。立派な石造りの灯籠は、支柱を逆袈裟に斬られて崩れ落ちる。
妖異が相手でも斬り裂く刃が、石灯籠ごとき斬れない筈もない。綺麗な切り口なのは、雅樹の実力も合わさった結果である。
「一体これで何が……うわっ!? なんだこれ!?」
「歪みが正され本当の姿となる! 今すぐ信号を送れ!」
「くっ!?」
石灯籠が斬られるなり、周囲の景色が歪み始めた。雅樹は状況を良く分かっていないまま、ジーンズのポケットから木札を取り出す。
イブキに渡されていた、妖術が込められた特別なもの。2つに折ると鬼火が宙へ舞い上がり、雅樹の周囲を見えない防壁が囲む。
そこまでする必要はないのだが、テストも兼ねて作られた物。雅樹に囮役をやらせる上で、より安全性を高める目的で用意された。
現在位置を正確に伝えつつ、雅樹の身を守る結界を展開させる。使い切りながら、結構な優秀さを誇るアイテムであった。
結界は支配者クラスが相手であっても、数時間ほどなら耐え切る強度。ただし量産が難しく、毎度準備するのは厳しい。
こうした単独行動を行う際は、出来るだけあった方がいい代物だ。しかし出来たばかりで、性能はまだ改善の余地あり。
不安要素の薄い今回の事件で、試しに渡してみたというところだ。最悪想定以下の出来でも、雅樹が害される可能性は低い。
まずイブキの御守りがあるし、草子に持たされた小鴉だってある。その上で、新作まであるのだから確実性は高いだろう。
相手があまり強そうでない、という点もあり安全マージンは十分確保されている。雅樹を連れ去られる心配もない。
テストは上手く行って、すぐにイブキと草子が物理的に跳んで来た。人間離れした恐ろしい程の跳躍力を見せている。
「マサキ」
「まー君、何があったの?」
酒吞童子と玉藻前、雅樹の周囲を固める美女が姿を現す。周囲の変化は継続しており、グニャグニャと空間が揺れている。
その状態を見て全て察したイブキと草子は、異界の中が安定するまで待つ。危険性は低く、雅樹へ問題ないとイブキは告げた。
5分ほどすると、境内の景色は大きく変わった。元の神社ではなくなり、倍はあるだろう広さに変わっている。
古びた見た目だった神社が、まっさらのように美しい姿を晒していた。石灯籠や鳥居も、今作られたばかりのようで綺麗だ。
急激な変化だったが、雅樹は何となく意味を理解した。この場所こそが本当の異界で、今まで見ていたのは入り口に過ぎないのだと。
「あ! あれは……」
少し離れた位置にある本当の本殿の前。賽銭箱に縋りつくように、何かを繰り返し願っている女性が居た。
服は薄汚れており、黒い髪はボサボサだ。生きているのが不思議なぐらい、手足はやせ細っている。その横顔を、雅樹は見た記憶があった。
探していた筈の捜索対象。死体遺棄等の容疑に問われている母親。やつれているものの、宮村万理華に他ならない。
「私は……違うの……私は……」
うわごとのように、万理華は繰り返している。何日もここに居たのか、声はかすれていて覇気がない。顔色もかなり悪い。
「さて、マサキ。見つけたけど、どうしよっか? あれじゃあ死んじゃうよ」
「じゃあ助けないと!」
「……子供を見殺しにした親でも?」
咄嗟に走り出そうとする雅樹を、イブキがやんわり呼び止めた。果たしてあの女性は、助ける価値がある人間なのか。
言葉にせずとも、イブキが何を言いたいのか雅樹は気づいた。一瞬の迷いはあったものの、雅樹は助ける道を選んだ。




