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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第10章 新たな関係性
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第324話 見せられた光景

 5日目の夜、碓氷雅樹(うすいまさき)は古びた神社へやって来た。薄暗い夜の山村は、相変わらず静けさに包まれている。

 虫の鳴き声以外には、まともな音が存在しない。秋から冬へと変わろうという時期の、独特の涼し気な空気が漂う。

 たまに吹く風が、神社の周囲に広がる林の木々を揺らす。見ようによっては、まるで木が生きているように映るだろう。

 恐怖耐性の低い人であれば、逃げ出したくなる光景だ。散々怖い思いをした雅樹であっても、不気味に感じるぐらいだ。

 もっとも、彼は真実を知っている人間である。想像の何者かを恐れているのではない。妖異という存在を恐れている。


「嫌な視線だ……」


 呟きと共に、思わず左手に力が入る。鞘に収まった妖刀小鴉(こがらす)の感触が、雅樹に自衛手段はあると実感させてくれる。

 大江(おおえ)イブキと那須草子(なすそうこ)に比べれば、異界の主は弱いだろうと思われる。だがそれは、雅樹より弱いという意味では決してない。

 どう足掻いても、雅樹は半妖。人間という妖異の因子から作られた半端者。真っ正面から対決すれば、雅樹が勝つのは難しい。

 小鴉のお陰で、人間の幽霊ぐらいなら倒せるか。その程度が限界で、数百年生きた妖異が相手なら先ず勝ち目はないだろう。


「どうした坊主? 今更怖気づいたのか?」


「いえ、そうではありませんよ」


 くすんだ赤い鳥居の前で、立ち止まった雅樹に小鴉が問うた。少し考え事をしていただけで、雅樹はやる気に満ちている。

 何者が待ち受けていたとしても、やるべき事は変わらない。行方不明となった宮村万理華(みやむらまりか)、もしくはその痕跡を見つける。

 毎年一定の人間が、周囲に知られないまま妖異の犠牲となる。その全てを防ぐ事は出来ず、咎める権利が雅樹にはない。

 ただ救える者が居るのなら、誰かが居たという証拠を残せるなら。手を伸ばそうと雅樹は思っている。それは決して正義ではない。

 出来ない事は出来ないと、妥協が多分に含まれている。だが結局のところ、生きるとはそういう事でしかないのだから。


 どこの世界に、今日死んだ全ての人を思う人間が居るのか。毎日誰かがどこかで亡くなり、毎年大勢の命が失われていく。

 寿命を真っ当した者、不慮の事故で亡くなった者、病気で亡くなった誰か。仕方のない死というものは、どこにでもある。

 戦争や紛争、明確な殺意が起こした殺人。殺すつもりなんて無かったと、甘い考えから起こされた事件。理不尽な死も溢れている。

 人の死因というのは、何も妖異だけが絡むものではない。人間が人間を殺す事案は、挙げればキリがない程の頻度で起きる。

 今探している万理華だって、直接的ではないが殺人事件の容疑者だ。殺人の犯人ではなく、死体遺棄と保護責任者遺棄致死罪に問われている。


「……ねぇ小鴉さん、人間の子供を殺すって——どういう気持ちなのかな?」


「さあな。人間だった頃など、もう千年近く前の話だ」


「そう、ですか」


 家族を失う辛さは理解出来るものの、殺す気持ちまでは分からない雅樹。万理華に何があったのかは、薄っすらと知っている。

 妖異対策課から渡された資料を、一度は目を通して読んだ。警察の調べでは、交際中の男性が暴力を振るったと書かれていた。

 容疑者である万理華に対しても、頻繫にDVが行われていたとの記載もあった。雅樹の両親とは、かけ離れた家族と生活だ。

 どうしてそうなってしまったのか。何が彼女達を突き動かしたのか。16歳に過ぎない雅樹が、解き明かすのは難しい。

 年季の入った石段を登りながら、雅樹はぼんやりと考える。家族とは何か、親子とは何か。もう死んでしまった両親の事。


「……ん?」


 雅樹が境内に入ると、先客が居る事に気づく。本殿の正面、鈴の前に2人の背中が見えている。シルエットからして、男女2人組だ。


「…………えっ…………」


 雅樹は思わず固まる。何度も見た記憶のある後ろ姿。見間違いなどではなく、忘れもしない大切な2人の背中。

 彼とそう変わらない背丈の男性。短い黒髪に、そこそこ鍛えられた厚みのある肉体。かつては見上げていた父の後ろ姿。

 どちらかと言えば小柄な部類の女性。茶色く染めた長い髪は、肩よりも少し下まで伸びている。毎日家で見ていた母親の後ろ姿。

 振り返らずとも、間違いないと雅樹は断定出来る。同時に、あり得ないと分かっている。だって両親は、目の前で喰われたから。


「父さん……母さん……」


 これはきっと、幻覚のようなものだろう。そんな事ぐらい、言わるまでもない。だが、咄嗟に呼んでしまうのは仕方がない。

 雅樹はまだ、大人になりきっていない。本来であれば、親元で暮らしていて当然の年齢。割り切らねばならなかっただけに過ぎない。

 必死で受け止めた両親の死。もう二度と会えないと、突きつけられた現実。何とか堪えて、今日まで前へ向かって歩いて来た。

 そんな雅樹の呼びかけに、振り向いた2人の人間。優しそうな雅樹に似た男性と、穏やかで朗らかな雰囲気の女性が立っている。

 雅樹が改めて確認するまでもなく、亡くなった父親と母親である。思わず手を伸ばす雅樹に、小鴉の鋭い指摘が入る。


「坊主、そこには誰もいない! お前が見ているのは幻の類だ!」


「……分かってます。これが、本当の景色じゃないって」


 有り得ない事なのだ。何か月も前に、死んだと雅樹は知っている。幽霊にすらなっていないと、イブキが断言していた。

 再会なんて、出来るわけがないのだ。叶わぬ望みであり、願うだけ無駄な未来だ。今見ているのも、現実なんかじゃない。

 分かっていても、雅樹は嬉しかった。もう見る事が出来ない光景を、再び目に出来たのだから。伸ばした右手を、雅樹は戻す。

 これからやる事は、何の意味もない行動だ。幻の両親に向かって、伝えたところで何も変わらない。両親の魂は、ここにはない。

 今ここで言うぐらいなら、京都に戻って仏壇の前で言えばいい。それでも、言わずにはいられなかった。相手が異界の見せた偽物でも。


「俺は……元気にやっているよ。今まで言って来た、将来の自分とは結構違うけど。こんな物を握って、化け物と戦ったりしてさ」


 両親の幻は、何も言わずに微笑みを浮かべている。真っ直ぐに雅樹と向き合って、じっと息子を見つめているだけだ。

 それだけでも、雅樹にとっては意味がある。他人からすれば無意味でも、彼にとっては改めて心の整理をつける事に繋がる。

 元々強引ながらも、折り合いはつけた。仏壇の前、墓石の前、その全てで語った事だ。今更言わずとも、構わない言葉。

 けれども雅樹は、再び口に出しておく。ただの自己満足でしかなくとも、表明しておく事で変わる事だってあるから。


「想像していた人生じゃないけど、俺なりに進んでみようと思う。悔いのないよう、自分の意志で」


 そう言うと雅樹は、止めていた歩みを進める。雅樹が本殿へ近づくにつれて、両親の幻影が少しずつ薄くなっていく。

 どういう仕掛けか不明だが、過去を乗り越えるような試練だろうと雅樹は捉えた。それならば、真っ正面から乗り越えるだけ。

 自分を責めた事もある。自分のせいで両親が死んだと、激しく悔いた過去がある。だがそれも乗り越え、今の碓氷雅樹がいる。

 生きている以上は、腐っている場合じゃない。自分にもできる事があって、僅かながら助けられる命もあったのだ。


「坊主、あまり時間はないぞ」


「分かってます……じゃあ、俺は行くからさ」


 雅樹は両親の隣を通り抜け、鈴紐へと手を伸ばす。両親の幻影は消えていき、雅樹は月明かりの下で鈴を鳴らす。

 ガラガラと金属音が響き、しばらくすると静けさが戻る。雅樹が振り返る頃には、もう誰の姿も見えなくなっていた。

 それにしても、両親の死を乗り越えさせる程、難しい願いをしただろうかと雅樹は疑問に思う。彼が願ったのは大した内容ではない。

 ただイブキと草子に、もう少し仲良くなって欲しい。それだけだったのだが、どうしてだろうと悩みながら雅樹は境内を離れた。

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