第323話 参拝の影響
碓氷雅樹が囮として参拝を始めて4日目の朝。宮村万理華の痕跡が見つからないまま、時間だけが過ぎて行っている。
ただ、成果が何もないかと言えば違う。異界については、少しずつ詳細が解明出来ている。完全な徒労ではなかった。
大江イブキと那須草子が雅樹を調べて、解析を進めている。初日の時点で、雅樹が特殊な状態であると分かった。
異界の主は未だ分からないが、異界と雅樹は誓約を結んだ事になっている。恐らく始まったのは、夜に鈴を鳴らした時から。
「マサキ、そのままジッとしているんだ」
「まー君、動かないの」
「は、はい」
上半身が裸の状態で、雅樹は美女に挟まれている。棒立ちの彼に対して、前後にイブキと草子が立っている。
性的な何かではなく、純粋な調査であった。雅樹の体や魂に、異常が発生していないか調べているのだ。彼女達の目は真剣そのもの。
部屋を取った宿の和室にて、雅樹の診察は続いている。殆ど医療行為に近いのだが、雅樹としては少々複雑だ。
イブキと草子は、最近になって肉体関係を持った相手だ。こんな格好を見られていると、妙な緊張感が生まれてしまう。
深い意味なんてなく、ただ自身の状態を見られているだけ。だと言うのに、思春期らしい若さがどうしても出る。
たまにイブキと草子が手で体に触れる度、変な意味で捉えないよう雅樹は必死だ。少し冷たい指が、腹部や背中に当たる。
以前であれば、ここまで意識する事はなかった。やはり特別な関係となったからこそ、生まれた意識というものはある。
ふとした時に、つい脳裏をよぎる完璧な裸体。黒髪の美女と、金髪の美女が見せる特別な表情。溢れる母性と女性らしさ。
16歳の少年には、あまりにも刺激的過ぎる光景。未だに夢ではないのかと、疑ってしまう素晴らしい体験と記憶。
今考える事ではないのだが、状況が許してくれない。男の欲望と必死に戦いながら、雅樹は身を任せておく。
「ふむ……問題は無さそうだけど、独特な術だね」
正面に立ったイブキが、雅樹の首元に顔を近づけながら呟く。ジッと雅樹の体を見つめながら、真っ白な指で首に触れた。
「あのっ——」
「こらこら、動かないでよね」
身を固くした雅樹は、緊張しながらされるがままになっている。後ろからは草子が、雅樹の背中に掌を当てた。
「ふーん……この術構成、狸が作ったのかしらね?」
雅樹の反応を無視して、イブキと草子は調べていく。もちろん両者共、雅樹の内心ぐらい見抜いている。
高校生の男子が平静を装ったところで、彼女達に通用する筈も無い。察した上で普通に接する余裕は、生きた年月の長さ故か。
結局そのまま、雅樹は昼を過ぎるまで散々調べ尽くされた。誓約の影響は僅かであり、危険性はそれほど深刻でない。
いつでもイブキや草子が強引に破棄可能で、調査を継続する問題はないと判明。今夜も雅樹が神社へ向かう予定が決まる。
「あの、契約と誓約って、何が違うんですか?」
どうにか落ち着いてシャツを着た雅樹は、気になっていた点を訊ねる。似た言葉であるものの、違いが彼には分からない。
「あ~そう言えば説明していなかったね。ちょうどいい機会だ、教えてあげよう」
イブキが雅樹の質問に答える。契約と誓約、どちらも人間社会においても使用される言葉。妖異だけが使うものではない。
純粋に言葉の意味だけで言えば、契約とはお互いに合意をした上で結ぶ約束。どちらか一方が勝手に締結はできないもの。
対して誓約というものは、相手の合意を必要としない。こちらは一方が勝手に自らへ課し、自分で守るという約束事だ。
「例えば私とマサキの契約は、君を守る代わりに君の全てを私に差し出すというもの。君が寿命を迎えるまで私は守り、君は死ぬその時まで私に喰われる」
「破棄なさいそんな契約。まー君、私と改めて契約しましょう」
「話がややこしくなる。玉藻前、お前はちょっと黙っていろ」
言葉上での説明は、雅樹にも理解出来た。問題は妖異の言う契約と、誓約の違いだ。人間のものとは、どう違っているのか。
少々草子と言い争っていたイブキだが、気を取り直して説明に戻る。まずは妖異のいう契約とは、どのようなものであるか。
妖異の契約とは、魂に刻まれる妖術でもある。単なる口約束ではなく、お互いに言葉として発した時点で契約は締結される。
その時点でお互いの魂が結びつき、勝手に破棄する事は出来ない。破棄する場合もまた、双方の合意を必要とする。
魂に刻む以上、逃げたとしても意味はない。必ず取り決めを守らねばならず、第三者が強引に介入する事も不可能である。
対して今回、雅樹が神社で結んだ誓約はもっと軽いもの。参拝のルールを守り、期間内に規定回数の来訪するという内容だ。
規定回数を達成する前に離脱、もしくは定められた参拝方法を破る。どちらかを行った場合、誓約通り不幸が降りかかる。
逆に最後まで守り切れば、最初に願った内容が叶うというメリットもある。危険性はそう高くないので、即座に異界を破壊する理由にならない。
この村に雅樹を倒せる人間はおらず、イブキと草子がガードしている。妨害される可能性はなく、破ったとしても解呪可能だ。
異界を作った主はイブキや草子より弱いようで、そう強力な反動はない。やろうと思えば、今すぐ強引に引きはがせる。
「えっ、の、呪いなんですか!?」
「落ち着きなよマサキ。まじないって意味での解呪だ。君が呪われたという意味じゃない」
解呪という言葉を聞いて、少々焦る雅樹。知らぬ間に呪われたのかと思いきや、そうではないと知り安堵する。
仮に呪術という見方をしたとしても、術としては弱い部類だとイブキは言う。ともすれば人間の陰陽師でも、解呪できる程度だそう。
「ま、人間が放置し続けたら不幸になるけどね」
「ええっ!? 本当に大丈夫なんですか!?」
「落ち着け坊主。誓約を破らなければ問題ない」
妖刀小鴉が呆れた声音で補足する。調査を兼ねて行動を続ける限り、雅樹に不幸が降りかかる事はない。余計な心配だろう。
参拝のルールを守り続ける限り、デメリットは発生しない。このまま彼が囮役を続けても、大きな問題にはならない。
そもそも、参拝を終えて結婚して行った者達が大勢居る。すでに女将から確認済みで、成功例は8割を超える。
残り2割は、体調を崩すなどして途中で途切れてしまった者達だ。その人々がどうなったのか、女将は知らないようだった。
イブキの説明が真実ならば、何らかの不幸を背負った可能性は高い。とは言え結婚したいなんて願いは、反動も小さいとイブキは言う。
「よほど大それた願いでもしない限り、破って被る不幸なんて大した事ないさ。結婚したいって程度なら、降りかかる不幸は男運が悪くなるぐらいさ」
「な、なんだ……命懸けじゃないのか……」
悪質な誓約でもない限り、破った際のペナルティは願い相応のもの。ささやかな願いである程、不幸もまた小さくなる。
今日の晩御飯にステーキが食べたいと願えば、失敗時の不幸は転んで膝を擦りむく程度。命を奪われる事はない。
「……あれ? じゃあ、宮村さんはどうして……?」
イブキ達の説明を聞いて、雅樹は引っ掛かりを覚えた。だったら捜索対象の女性は、行方不明になんてならない筈だと。
仮に犯罪の発覚を恐れて、事件の隠蔽を願ったとする。それでも、行方不明になるような不幸を受けるだろうか。
卑怯で浅ましい願いではあるものの、釣り合いが取れているとは思えない。雅樹の疑問に、美女達が揃って答えた。
「簡単よ、まー君。願ってしまったのでしょうね」
「そうさ。死んだ子を蘇らせるとか、そういう類の願いを」
未だ見つかっていない女性が、何を願ったのか。彼女が何をしてしまったのか。改めて想像すれば、雅樹にも大体察しはついた。
同時に、切ない気持ちになった。家族を失う悲しみは、雅樹にも理解出来る。もし自分があの日、同じ立場であったなら。
両親が生き返る事を、必死で願っただろうと断言出来る。虐待死とは言えど、雅樹は少し同情の気持ちが芽生えるのだった。




