第322話 おかしな場所
山村の周囲を調べて回った碓氷雅樹達は、夜を待って行動を開始。最も怪しいと思われる古びた神社へ、雅樹は単独で向かう。
大江イブキと那須草子は、少し離れた位置で待機する予定だ。昼間の調査で、宮村万理華が山村から出た可能性は低いと分かった。
残る可能性は神社のみで、雅樹の活躍が重要となる。妖刀小鴉を持たされた雅樹は、日の落ちた山村の道路を歩く。
少ない街灯の光では、暗闇を払いきれていない。月明かりと星の輝き、持って来たヘッドライトの光だけが頼りである。
暗闇が苦手な人ならば、拒否感を覚える薄暗さだ。光の足りない暗闇から、何かが飛び出して来そうな予感がするだろう。
「坊主、強い気配はないが、油断するなよ」
「はい。気は抜きません」
歩きながら雅樹は、警戒を続けている。小鴉に頼り切らず、鍛えた自身の感覚を駆使して進む。おかしな気配は周囲にない。
やはり違和感を覚えるのは、少し離れた位置にある古い神社のみ。それ以外に感じ取れるのは、遥か後方にいるイブキと草子だけだ。
両者とも気配を抑えているが、雅樹は感じ取れる。以前よりも彼の感覚が鋭敏になったのは、イブキ達の存在に慣れたからか。
それとも永野梓美も含めて、肉体関係を持った事も関係するのか。少なくとも、妖異とより深い関係になったのは確かだ。
何かしらの影響を受けている可能性はあるだろう。鍛錬の効果が一番大きいのだろうが、関係の変化も無関係とは言い切れない。
いずれにしても、雅樹は確実に成長を続けている。前世の件もあるとは言え、元々生まれ持った性質が色濃く出ている。
真面目かつ素直で、教えられた事を真っ直ぐ受け止める。いつの時代も伸びしろがあるのは、たゆまぬ努力を継続出来る人間だ。
雅樹はその点において、大いに才能を有していた。それ以上に、一度折れてしまった事もプラスに働いている。
鍛えても妖異には勝てない。真実を知った春、雅樹は心を折られた。だがそのまま腐らず、前へ向かって歩む道を選んだ。
例え勝てなくても、何か出来る事はある筈だと考えた。師の真実を知り、強敵と対峙し、再び鍛える意味を見出した。
様々な戦いを経て、雅樹は人として強くなった。まだまだ至らない面もあるが、対妖異に関してだけは大人顔負け。
戦闘だけに限るなら、妖異対策課の一般隊員よりも戦える。数々の困難が、彼を成長させて来た。そして挑むは、怪しい神社。
参拝のルールを守り、10日続ければ願いが叶うという伝承がある。昼間と同じ赤い鳥居は、夜になると不気味さが増す。
土台から柱にかけて、枯れた蔦が巻き付いている。暗闇の中で佇むくすんだ赤は、まるで血液を思い起こさせる。
普通の人間であれば、多少怖がるぐらいだろう。場合によっては、違和感を覚えるかもしれない。では雅樹の場合はと言えば——。
「……何だこれ? 異界——かな?」
「少々特殊だが、恐らくはそうらしい」
「うーん……迷っても仕方ない、か」
異界らしき気配を感じた雅樹は、一旦歩みを止めたが先へ進む。若干の不安はあるものの、調べてみないと何も分からない。
幸いなのは、相手が支配者クラスでない点だろう。香川県には、現時点で支配者の相模ハクより強い妖異がいない。
黒澤会が作った妖異という線も、先ずないと断言されている。あるとするなら、流れの野良妖異か香川に住む妖異のどちらかだ。
ハクは真面目な支配者——とは言えないタイプだ。少々野良の妖異が紛れ込んでも、無茶をしなければ気にしない。
おまけに今回の被害については、原住民が被害に遭っていない。行方不明になったのは、東京から来た人間なので尚更だ。
「やっぱりこれ、異界、ですよね」
万理華ほど怖がっていない雅樹は、少し早めに鳥居をくぐった。現在の時刻は22時と、まだ鈴を鳴らすには早い。
それでも、ルール違反には抵触しないらしい。伝承に残っている通り、日付が変わる前にくぐるという条件はクリアしたようだ。
「そうらしいな。だが……どうにも気配が変だ」
「はい。これ、妖異……なのか?」
異界も妖異と判定するなら、異界があった時点で妖異が原因とも言える。今のところはまだ、捜索対象の万理華を見つけていないが。
しかし、ここに囚われたのなら痕跡ぐらいはあるだろう。居なくなったのは最近の話で、何年も前に起きた事件ではない。
仮に喰われてしまったとしても、衣服の残骸などの遺留品がどこかにある。一番早いのは、異界の主、核となる存在を見つける事。
妖異が作った異界か、異界から妖異が生まれたか。まだどちらの場合か分からない。ただ本来ならそれらしい気配が、必ずどこかから感じるものだ。
「坊主、確か噂が生まれたのは最近だったな?」
「恋愛成就ですか? まあ、最近っちゃあ最近ですね」
雅樹の基準で言えば、昭和後期なんて大昔だ。平成初期にしても、やはり生まれてもいない頃。だが妖異達の場合は違っている。
小鴉にしたって、死んだ刀匠が妖刀となって千年近く経っている。流れる時間の感覚は、人間の雅樹と一致しない。
だが雅樹は、彼に合わせて回答する。散々イブキとの会話で、時間的感覚のズレは経験している。今更気にする事ではない。
「ふむ。若いせいか……それとも主が死んだか?」
「そんな事ってあるんですか?」
「無い、とは言えない。空間を維持するエネルギーさえあれば、主が消えても存続は可能だ」
このような場所の場合、パワースポットに対する人間の信仰心が影響を与える。特に恋愛成就なんて、人気と認知度が高い。
恋に悩む少年少女から婚活中の大人まで、幅広い層が関心を持っている。人間の無意識による信仰が、集まるだけの要素がある。
しかも女将の証言では、結婚した夫婦が毎年のように訪れる。例え昼でも感謝を捧げて帰れば、十分エネルギーは得られる。
無意識の間接的関与と、参拝客の直接的な関与。この程度の小規模で良いのなら、維持し続ける事はそう難しい条件ではない。
小鴉に説明を受けた雅樹は、納得して石段を登っていく。不気味さはあるものの、雅樹へ向けられる悪意は現状ないままだ。
「嫌な感覚だけはあるのに……」
「……噂が確かなら、初日は様子見をするつもりか?」
動きのない異界の中を歩きながら、雅樹と小鴉は相手の出方を見ている。結局何も起きないまま、境内へ辿り着いた雅樹。
人の気配が一切ない空間で、何者かの視線だけは感じられる。視線は向いていても、それ以上の何があるわけでもない。
雅樹は警戒しながら、視線の正体を探す。本殿の裏に周囲の林、色々と見て回ったが何も見つからなかった。気配も相変わらずだ。
視線に敵意は感じられず、同時に善意も込められていない。ただ視ているというだけで、何も変化は起きないまま時間が過ぎる。
暫く雅樹が周囲を探っていると、ポケットから音楽が流れ始めた。設定しておいたアラームが、23時50分を伝えている。
「おっと、もう時間か」
雅樹はとりあえず、本殿へ戻って鈴の前に立つ。やはり視線は向いているが、邪魔をされるわけでもない。視線の意図は不明だ。
何も起きないというなら、とりあえず相手のルールに合わせておく。雅樹は適当に鈴紐を掴み、零時になる時を待つ。
「……あ、何を願うか決めてない……」
「願いなんて適当でいいだろう。酒吞童子と結婚したいとでも祈っておけ」
「ちょっ!? それはその——」
小鴉の雑な回答に翻弄されながら、雅樹は鈴を鳴らした。結局良い願いは思い浮かばず、無難で当たり障りのない内容を祈った。
相変わらず視線だけは感じるものの、向こうから何の接触もないままだ。参拝のルールを守り、やる事を終えた雅樹。
このまま残っていても仕方ないので、今夜は戻る事にした。捜索対象は見つからず、原因らしき妖異との接触はなし。
これでイブキと草子を呼んだところで、何も解決しないだろう。万理華の痕跡も特になく、雅樹は境内を出て行った。




