第321話 古びた神社にて
香川県の人口が少ない山村を、若い男女が歩いている。パンツスーツを着た、背の高い美女。剣道着姿の金髪美人。
そして純朴そうな少年が並んでいる。行方不明になった宮村万理華を探しに、京都府からやって来た特別な男女だ。
鬼の大江イブキ、妖狐の那須草子、そして人間の少年である碓氷雅樹である。事前に得た情報を元に、山村の中を調査中。
万理華は滞在中、殆ど村の中を移動していない事が分かっている。大半の時間を、宿にこもって過ごしていたらしい。
関東から香川まで来て、一切観光しないというのは少々不自然である。雅樹は最初、どういう事か意味が分からなかった。
「恋愛成就の参拝、ですか。まあ、聞いた事はありますけど」
イブキが妖異対策課の報告書から得た、現在分かっている情報を再確認する。この村にある古い神社と、少し前に流行った噂について。
「昭和後期から、平成初期にかけて流行ったみたいだね。ここで神に祈れば、理想の結婚が出来るとかどうとか」
「呆れたわね。人間って、どうしてこう色恋絡みのまじないが好きなのかしら? そんな無駄をする暇があれば、自分を磨けばいいのに」
イブキの説明を聞いた草子が、心底呆れたという表情を浮かべた。異性とは実力でものにして、囲っておく主義の彼女らしい発言だ。
実力ではなく神頼みなど、世界の真実を知る彼女には無駄としか思えない。神という存在は、そのような都合のいい相手じゃない。
なぜこの世界を作ったのか。生命に何を求めているのか。今の世界を見て、何を考えているのか全く分からないのだ。
だと言うのに、人間の恋愛などに興味を示す筈がない。そのような噂がある場所は、高い確立で妖異が作った狩場である。
真実を知らない人間を騙して、楽に捕食する為の常套手段でしかない。今回の件もまた、近いものだろうと草子は判断した。
「ま、人間は基本的に弱いからね。架空の存在に頼りたくなるのさ。マサキのようなタイプでない限り」
「……確かに、神様に頼った経験はないですね」
「当然じゃない。私がまー君をそんな軟弱者に育てる筈がないでしょう」
草子が誇らし気に語るも、イブキは全く意に介していない。何故なら彼女は、雅樹の前世をよく知っているからだ。
余程無能な親でない限り、碓井貞光の魂を持つ者が軟弱者には育たない。草子の影響は確かにあるが、魂の質が根本にある。
そして悲しい事に、雅樹のように育つ人間は少数派だ。多くの人間は、自力で頑張る気力を保てない。いつかは、諦めてしまう。
自分より優れた者を見た時。遥かな高みを知ってしまった時。続けるだけの意志を失った時。あらゆる障害が邪魔をする。
だから人は、神へと願ってしまう。一度も会った事がない偶像へと託し、都合のいい成功を求めて必死に手を伸ばす。
時には成功する事もあるだろう。降って湧いた成果が、突然手に入る時だってある。だがそれは、ただの偶然に過ぎない。
思い返してみれば、単に運が良かっただけ。もし選択を間違えていれば、真逆の結末が待っていた。上手く回避できただけの話。
もし滑ってこけていたら、暗い海へ真っ逆さま。たまたま書き間違えた回答が、正解だったせいで試験に受かった。
ただの偶然も、重なれば奇跡と人は思う。よく当たると噂の占い師を、口コミで知って心酔する人だっているだろう。
そうして積み上げられた、虚飾の生存者バイアス。本当はその何倍もの人が、倒れて行ったと知らずに見たい結果だけ見る。
「恋愛成就の祈願なんて、大体そんなものだけどねぇ。たまに妖異が絡む時もあるけど」
イブキはどうでも良さそうに、持って来た資料に目を通していく。雅樹への解説も続けながら、器用に真っ直ぐ歩いていく。
「恋愛感情は人の感情の中でも、かなりの美味だもの」
「まあね。私が学校を運営させているのも、そういう面があるのは確かだよ」
草子とイブキにとって、恋する人間は高級食材も同じ。その求める感情に合わせて、環境を作り上げるのは当然の話である。
恋が上手く行く場所だとか、神様だとか噂を流せば人間が集まって来る。手っ取り早く確保する方法として優秀だ。
もっとも、狩場がある程度固まった現在だと、新たに噂を作る必要はない。昔はよく使われた手段だが、現在の主流とは言えない。
わざわざそんな手を使わずとも、インターネットを上手く使えば済む。手間をかけて実績を作り上げずとも達成出来る。
「じゃあ、やっぱり妖異ですか?」
「どうだろう? この村は妖異の気配が薄いんだ。マサキだって、感じないだろう?」
イブキにそう言われた雅樹は、少し周囲に集中してみる。イブキと草子から感じる気配と、違う妖異の気配を探る。
かなり慣れて来た雅樹は、隠して抑えられた気配も感じ取れる。毎回ではないが、精度が確実に上昇して来た。
これは草子の鍛錬による成果でもある。妖異の不意打ちや誘拐を防ぐ為、僅かな気配でも察知できるよう鍛えた。
まだ道半ばだが、このまま続けていけば確実性は増していく。過去の事例から、対策はしっかり行っているのだ。
お陰で今回に関しても、十分な成果を出してみせた。イブキの指摘通り、妖異の存在は確認できない。ただ——。
「……あそこから、変な気配が……」
雅樹は違和感を覚えて、咄嗟に指を差した。その先にあったのは、古びた赤い鳥居だ。その奥には、石段が続いている。
「へぇ~。やるじゃないかマサキ。この気配に気づいたか」
「良い調子よ、まー君。鍛錬の成果が出たようね」
彼らの視線の先には、古びた神社があった。資料通りなら万理華が通っていたと思われ、今回の調査対象でもある。
神社から漂う空気が、雅樹には異様だと思った。妖異の気配とは違う。しかし、どこか恐ろしい気もしている。
清廉で神聖なようであり、同時にそうとも言い切れない邪悪さがある。一言で表現するだけの語彙が、雅樹にはない。
怪しい、という事だけは断言出来る。だが、やはり妖異の気配だけがない。上手く隠れている、という線もあるか。
何であれ、立ち入ってみないと分からない事ばかりだ。多少の危険があったとしても、今は前へ進むべき時だろう。
覚悟を決めた雅樹へ、草子が妖刀小鴉を手渡す。正当な契約者である彼女は、どこに居ても好きな時に小鴉を呼べる。
受け取った雅樹は、精神を集中させて鳥居をくぐる。いくらイブキと草子が一緒でも、油断してはいけないと理解している。
つい最近、そのせいで危うく死に掛けた。撤退の判断が遅れて、危険な海へ落ちてしまった。同じミスを、彼はもうやらない。
左手で鞘を掴み、右手は常に柄へ触れさせている。もし何かあれば、すぐに抜刀出来る状態を維持し続けている。
石段を上がって境内まで到着したが、今のところ敵と思われる存在はいない。周囲を警戒して雅樹は視線を動かしている。
「……玉藻前、お前はどう思う?」
「どうもこうもないわ。ここ、私達じゃダメそうね」
イブキと草子は同じ意見らしく、お互いに頷き合っている。意味を分かっていない雅樹は、警戒しながら訊ねた。
「それってどういう意味です?」
「なに、いつもの事さマサキ。私達は隠れているから、君が単独で来るんだ。もちろん夜にね」
その説明だけで、雅樹は大体を察した。相手が何者か分からないものの、イブキや草子が居れば正体が分からないという事。
人間である雅樹が、いつも通り囮役を務める。そうと分かれば、やるべき事はそう多くない。雅樹は一旦構えを解いた。
本番は夜になるが、念の為にイブキ達は境内を調べる。これと言って収穫はなかったが、糸口はもう掴んである。
この神社には何かがある。それさえ分かってしまえば、後は連携プレーで真実を掴む。その時を待つ為、雅樹達は神社を後にした。




