第320話 捜索対象を探して
どう見ても女性に見える男性、相模ハクと出会った碓氷雅樹達。体は男性でも、心は乙女という特殊な妖異である。
元々知っていた大江イブキと那須草子は、大した驚きも見せずに終了。天狗とは一体何か、雅樹の疑問だけが残った。
そんなハクに確認を取ったところ、捜索対象である宮村万理華の情報は得られず。もっとも、最初からイブキと草子は期待していない。
ハクは美しい存在にしか興味がなく、ここ千年程は美男子ばかり集めている。平凡な女性に目を向けるわけがないのだ。
イブキがハクの下を訪れたのは、県内で自由に動く許可を得る為だ。ついでに、雅樹へ手を出すなという警告も兼ねて。
「さて。それで、ここが例の村だけど」
イブキの運転で、のどかな山村を訪れた現在。時刻は昼を少し過ぎた頃。村唯一の宿に車を停めて、調査に入る準備を進める。
先ずは拠点を得るべく、宿に部屋を取る事を決める。年季の入った和風の建物は、趣を感じさせる外観をしている。
しっかりとした瓦屋根に、二階建ての建物。おぐら荘と書かれた看板は、檜を加工して作られたものらしい。
砂利の敷かれた正面の駐車場から、すぐに玄関へ入って行ける。小さな村の宿にしては、十分立派な宿と言えるだろう。
「酒吞って、いつも地味な仕事ばかりね」
黒澤会との戦いはともかく、それ以外は草子の意見が正しい。これと言って華はなく、本当に探偵のような仕事が多い。
行方不明者の捜索なんて、イブキの仕事としては定番だ。雅樹が同行した仕事も、殆どが似たような内容ばかり。
「そうでもないさ。暇つぶしには丁度良い。大体さぁ玉藻前、私達って基本暇だろ?」
「……私は暇じゃないわ。可愛い男達を見守っているもの」
「はいはい」
そんな会話を交わしながら、イブキ達は宿の玄関から入っていく。ありふれた和風の受付には、誰の姿も見当たらない。
イブキがカウンターに置かれた呼び鈴を鳴らし、誰かが反応して出て来るまで待つ。そう時間は掛からず、1人の女性が姿を見せる。
肥満という程ではないが、恰幅のいい60代ぐらいに見える外見だ。この宿の女将なのだろう。それらしい貫禄が備わっている。
和服を着て頭巾をかぶっている点からも、無関係という可能性は考え難い。掃除でもしていたのか、ハタキを手に持っていた。
イブキ達の姿に気づき、やや速足で廊下の奥から歩いて来る。少し驚いた表情を浮かべているのが、雅樹には不思議に思えた。
「あらあらあら、ごめんなさい! お客さんは珍しいから」
そうやって微笑む女性を見て、雅樹は一応納得した。確かにこの村へは、そう頻繫に観光客が来るようには見えない。
彼の想像は大体合っているのだが、一番の驚きは別の理由だ。イブキと草子は、トップモデルも裸足で逃げ出す絶世の美女である。
一生に一度見られるかどうか。そんなレベルの女性が、揃ってやって来るような村ではない。だから彼女は驚いたのだ。
この村に観光客が来ていたピーク時は、婚活を目的とした女性達がメイン客層だ。その殆どが、平凡な女性ばかり。
婚活などとは見るからに無縁そうなイブキと草子には、あまりにも不釣り合いな場所だ。訪ねて来た理由が浮かばなくて当然だ。
ついでに言えば、共にいる雅樹はどうみても未成年。婚活なんて始める筈もなく、やはりこの村とは縁が無さそうに見える。
おまけに彼は、それなりにモテそうな外見をしている。性格が余程悪いでもなければ、まず恋愛や結婚で困らないであろう雰囲気だ。
そんな者達が揃って現れたのだから、女性が困惑しても不思議ではない。まだ雪が積もるには早く、立ち往生なんて有り得ない。
単なる旅行にしては、選択する場所がおかしい。香川県の観光をするなら、もっと有名な場所は多い。若者が楽しめる村ではない。
しかも最近、行方不明者が出たばかりだ。好き好んでやって来る者などそういない。女性は不思議そうに、イブキ達へ訊ねた。
「それで——目的は、観光……かしら?」
困惑を上手く隠しながら、女性は接客を続ける。何をしに来たのか、本来客に答える義務はない。だが、イブキは懐からとある書状を取り出す。
「私達は、先日行方不明になった女性の捜索に来た。調査をする間、この宿を使わせて欲しい」
警察庁の封筒を手渡され、女性は大層驚いたらしい。今度は隠しきれなかったらしく、感情が露骨に出ている。
「ええっ!? あ、貴女達、警察官なの!?」
恐ろしい程に整った容姿の美女かと思えば、警察関係者だと示された。一般人なら、理解が及ばなくても仕方ないだろう。
警官だと答えてもいいのだが、その場合雅樹の説明が面倒になる。だからイブキは、自分の名刺を取り出し追加で渡す。
「厳密に言えば、警察の協力者さ。私は探偵の大江イブキ。この子は助手のマサキだ。あと、その女はおまけだ」
握った拳に親指を立て、とても雑な仕草で草子を指差すイブキ。当然そんな扱いに、黙っている草子ではない。
「誰がおまけよ! 失礼な言い方は止めてちょうだい」
「ま、まあまあ先生!」
またイブキと草子の喧嘩が始まれば、話が進まなくなってしまう。ここは一旦草子を宥めておき、場をとりなす雅樹。
あとでフォローをせねばならないが、今ここで騒ぐよりはマシである。一方女性の方は、情報の多さに追い着いていない。
オロオロとしながら、渡された封筒を開けて中身を確認する。数枚の書類が入っており、イブキが調査を任されている旨が書かれていた。
普通ならお目に書かれないような、要職に就く人間達の名前と印鑑が乱舞している。田舎の一般人にとって、理解の上限を超えている。
ただ凄い者達がやって来た、という事だけは伝わった。女性はまともに理解するのを諦めて、そのまま素直に受け入れた。
「ええっと、私は女将の小倉幸子と申します。あの……何か手伝った方がいいのでしょうか?」
「そうだね、宮村万理華の事について知りたい。何か覚えているかな?」
イブキや草子はやろうと思えば、人間達の記憶を覗ける。わざわざ聞くまでもないのだが、相手は明らかに普通の人間だ。
何か怪しい素振りがあったなら、有無を言わさず記憶を調べる。隠し事をさっさと暴き、調査の進行に活かすべきだろう。
では幸子はどうかと言えば、怪しさなんてゼロである。そもそも、警察の方で幸子に事情聴取を行っているのだから。
事故や事件を隠蔽しようとしていれば、とっくに容疑者の候補に挙がっている。そうでないのだから、重要性は低くなる。
「その……ごく普通の女性でした。少し暗い面はありましたけど、自殺や失踪をするようには見えず……」
「ふーん、なるほどね。分かった、じゃあ宿泊の手続きをお願い出来るかな?」
「あら私ったら! 申し訳ございません」
怒涛の展開に驚くばかりで、幸子はまだ台帳に記入すらさせていない。慌てて台帳を手渡し、記入欄を示し記載を促す。
イブキから順番に住所と氏名を書き入れ、最後に雅樹が記入を終えて幸子は確認する。そこで少し、気になる点を見つける。
苗字は違っているのに、雅樹とイブキは全く同じ住所だ。草子は若藻村の住所を書いた為、注目される事はなかった。
普通に考えれば、親族や親戚だろうと予想する。外見はあまり似ていないが、従姉弟という線は十分あり得ると幸子考えた。
両者揃って外見に優れているし、そう的外れではないだろう。つい世間話のつもりで、幸子は口にしてしまった。
「従姉弟さんですかね?」
「いや? 私のお気に入りさ。だから住まわせている。助手としても優秀でね」
軽く雅樹の肩を抱き寄せ、当たり前のように関係を暴露するイブキ。唐突な行動に、雅樹は少し顔が赤くなっている。
そうなれば当然、草子が反応して苦情を入れる。雅樹を巡って火花が散り、1人の少年が間に挟まれた状態となった。
まさか、若いツバメを麗しき女性達が取り合っているのか。それだけで幸子は興味をそそられ、緊張と困惑はどこかへ消えていた。




