第319話 香川県の支配者
微妙な空気に包まれたSUVが香川県に入り、県庁所在地の高松市に入る。繫華街の近くにあった駐車場で停まった。
車からは大江イブキと碓氷雅樹、そして那須草子が降車してくる。昼前の喧騒に包まれた街並みは、それなりに騒がしい。
関西に比べれば四国は人口が少ないものの、中心地はド田舎という程ではない。行きかう人々の流れにイブキ達は混ざる。
とは言っても、超のつく美女が揃っている。ついでに言えば、雅樹も十分外見に恵まれている方だ。喧噪に溶け込むのは難しい。
もっともイブキと草子は気にしないし、雅樹は自分も注目されているとは思っていない。そのまま目的地へ向かう。
「さてマサキ、ここの支配者なんだけど」
「そう言えば、まだ聞いていませんでしたね」
移動中はイブキと草子が小競り合いを繰り返し、真面目な話は中断されてしまった。支配者について、雅樹は聞けていない。
「さっきも言ったけど、四国には天狗が多い。そして香川は、支配者が天狗なんだ」
そう言うイブキは微妙な表情を浮かべ、草子は無表情を貫いている。不思議なリアクションに、雅樹は首を傾げる。
危険な相手なら、もう少しリアクションは違うだろう。特に草子が口うるさく注意を促す筈だ。しかし、彼女は何も言わない。
では安全な相手——だというには微妙な反応だ。これと言って危険のない相手なら、イブキ達は普段通りに話すだろう。
「えっと……何か特殊な事情ある方で?」
「特殊……うーん、まあ特殊かな?」
「私に振らないでよ酒吞」
今までにない雰囲気で、雅樹は対応に困る。一応は配慮した聞き方を選んだが、どうやら特殊な事例で当たっていたらしい。
ただそれにしても、両者の表情からは事情を汲み取れない。危険ではないと思われるが、そうとも言い切れない空気も漂う。
例えば徳島県の支配者、小松茂は雅樹を商品だと思った。もし似たタイプとするならば、人身売買を行う妖異なのだろうか。
その場合であれば、危険であっても直接的な害はない。イブキの御守りを持つ雅樹に、直接手を出す事はないと思われる。
あくまで人間目線で見れば厄介だが、雅樹に妖異の人身売買を責める権利はない。元から人間は、その為に生み出された生命だ。
「えっと、俺に危険はないと思っていいですか?」
「危険……はないかな一応」
「……あの、大丈夫なんですよね?」
煮え切らないイブキの説明に、雅樹は少し不安を覚える。これでは危険なのか判断出来ない。草子は相変わらず無表情だ。
よほどの何かがあるのかと思える程に、珍しく草子は何も言わない。警告しない以上、安全と捉えていいものだろうか。
黙っているのは、仲が悪いなどの背景があるのかもしれない。草子にとっては敵でも、雅樹にとっても同様とは限らない。
単純に草子が嫌っているだけで、イブキとは仲が良い変わり者。現状雅樹に推測できるのは、大体そのラインだろうか。
煮え切らない言葉が続く中で、先導していたイブキは雑居ビルの前で立ち止まった。繁華街の裏通りにある薄暗い位置だった。
同じ並びには、バーやクラブなどが集まっている。お酒の飲めるメイド喫茶や、雀荘などの看板が掲げられている。
一部の店舗については、雅樹が見ても何の店か分からなかった。彼に判断が出来なかった筆頭は、無料案内所などだ。
当然、セクキャバやピンサロなんて彼が知る筈もない。流石にそんな彼でも、ラブホテルぐらいは理解出来たが。
そんな高校生にはまだ早いエリアに立つ雑居ビル。幾つかの店舗が入っており、イブキは階段を上がっていく。
イブキの所有するビルよりも、やや汚くていかがわしい。どこか怪しい雰囲気の漂うビルの、2階にある黒いドア。
「ここだ」
「……えっと、バー? ですか?」
「マサキには縁のない店さ」
イブキの回答に雅樹は疑問を覚えつつ、彼女の後に続く。バーなら将来、お世話になる可能性はある。今はまだ酒を飲めないけれど。
そんな事を考えながら、雅樹は店の中に足を踏み入れた。薄暗い店舗には、高そうなソファとテーブルが並んでいる。
カウンターには大量の酒瓶が陳列され、壁の一部に写真がズラリと飾られていた。その全てが、若い男性ばかりだ。
何となく雅樹の中で、ピンと来るワードが浮かんだ。確証はないものの、脳内にあるイメージと概ね合致する光景だ。
「……ホストクラブ?」
雅樹の呟きと同時に、奥の部屋から誰かが飛び出して来た。派手なドレスを着た、スレンダーな見目麗しい何者か。
「イブキちゃーん! 待ってたわよ~。新しい男の子を連れて来てくれたのね?」
イブキちゃん? という疑問を抱えながらも、雅樹はその相手を見据える。今の雅樹は、薄い気配だけでも察知できる。
どれだけ隠していたとしても、僅かに感じる人ならざる者の気配。今目の前に姿を見せた存在は、間違いなく妖異であると。
そもそも、支配者と会いに来たのだ。ここに来て、単なる人間と会わせる理由がない。間違いなく相手は、天狗かその関係者。
恐らくは支配者だと思っていいだろう。イブキが来たと知っているのは、きっと支配圏内を見ていたからに違いない。
それに見目麗しい異性を集めるのなら、ホストクラブに関与するのは理に適っている。そこまで雅樹は冷静に考えた。
「この子は私の助手だ。勝手にお前のコレクションに加えるな。マサキ、コイツが例の天狗だ」
「マサキちゃんって言うのね? あたしは相模ハク。ハクちゃんか、ハクお姉さんって呼んでね」
「あっ、は、はい。よろしくお願いします、ハク、お姉さん」
遥かに年上と分かる相手に、ちゃん付けで呼ぶ気にはなれない。雅樹はフレンドリーさに戸惑いながらも握手に応じる。
イブキや草子のようなグラマラスな女性ではないが、十分美女と呼ぶに相応しい妖異だ。スレンダーでも美しさは損なわれない。
雅樹は胸の大小で女性を判断しない。小さいからと言って、魅力がないとは思わない。周囲に巨乳が多いのは、ただの偶然である。
決して雅樹の方から、胸の大きな女性を求めた事はない。ただイブキと草子のせいで、性癖を固められつつあるだけだ。
好みと良し悪しは別の問題であり、雅樹はちゃんと分けて考える少年だ。貧乳であっても、彼は女性として尊重する。
「まー君、そいつ男よ」
「…………え、ええっ!?」
冷静に考えていた雅樹は、草子の発言で固まってしまう。握手をした体勢のまま、混乱の渦に包まれて身動きが取れない。
「ちょっとぉ! 草子ちゃんったら、また意地悪を言うのね! あたしは乙女に生まれ変わったんだから!」
「あっそ」
草子が終始無表情な理由を、やっと理解出来た雅樹。イブキが微妙な反応だったのも、今ここで全てを察した。
なるほど確かに、表現に困る妖異だろう。まさか乙女ならぬ漢女だったなど、雅樹に想像できるわけがなかったのだ。
見た目だけなら女性なのに、言われてみれば男性にも見えて来る。黒いチョーカーは、喉を隠す為に着けているのか。
衝撃が大きかった為、雅樹は混乱が解けるまで時間を要した。フリーズから復帰した雅樹は、ふと気になった点がある。
「あの……ハク……お姉さんは、先生を嫌わないんですか? 先生は東の妖異なのに」
「そいつ、昔は東に居たのよ」
「美しさに西も東も関係ないわ! 美しき存在こそ、最も価値があるのよ!」
歌うように力説するハクを見て、雅樹は苦笑いしか出来ない。師匠と喧嘩しない西の妖異は有難いが、あまりにキャラが濃い。
せめてもう少し、接し易い相手なら雅樹も感謝した。悪い妖異ではなさそうだが、距離感を図りかねてしまう相手だ。
やっと出会えた、まともに自我のある天狗。思っていた存在とは大きく違っていたが、とりあえず良しとする雅樹。
そう判断する以外に、残されている道はなかった。雅樹は深く考えるのを止め、本来の目的に意識を向けた。
天狗を支配者にしよう!→何故かオネェになった。




