第311話 十日続ければ ①
新章です。開幕から地方の村のホラー展開でスタートします。
願いが叶う。その一言は人間にとって、何事にも代えがたい魅力的な文言だ。誰もが望み、欲しがる未来。
大きな成果か、小さな幸せか。一世一代の大博打もあれば、今夜食べたいおかずまで。どのような願いかは、人それぞれだ。
願いというものは、大小で価値が決まらない。誰かにとってはつまらない願いも、本人にとっては重要かもしれない。
他人が価値を決めていいものではないが、得てして他者の願いに価値を決めたがる者もいる。野暮な者はどこにでもいるもの。
大きな目標を立てると、不可能だと横槍を入れる者もいる。ただ願うだけでも、色々と障害が立ちはだかる事もある。
だから誰にも明かさない、という手段を取るのも悪くない。言葉にすれば、願いは叶わないなんて言説もあるぐらいだ。
秘めたる熱意を燃やし、突き進むのも良いだろう。結局のところ、これが正解だという明確な答えはないのだから。
しかし、人というのは何かにすがりたくなるもの。例えば、占いが良い例だろう。眉唾と思われがちだが、その歴史は古い。
西洋であれば、古代メソポタミア文明の占星術。日本ならば、邪馬台国の卑弥呼が行ったとされる鬼道がある。
特に後者の場合は、国家の運営に影響を及ぼすほどの信頼を得ていた。事実、彼女の占いで平和をもたらしたとされている。
占いという不確かなもので、国が動いていた時代は確かにあった。もしかすると、本当に不思議な力が働いていたのかもしれない。
卑弥呼の場合で言えば、その正体は諸説ある。シャーマンであったとされる説。天照大御神のモデルが彼女だとする説。
皇族の1人だったとされる説など。正確な情報は残っておらず、人前に殆ど出なかった彼女の人生は、謎に包まれた部分が多い。
彼女が本当に人間だったのか。その真相を知る人間はいない。妖異であった可能性も、妖異対策課では考えられている。
人間がかつて信仰していた者が、妖異だったという事実は多い。人間から見れば、妖異と神に大きな差は無かったからだ。
信仰の対象に自らの願いを伝え、祈り、叶う日を夢見た。それが幸せな生活か、村の平和か、豊作であったのか。
何であれ、人々は叶って欲しいと願い続けた。そんなかつての人間達は、各地で祈りの儀式を行ってきた歴史がある。
豊作を祈る祭り、恵の雨を願う雨ごい。嵐が過ぎ去る事を願って、山や川へ生贄を捧げる行為。それらもまた、根源は願いである。
地域によっては、変わった儀式や祭りが今も残っている。神奈川県のかなまら祭りなどが、ユニークな行事として有名だろう。
男根を模した神輿を担ぎ、参加者が運んで回る。子孫繫栄や安産などを願う祭りだ。この祭りは、遊女たちの願いが起源にあるという。
やはり願いというものは、いつの時代も世間に影響を与えて来た。それが田舎の小さな村であろうとも、何らかの形で残っている。
とある村の古びた神社に、こんな言い伝えが残されている。己が願いを神に伝え、十日間に渡って毎晩お参りへ向かうべし。
そうすれば、願いは叶うだろう。しかし、願うなら必ず十日続けねばならない。神への祈りを怠れば、吉凶が降りかかる。
日付が変わる前に鳥居をくぐり、零時となった時点で鈴を鳴らす。参拝の手順を間違ってもいけない。そんな伝承が語り継がれて来た。
そんな村に、1人の女性が訪れた。見たところまだ年齢は若く、20代の後半ぐらいか。村唯一の宿に部屋を取り、11日間滞在するという。
「あらぁ~? 珍しいなぁ。もしかして、お社様にお願い事?」
年老いた60代ぐらいの女性が、受付に姿を現し宿泊客へ声をかけた。若い女性は図星だったのか、苦笑しながら頷いた。
この村では昔、観光客が定期的に訪れていた。お社様にお願いすれば、結婚する事ができる。そんな噂が流れたからだ。
きっかけは昭和の後期、週刊誌で取り上げられた事が発端であった。当時の若い女性を中心に、ちょっとしたブームへ発展。
元々はスキー場が有名だったのだが、経営が破綻して閉鎖目前。せっかく建てたホテルはオーナーが夜逃げし、あえなく解体。
もう観光産業は終わりかと思われた時に、舞い込んで来た好機だった。だがそんなブームも、徐々に廃れて今や見る影もない。
「もう今時の子達は、この村の事なんて知らないと思っていたわ。はい、ここに記帳して」
「あっ、はい」
今となっては、この村へやって来る観光客は僅か。お社様のお陰で結婚出来たという夫婦が、記念日にやって来る程度。
この宿も、そんな人々の為に無理矢理続けているだけだ。決して儲かってなどおらず、半分は趣味に近い営業だ。
実際普段は、村人に向けて食堂を開放している。ランチ限定の営業と、夜に大浴場を銭湯代わりに運営しているのみ。
地元に密着した経営で、ギリギリ潰れずに済んでいる。だから本来訪れるのは、女将と顔なじみの客しかいないのだ。
そんな状況で、若い女性が単独で現れたのなら目的は1つ。数十年ぶりとなる外部からの参拝者。お社様へ何か願いに来た者。
「貴女も結婚を願いに来たの? 今はもう全然だけど、昔は凄かったのよ」
「あ……えっと」
「大丈夫大丈夫! 誰にも言わないから! 貴女みたいなお客さんを、何人も見て来たのよ」
女将はどうやら、女性客が婚活の成功を求めて来たと思っているらしい。かつての成果を、誇らし気に語っていく。
「先月の結婚記念日に来た林さんの家は、結婚してもう三十年よ。お子さんが官僚でね、法務省に務めているのよ」
個人情報保護法、とツッコミたくなる内容だが女将は止まらない。田舎の村で個人情報なんて、筒抜けもいいところだ。
誰がいつどこで何をしたなんて、簡単に広まってしまうもの。毎年訪れる夫婦なんて、もう身内も同然の扱いである。
こうして見知らぬ他人であろうと、次々と情報が飛び出していく。女将にとっては、あくまで善意から来る行動だ。
結婚して幸せになった成功例を、女性に語って安心させようとしている。昔はそれが、当たり前の事だった。
「半年前に来た島田さんのおうちなんて、宝くじが当たったんですって! 今頃世界一周でもしている筈よ」
「そ、そうですか」
ポンポン飛び出す個人情報に、女性は少し引いている様子だ。アラサーぐらいの世代からすれば、驚くのも無理はない。
昔の田舎文化と、現代社会は大きく違っている。SNSなんて無かった時代は、個人情報保護法なんて欠片も存在しなかった。
こうして誰かに話したところで、問題なんてなかった。あったのかもしれないが、因果関係を示す証拠なんてどこにもない。
本来なら宝くじの当選情報なんて、他人に話すべきではない。だが通ってしまう時代が、かつてあったのも確かである。
まだまだ止まらない個人情報の暴露は、矢継ぎ早に飛んでいく。女性客は聞き流しながら、台帳に自分の名前を書いていく。
「ああもちろん、お社様の参拝に行くなら安心して。うちは夜でも鍵を掛けないから! しっかりお祈りしておいで」
「あ、ありがとうございます」
「貴女、綺麗な顔しているのだから、自信持ちなさいね!」
田舎のおばさんらしい少々踏み込んだ発言。こんなもの、都市部ならハラスメントと言われても文句は言えない。
最初から最後まで、問題しかなかった。今時、結婚の話題を他人にするのも危険である。ましてや、婚活の祈願に来たか問うなんて論外だ。
ただし、この女性にとっては好都合だった。本当の目的は、結婚の成立なんてものではない。もっと別の理由で訪れた。
女将の女性は、見落としていたのだ。彼女の左手薬指には、日焼けの跡が残っていた。一度は身に着けていた指輪の跡だ。
そんな事実を知らない女将は、台帳の記載を確認した。そこには、関東からやって来た女性。宮村万理華という名が記載されていた。




