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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第9章 イブキの過去と彼の運命
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第310話 イブキの想いは

 碓井貞光(うすいさだみつ)の魂を持つ者、生まれ変わった姿。碓氷雅樹(うすいまさき)大江(おおえ)イブキの隣で寝ている。イブキに性的に喰われた結果である。

 このところ、貞光を思い起こさせる行動を雅樹が取り続けた結果だ。つい感極まって、イブキが雅樹を押し倒した。

 彼女が雅樹を保護した頃は、彼が幸せであればよかった。例え結ばれる相手が自分でなかったとしても。幸せでさえあればそれでいい。

 自分の因縁に巻き込んだ結果、貞光は記憶を失ってしまった。かつての失敗がある為、必要以上に近づくつもりはなかった。

 ただ生まれ変わった貞光が、幸福な人生を歩んでくれればいい。あくまで雅樹として、今世を楽しんでくれれば十分だった。


「その筈だったのになぁ」


 お互いに裸のまま、イブキは寝ている雅樹の頭を撫でる。気だるげな普段とは違い、優しい微笑みを浮かべるイブキ。

 普段はあまり見せない深い愛情が、イブキから溢れ出ている。今の彼女からは、底知れない深みのある母性が垣間見える。

 娘がいる母親だと言えば、その通りではある。だがそういう話でなく、長命であるからこその貫禄。経験が生む厚み。

 雅樹の保護者でもあり、守護者でもある彼女の優しさ。慈しむ心が、彼へと向けられている。触れる手はとても優しい。


「英子は怒るかなぁ……」


 娘である乾英子(いぬいえいこ)は、雅樹を貞光の生まれ変わりと認めていない。同じ魂を持つだけの別人として、厳しい目を向けている。

 イブキと自分を守る為、果敢に茨木童子と戦った父親と、雅樹は違うという判断だ。現代の若者に対して、些か厳しいジャッジだろう。

 妖異を相手に戦おうとするだけ、十分勇敢な少年である。しかし、比較対象が貞光では分が悪い。相手は歴史上の偉人である。

 その点イブキは、公平な目で見ている。平安時代と令和では、価値観や常識が大きく変わった。現代基準なら、雅樹は優秀だ。

 何より最近の活躍を思えば、決して過小評価できるものではない。それにまだ、貞光がイブキと出会った頃の年齢に達していない。


「まったく、呑気に寝てるんだから」


 16歳にしては、十分戦えている雅樹。貞光がイブキと出会ったのは20歳の頃だ。まだあと4年ほどの猶予がある。

 英子が生まれた時期までは、10年近い期間がある。雅樹の成長次第では、貞光に追い着く可能性は十分あるだろう。

 酒吞童子と玉藻前に師事して過ごす少年。今までにそんな人間は居なかった。時代背景の差を埋めるかもしれない。

 場合によっては、貞光を超えていくかもしれない。まだ未来は分からないのだから、将来に期待したいところ。

 しかし、今の雅樹を英子が認めないのは確実だ。今まで以上に関係が深まったとなれば、不満を表明するだろう事は想像がつく。


 だが雅樹がイブキに惹かれつつあるように、イブキもまた雅樹に惹かれている。運命というべきか、また同じ魂を愛した。

 貞光と雅樹は、同一の人間ではない。あくまで貞光は貞光で、雅樹は雅樹に過ぎない。似た部分はあっても、基本的に別人だ。

 魂が同じである為、どこか面影がある程度。それでもイブキは、雅樹に惹かれた。生まれ変わっても、彼女の好みに育つ。

 玉藻前の教育結果が反映されているのは、少々複雑だが大きな問題ではない。その点よりも、英子の方が問題として大きい。

 雅樹と結ばれるなら、娘が最大の障壁となる。今すぐどうこうするつもりはなくとも、避けられない衝突が待っている。


「あの子も、いい加減落ち着いてくれないかなぁ?」


 母親を尊重し、慕ってくれているのは良い事だ。反抗的になって暴れるよりも、ずっと育てやすい娘である。

 ただ父親の面影を追いすぎる傾向があり、未だに男性と関係を持った事がない。喰らうのはいつも女性ばかりだ。

 英子は生まれて千年程度であり、余裕はまだまだある。どこかで好みの男性を見つけて、適当に遊んでみればいい。

 イブキはそう思っているのだが、中々その様子は見られない。貞光という高い基準を設けて、現実を見られていない。

 もっとライトに男性経験を積めばいいのに。何度イブキが伝えても、結果は変わらない。困った娘だとイブキはため息をつく。


「ん……あれ? 俺は……」


「起きたかいマサキ? 遅くなったけど夕食にしよう」


「え……あ……えぇっ!? なんでっ!?」


 目が覚めた雅樹は、状況を理解して慌てる。裸の自分と、裸のイブキが同じ布団の中にいる。起き抜けには刺激的過ぎる。


「あれぇ? 忘れたの? さっきまであんなに愛してくれたのに」


 クスクスとイブキが、揶揄うように雅樹の鼻を指で突く。そこで雅樹は、寝ぼけた頭に全てが蘇っていくのを感じた。

 妖術ではなく、純粋に思い出しただけ。最初こそイブキに押し倒されたが、最終的に雅樹自身も夢中になってしまっていた。

 初めて知った、男と女の関係。キスどころで済まない大人の経験。女性が持つ凄まじい色気を、全身に叩きこまれた時間。

 思春期の男子高校生には、あまりに刺激的過ぎた行為。思い出すだけで、色々とよろしくない考えが浮かんでしまう。

 知識として理解している事と、実際に体験するのでは意味が違う。知ってしまった感覚は、簡単に消えてくれない。


「いやあの! えっと……その……」


「そう慌てないでいいよ。私は別に、責任を取れなんて言わない。だけど、今夜で終わりじゃないよ」


 それはどういう意味かと、問う前に唇を奪われた雅樹。今回も感情を喰われず、ただ接触する為だけの行為。

 どういうつもりなのか、聞いてみたいが訊けない。もし自分の勘違いだったら、イブキの気まぐれに過ぎなかったら。

 雅樹は複雑な心境を抱えながら、イブキと遅くなった夕食を摂る。もうイブキは、いつも通りに戻っていた。

 イブキは自分を好きなのか、そうでないのか。悶々としながらも、雅樹は食事を終える。もう時刻は、日付が変わる直前だ。


「お風呂も一緒に入るかい?」


「ひ、1人で入れますから!」


 悪ノリしたイブキに揶揄われつつ、雅樹は風呂へ向かう。湯船に浸かって、現状を改めて考える。イブキと、関係を持ってしまった。

 キスに続き、初めての経験をまたもイブキで終えた。これで良いのかと、雅樹は悩んでいる。イブキに好意を持っているのは確かだ。

 初恋の女性、那須草子(なすそうこ)と変わらないだけの感情を抱いている。最低限、好きな相手としかしない、というラインは守れている。

 ただ、こんな日に風呂場で悩んでいると思い出してしまう。以前、永野梓美(ながのあずみ)に迫れらて断ってしまった記憶を。


(いやでも、あの時は梓美先輩を好き、とは言えなかったし……)


 じゃあ今はどうかと考えてみると、強く拒否は出来ない気がする。あれから色々と、梓美と過ごしてきた時間が増えた。

 魅力的だと思っているし、梓美が恋人だったら光栄だと思う。ただ同時に、あの日断った罪悪感も湧いて来ている。

 イブキは一発で許可しておいて、梓美は最初断った。この違いは、彼女のプライドを傷付けてしまうのではないか。

 そこまで思い至った雅樹は、バレないように気をつけようと思った。言うまでもなく、向かいで暮らす草子に関しても。

 ちゃんと風呂にも入ったから、黙っていれば気づかれない。そう思っていた彼の思惑は、翌朝あっさりと砕け散った。


「……まー君? どういうつもりかしら? そんなに鬼の匂いをまとわせて」


「えっ!? そんな筈は!?」


「今日の鍛錬は休みにしましょう。まさか酒吞は良くて、私はダメなんて言わないでしょうね?」


 とても怖い笑顔を浮かべた草子に、雅樹はただ頷くしか出来なかった。何故バレたのだろうと、最後まで雅樹は分からなかった。

 学校へ行く前に、探偵事務所へ顔を出せばイブキが雅樹を睨んでいる。こちらでもバレたらしい。入念にシャワーを浴びたのに。

 逃げるように雅樹は探偵事務所を飛び出し、通学路を歩む雅樹。そこでふと、嫌な予感を雅樹は覚えた。背後から、冷たい空気が漂っている。


「なあ雅樹君、どういう事なん? ウチはやっぱり魅力的やないって事なん?」


「いやっ! これはっ、そういう事じゃなくて! 梓美先輩が劣っているなんて思ってませんし!」


「ふーん。ほんならウチとだって、出来るやんなぁ?」


 冷気を纏う梓美の微笑みに、雅樹は逆らえなかった。その日雅樹は人生で初めて、とても不純な理由で学校をサボった。

バレないわけがない。

それはそれとして、イブキの過去編はこれにて終了です。想定より10話ほど長く書きましたが、次回からは現代へ時間軸が戻ります。

あと薄れてしまったホラー要素を復活させます。

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