第309話 彼にとっては初対面、彼女にとっては再会
時は進み、人間の生きる時代が近代へと変わる。急速に発展を続ける人間社会は、妖異達の想像を大きく超えていた。
第一次世界大戦、そして第二次世界大戦と大規模な争いが勃発。人間が作り出す兵器は、たった数百年で激変した。
剣や槍、弓で戦っていた筈が、いつの間にか銃や大砲を生み出す。戦車に戦闘機、しまいには潜水艦まで発明した人間達。
そして遂に、大量破壊兵器を作ってしまった。核兵器という脅威は、一瞬にして大勢の人間を殺してしまう。
そもそも西暦1900年前後から、妖異達の間で人間の争いに介入すべきではないかと、検討が行われ始めていたのだ。
このまま不干渉を貫けば、自分達の管理を大幅に超える損害が出てしまいかねない。せっかく生み出した命が減ってしまう。
だが、所詮は人間だと考えていた妖異は少なくない。その時が来るまで、高をくくっていた結果が第二次世界大戦の終幕だ。
核兵器で大勢の人間が死に、ようやく世界中の妖異が認め始めた。人間はもう、ただ喰われるだけの存在ではないと。
洒落にならない勢いで、殺し合いを始めてしまう。真剣に考えていなかった土地ほど、深刻な状況へ追い込まれてしまった。
2000年代に入っても、紛争や内乱が終わらない中東などが良い例だろう。対して日本は、大江イブキや那須草子の影響が大きかった。
互いに争い合っていても、人間に対する評価はしっかりしていた。その一点においては、全く同じ意見を持っていたのだ。
いつか人間は、放置していい存在でなくなる。妖異を傷つける妖刀など、その片鱗は数百年前の時点で見え始めていた事。
特にイブキの場合は、碓井貞光という前例を知っている。半妖である人間の身でありながら、一時的に妖異へと至ってみせた。
増えていく人間の幽霊に、発展を続けていく人間達の文明。弱いからこそ、貧弱だからこそ生み出す数々の道具や武器。
妖異にとっての脅威ではないが、管理面において厄介な事態になり得る。だからこそ、彼女らは妖異対策課の前身になる組織と交渉していた。
「困るんだよねぇ、こんな大規模な戦争をされちゃあさ」
和服姿のイブキが、東京にある迎賓館の一室で座っている。調度品の全てが最高級のものばかりで、重要な相手しか入れない部屋。
政府の高官ですら簡単に借りられない応接間は、妖異を招く時以外にほぼ使用されない。あとは他国の国賓を招く時ぐらいだ。
桜の木を削って作成された机に、イブキが肩ひじをついている。その表情は、不愉快そうに歪められている。
「この度は、多大なるご迷惑をおかけしまして……」
スーツ姿の男性が、脂汗を流しながら謝罪している。年齢は40代前半ぐらいだろうか。貫禄はあるが、その表情は暗い。
妖異対策課となる前、妖異対策局と呼ばれていた秘密機関の代表を務める男性だ。敗戦後の状況を説明する為に派遣された。
「そうなる前に、止めるのが貴方達の役目ではなくて?」
イブキから少し距離を開けて、やたら肌色成分の多い女性が座っている。娼婦のような服装から、九本の尾が露出している。
金毛九尾、玉藻前。今は那須草子と名乗っている彼女が、責めるような視線を男性に向けていた。男性の発汗は更に激しくなる。
「いや、その、ごもっともでございますが——」
「そこまでにしてやりなよ、玉藻前。彼はこの国の代表者じゃあないんだ」
「あら酒吞、なら彼は——私達に代表と合わせる必要がないと……そう判断したという事かしら?」
一瞬だけイブキを見た草子は、色気溢れる流し目で男性を見る。糾弾される側でなければ、ドキドキさせられた事だろう。
違う意味で心拍数は上がっているが、何も喜ばしくはない。むしろこのまま、心臓が破裂して即死した方が幸せなのではないか。
思わず男性は、そんな風に考えてしまう。失礼なのは承知で、彼女達と面会している。今は敗戦処理で、総理と皇族が動けない。
どうにか最速かつ誠意ある対応をと、考えた結果だったが効果はいまいちだった。草子の視線が、男性に突き刺さっている。
「はぁ……そこまでにしてやれ。彼を殺したとして、何か変わるわけじゃない」
「はいはい」
イブキが草子を窘めて、どうにか場は収まる。とは言っても、まだ始まったばかりだ。釈明せねばならない事は山のようにある。
この機を経て、妖異達の間でも話し合いが行われる事となる。大規模な戦争を、人間達に行わせないという方針が固まる。
だが敗戦直後の時点では、そこまで決まっていない。これからどうするのか、減った人間の補充はどうするのか。話し合いは続く。
男性にとっては地獄のような時間だ。機嫌を損ねれば、国が亡ぶレベルの妖異との対談。とても気の休まるタイミングなどない。
どうにか話しをつけて、イブキと草子が納得してくれたらしい。朝から始まった会談は、気がつけば日付が変わるまで続いた。
「お優しいのね酒吞、貴女らしくもない」
「勘違いするな、今回は私の損害が少ないだけさ。もしあの魂を、こんな下らない争いに巻き込んでいたら——東京は今頃消し炭になっていたさ」
「……ふぅん」
意味有り気な発言をしたイブキは、迎賓館の一室を出ていく。今回の件に対しては、彼女から重い処罰は下されない。
ただし、彼女にとって有利となる条件を言い渡されはした。他府県から京都への移住について、有利となる政策を行う事。
特に若い学生について、補助金などの拡充を行う事。そう言った幾つかの条件を提示し、全てを認めさせた。人間側に反対する資格はない。
そうしてイブキは、堂々と若い人間を集め始める。新しく生まれた命が、子供達が集まって来る京都を作り上げていく。
いつか生まれて来る筈の、碓井貞光と同じ魂を持つ者を求めて。生まれ変わった彼と、再び再会する日を待つ日々。
彼女のお膝元に、学園を作らせて様子を見る。管理者に娘の乾英子をつけて、預かった雪女をフォロー役として派遣した。
将来有望な少年少女達が集まって来るものの、目的の魂は見つからない。千年程度では、輪廻転生が巡らない場合もある。
どの程度のサイクルで回ってくるかは、まさに神のみぞ知る事。最古参であっても、神ではないイブキが正確に知る術はない。
それでもイブキは気にしていない。寿命のない彼女は、待とうと思えば永遠に待てる。焦る必要などないのだから。
欲求を押し出さなかったからか、神の気まぐれか。想像以上に早く、貞光の魂は再びイブキの前に姿を現す。それは2026年の春。
「うん? あの餓鬼め。やっぱり勝手に動いたか」
ふと支配圏を監視していると、先日よそから入って来た餓鬼が暴れている。何かあればすぐ動けるよう、予めマークしていた。
餓鬼はどうやら、一般家庭を襲撃している様子だ。イブキは自宅である雑居ビルの屋上に昇り、一気に跳躍して夜の空を舞う。
京都の夜景を眼下に、ヒラヒラと屋根から屋根へと移動する。その速度は、最新鋭の戦闘機すら軽く凌駕するスピードだ。
あっという間に移動を終えたイブキは、目的の住宅に玄関から勝手に入る。そしてリビングにて、対象の餓鬼を仕留める。
「困るなぁ。私の許可なく、こんな風に食い散らかすのは」
容赦なく餓鬼の胸部を貫いた左手。反対の右手には、懐から取り出したキセルがある。タバコに火をつけ、一息吸う。
一服していると、生存者らしい少年が何やら騒いでいる。何気なくイブキは、少年の方を見た。そして、彼女は悟った。
だから彼女は、彼を手中に収める事を決めた。彼の立場、今置かれた状況を最大限利用する。その為なら、多少の演技は厭わない。
「これはどういう事かな? まだ何か?」
助けを求めた少年、碓氷雅樹がイブキのスラックスを掴んでいた。こうしてイブキは、貞光の魂を再開を果たした。




