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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第9章 イブキの過去と彼の運命
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第308話 未来へと続く道

 碓井貞光(うすいさだみつ)の死後、大江(おおえ)イブキは生き方を少しだけ変えた。自由に生きつつ、貞光の魂を追い続ける道を選ぶ。

 それは決して、縛られるという意味ではない。彼が望んだ生き方を守り、それでいて自らの欲も満たすという道。

 いつか生まれ変わる彼を待ちながら、英子(えいこ)を育てる母として生きる。寿命のある人間には厳しくても、妖異であるイブキには簡単だ。

 永遠を生きる彼女には、何年待つ事になっても構わない。例えそれが、千年や万年という時間であったとしてもだ。

 何よりイブキは、西日本を代表する妖異だ。彼女に回ってくる些事は多く、定期的に助力を求められる。


 そもそも貞光の死後、200年ほどで厄介な出来事が起きてしまった。金毛九尾、妲己が日本へ何食わぬ顔で移住して来た。

 最初は若藻(わかも)と名乗っており、正体を隠して潜伏。のちに鳥羽上皇から気に入られて、朝廷へ入り浸るようになった。

 間の悪い事に、この頃はイブキが京都を離れていた。茨木童子を通じて、娘である英子の情報が東へ流れていると悟ったからだ。

 知られているのなら、東の妖異が英子の命を狙うかもしれない。貞光との約束を守る為にも、一時的に姿を隠していた。

 英子の修行も兼ねており、長期に渡って京都を部下に任せていた。そのせいで、妲己の暗躍を許してしまう。


 上手く立ち回った妲己は、イブキの部下を誑かした。美しき妖狐の魅力に、あっさりと篭絡されてしまったのだ。

 茨木童子との戦いで、主力を失っていた事も災いした。星熊(ほしくま)童子らが生きていれば、妲己の暗躍は失敗していただろう。

 だが、居ない以上は仕方がない。京の都は一時的に、妲己の侵略を受けていた。玉藻前と名を変えた彼女は、餓えていたのだ。

 自らへ向けられる愛情に。大陸での争いに疲れた玉藻前は、ただ愛が欲しかった。愛されていたかった。ある意味、彼女も被害者である。

 しかし、彼女の暗躍は途中で終わってしまう。安倍晴明の子孫、安倍泰成(やすちか)に妖異だと見抜かれて逃げ出す羽目に。


「はぁ……で? 私のいない間に、あの女狐にしてやられていたと?」


 入れ替わるように、イブキが英子を連れて一時帰省。イブキであれば、多少変装していようが、妲己の妖力に気づく。

 京の地に妲己の妖力が色濃く残っていれば、誤魔化せるわけがない。しくじった部下達が、土下座でイブキの前に並んでいた。


「い、いえその……巧妙な変装をしておりまして……」


「ふーん、見抜けなかったんだ?」


「そ、それは、ですね……その……あの……」


 言い訳を並べ立てようとする妖異の男性達。どうもおかしいと思っていた女性陣は、冷たい視線を彼らに向けていた。

 大江山には、鬼以外の妖異だって暮らしている。大蜘蛛や山姥、烏天狗や一反木綿(いったんもめん)など。様々な種族が生活している。

 だというのに、軒並み男性達は妲己へ浮ついた気持ちを抱いていた。彼らからすれば、仕方がないだろうと言いたくもなる。

 なにせ妲己は、イブキと双璧をなす東洋の美女。世界でもトップレベルの女性を前に、男として思うところぐらいある。

 大将で憧れのイブキを、人間の男に取られてしまったのだ。茨木童子ほどでなくても、失恋に涙を呑んだ男達はいるのだ。


「ちょっとぉ! アンタら反省してんの!?」


「なぁにが新入りの妖狐よ! 超のつく古参じゃないの!」


 イブキの背後に立つ女性陣から、厳しい指摘が飛ぶ。嘘に嘘を塗り固め、女性陣を誤魔化し続けた男性達は言い返せない。

 ちょっと優しくされたから。傷心を癒やしてくれたから。理由は様々あるものの、結局根本にあったのは下心である。

 大江山のアイドルというべき相手が、娘を産んだというのは辛いだろう。だがそれはそれ、これはこれである。到底許されない。


「……お母さま、男性というのは皆こうなのですか?」


 英子の純粋な疑問が、男性陣の心に突き刺さる。幼子の穢れなき瞳が、彼らの良心をゴリゴリと抉り取っていく。


「少なくとも、サダミツは浮気者じゃなかったかな」


 イブキの一言が、男性陣へのトドメとなる。男として、人間に負けた。彼らのプライドが、ガラガラと音を立てて崩れていく。

 ただ1つだけフォローができるとするなら、彼の生まれ変わりである少年は流され易い。もっとも、今この場では何の意味もない話だが。


「そうですよね! お父さまはいつもお母さま第一でした」


 こうして英子の父親に対する神聖視は、熟成されていく事になる。千年ほど未来で、ある少年に厳しい目を向ける理由はここから始まっている。

 とは言え、それは今重要な問題ではない。土下座で沙汰を待つ男性達は、最悪首が飛ぶ事もあり得ると思っていた。

 支配圏を奪われてこそいないが、他国の妖異に好き勝手させてしまった。支配者の代行をやっていた彼らの罪は重い。

 だがイブキは、厳しい処分を下さない。少し柔らかくなったのは、大切な部下達を一度に失ってしまったからだろうか。

 右腕であった弟分まで、封印せざるを得なくなった。今は彼の出身地である摂津国(せっつのくに)、大阪の支配者である(くず)()に預けてある。


「はぁ。まったく……しばらくは、馬車馬の如く働いて貰うよ」


 どうしてもイブキは、殺す判断が下せなかった。玉藻前を暗躍させたのは、自分の不在にも問題があったと思っているからだ。

 そして、貞光との日々も影響している。本当に少しだけだが、イブキは丸くなった。母親になった結果でもあるだろう。

 元々の容赦のなさ、苛烈さ自体は失っていない。ただ身内に対する対応が、以前と比べて優しくなったのは確実だ。

 貞光と出会う前のイブキであれば、見せしめに誰か殺していたかもしれない。そこまで行かずとも、追放はした可能性がある。

 戦力をこれ以上減らせない、という冷静な判断も含まれている。右腕と四天王を失っているのだ。これ以上の戦力低下は痛手だ。


「お、おお! 寛大な処置、感謝いたします!」


「勘違いしないでよ? あくまで私は、というだけだ。後ろの彼女達が、どうするかは決まっていないよ?」


「うっ……」


 とても良い笑顔の女性陣が、イブキの背後でニコニコと笑っている。その目は笑っておらず、強い意思が込められている。

 折檻は覚悟しておけ。彼女達のまとうオーラが、言葉を必要としない無言の圧になって放たれていた。男性達は、ただ震えるのみ。

 よその女にかまけた挙句、嘘までついて誤魔化していた。その上で、デレデレと尻尾を振っていたのだ。怒られて当然の話。


「これでも戦力だから、殺さないようにね」


「ええ、もちろんです大将。簡単に殺したりしませんとも」


「うふふふ……」


 メスの大蜘蛛が糸を張り、逃げ出せないよう男性陣を囲む。女性の烏天狗達が逃げないよう、上空から見降ろしている。

 鬼の女性達が、立派な金棒を肩に背負って歩いていく。様々な妖異の女性達が、お仕置きの為に座っている男性陣へにじり寄る。

 真っ青な顔をした男性達は、ただ震えて待つしかない。弁解の余地はなく、彼らを弁護する者はどこにもいなかった。

 これ以上は見ておく必要もないと、イブキは英子を連れて現場を離れる。本日の鍛錬を、娘につけてやらねばならない。


「さて——行くよ英子」


「はい、お母さま」


 イブキは英子を連れて、大江山の頂上へ向かう。誰にも邪魔をされずに、集中して行う為だ。余計な喧噪は邪魔になるだけ。

 もちろん、それだけではない。もう何度も、貞光と共に英子を連れて行った場所だから。時間で言えば、大した期間ではない。

 貞光が父親で居られた時間は、とても長いとは言えない。それでも、イブキ達にとっては特別な場所。思い出が詰まった場所だ。

 イブキと英子は、人間ではない。だからこそ、いつでも貞光の姿を思い起こせる。例えこの場に彼が居ないとしても関係ない。

 人間の脳と違い、記憶が衰えていく事はない。例え何万年経ったとしても、記憶の中の貞光を鮮明に思い出せるのだ。


「始めよう英子」


「お願いします!」


 貞光が死してなお、彼女達の生活は続いていく。親子としての時間は、未来へと紡がれていく。そして、彼女達は再び出会う。

 2026年になってから、貞光の魂を継ぐ者と。何の偶然か、運命の悪戯か。貞光と同じく、碓氷(うすい)の苗字を持って生まれた少年と。

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