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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第9章 イブキの過去と彼の運命
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第305話 因縁が生まれた日

 平安時代の東京、武蔵国(むさしのくに)へやって来た茨木童子。事前に聞いていた通り、支配者からの接触は一切ない。

 通常であれば、茨木童子のような外部の妖異が訪れれば接触を図るもの。ましてや彼は、酒吞童子の右腕として有名だ。

 まず侵攻を警戒して様子を見に来て然るべき。だが数日経っても、誰からの接触はないままだ。


「なるほどな。聞いていた以上に、ややこしい状況らしいな」


 茨木童子が知る限り、支配者はまだ変わっていない筈。しかし、未だに相手からの動きは見られていない。

 そこから考えられる可能性は、支配者が動けない状態にあるという事。現在起きているのは、所謂クーデターだ。

 元々武蔵国を支配していた牛鬼(うしおに)が、現在は攻められる側だという。支配者の地位を巡り、勢力は二分された。

 このまま牛鬼が継続で良いとする派閥と、その座を狙う派閥が存在する。ただ1つ、大きな問題が残されている。

 前者の方は、面倒くさいから変えなくていいという者達だ。つまり、積極的に支配者を支持する程ではない。


 支配者が新しい候補者と変わって、やり難くなるのはゴメンだ。そんな現状維持を求めているだけに過ぎない。

 妖異たちの支配者は、人間のように決めない。民主主義なんて考えはなく、選挙という制度はないのだ。

 強き者が支配し、配下となった妖異を率いるだけ。それ以外に決める基準はなく、所信表明すら行わない。

 通常は前任の支配者が、後任を決めて終わるか、戦って決めるかのどちらかだ。そして武蔵国は、後者で進めていた。

 事情を知った茨木童子は、前任者である牛鬼へ味方をするつもりだった。だがどうも、既に旗色は悪そうに見える。


「探しに行くしかない、か。面倒だな」


 茨木童子は支配者をやっている者、向井(むかい)という名の牛鬼を探し始める。(れん)から聞いていた住処を一旦目指す。

 元々そのつもりだったので、旅路に変更はない。邂逅するタイミングが、少しズレただけに過ぎない。

 向井が住処としているらしい山へ入り、茨木童子は牛鬼を探す。それらしい気配は、今のところ感じない。


「チッ! まさか死んだのか? ここまで来てもなお、誰も接触がないとは……」


 いくら余裕がなくても、住処まで来られたら何かある筈。苦戦しているにしても、住処まで入られれば反応するものだ。

 彼の行動は、大江山へ東の妖異が入り込むようなもの。喉元まで敵対勢力が来ているのに、無視は有り得ない。

 では何故こうも反応がないのか。最悪の想定をするならば、ひと足遅く支配者が殺された後。そう考えると辻褄が合う。

 ただその場合は、新しい支配者となった者が彼の侵入に気づかないとおかしい。状況がいまいちハッキリしない。

 どういう事だと疑いながら、茨木童子は牛鬼の住処を目指す。目指すは、山頂にある祠の近く。崖下の山小屋だ。


 悲しむべきか、誇るべきか。彼は酒吞童子の支配圏に長くいた。結果、このような事態を経験した事がなかった。

 何が起きているのか、想像しか出来ない。推測しようにも、不確定な要素が多過ぎる。どうなっているか、確かめるしかない。

 木々を足場に飛び移りながら、一気に山頂まで駆け上がる茨木童子。訊いていた情報を元に、山頂へと降り立つ。

 そこまで行くと、微弱ながら妖異の気配を感じた。支配者というには、あまりに弱い気配。だが、妖異であるのは間違いない。

 支配者の部下だろうかと、茨木童子は気配を放つ者を探す。そして崖下で遂に見つける。瀕死状態となった、牛鬼の姿を。


「なんだよ。まだ生きてやがったか。だいぶやられたらしいな」


「……貴方は、やはり……茨木童子……私を……殺しに来たのですね?」


 向井という名の牛鬼は、茨木童子を西日本の刺客だと思っているらしい。この状況を思えば、そう考えるのも無理はない。

 支配者の住処にまで西日本の鬼が攻め込み、瀕死の支配者を見つけた。ここで茨木童子が彼を倒せば、支配圏は茨木童子のもの。

 継承問題の隙を突いて、大胆な侵略を酒吞童子が画策した。自分達は、上手く利用されてしまったのだろう。

 どうにかしたくても、瀕死の向井には抵抗する余力が残っていない。あとはもう、殺される瞬間を待つだけだ。


「部下に裏切られ……最後は、茨木童子に……全て奪われる……これが私の……終わりなのか……」


「……はぁ? テメェは何を言っていやがる?」


 勘違いをしている向井に、茨木童子は呆れている。加勢しに来てみれば、肝心の相手が瀕死だったというだけだ。

 仮に侵略だったとしても、死に掛けの相手にトドメを刺すような情けない真似はしない。失礼極まりない誤解だろう。

 あまり安く見るなと、愚痴をこぼしながら茨木童子は向井を治療する。妖術で傷を癒し、ついでに少し妖力を分け与える。

 蒼い輝きを放つ双眸と同じく、蒼い光が茨木童子の手から向井へ吸い込まれていく。予想外の行動に、向井は驚愕する。


「い、一体何を!? 貴方、敵を助けるというのですか!?」


「……色々とあってな。今の俺は西の妖異じゃねぇ。恋の野郎に事情を聞いて、お前の味方をしに来た」


「なっ……は、はぁ!?」


 向井にしてみれば、何もかもが意味不明の発言だ。酒吞童子の右腕が、何故か自分の味方をしに来たという。

 混乱している彼は、瀕死の状態を脱する。まだ随分弱っているものの、今すぐ死ぬような事はないだろう。

 説明を求めようとしたところへ、更なる乱入者が姿を現した。瀕死だった向井が、茨木童子に気を取られて見逃した者。

 茨木童子の少し後に、侵入して来た向井の敵対者。支配者の座を狙って、罠にかけた巨大な蜘蛛の妖異。土蜘蛛だった。


「さあ死ね向井——何!? 貴様、茨木童子か!? なぜこんな場所に貴様が!?」


 崖下へ跳び下りて来た土蜘蛛が、茨木童子を見て驚いている。本来ならここには、瀕死の向井しか居なかった筈。

 彼の部下を懐柔し、ここで討ち取る算段だった。こんな展開は、彼も予想していなかったらしい。当然と言えば当然だ。

 酒吞童子と茨木童子が、色恋を理由に袂を分かった。そんな展開を、彼らに予想出来る筈がないのだ。こんなもの、前代未聞の出来事だ。

 ともあれ、土蜘蛛にとって向井と茨木童子は敵である。両方を討ち取って喰らえば、彼は更なる高みへ昇って行ける。

 予想外の事態に、土蜘蛛は冷静さを欠いていた。同時に、欲望に塗れてもいた。だから彼は、勝利への計算がおざなりだった。


「まあいい! この際だ、両方喰らってやるわ!」


 土蜘蛛は臀部から出した糸で、茨木童子と向井を拘束する。茨木童子は避けようともせず、そのまま糸に巻かれてしまう。


「おい向井、コイツを殺せば解決か?」


「え、ええまあ。首謀者は彼ですから」


 勝ったと思った土蜘蛛だったが、次の瞬間には糸が弾け飛んだ。この程度では、茨木童子を大人しくさせるだけの力がない。

 

「なっ!? ば、バカなっ!?」


「こんなもんで勝つ気だったのか? マヌケにもほどがあるぜ」


 一瞬で距離を詰めた茨木童子が、鋭い爪を振るい勝負を決める。土蜘蛛の首が吹き飛び、崖の下へと落下していく。

 武蔵国の支配者を狙った土蜘蛛は、あっけなく倒され灰となった。対する茨木童子は、疲労感を全く見せていない。

 彼にとって、土蜘蛛は有象無象に過ぎなかった。それだけ酒吞童子の右腕は、強大な力を持つ最強格の鬼なのだ。


「さて、手を貸してやったんだ。俺の要望を聞いて貰うぞ?」


「……私に出来る範囲でいいなら」


 この日、未来へ続く因縁が生まれた。酒吞童子から離れて行った茨木童子が、向井を助けて東の妖異となった。

 イブキを殺すという目的の為、彼は行動を開始する。何の因果か、裏切られた者同士として、茨木童子と向井は相性が良かった。

 恩義を感じた向井が、茨木童子へ全力のサポートを始める。結果、茨木童子がイブキと戦う為の力を得る準備は整って行った。

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