第301話 選ばれた者と選ばれなかった者
英子が生まれて半年が経ち、大江イブキと碓井貞光は家族として暮らしていた。人間の家庭とは違うが、十分幸せな日々だ。
貞光が人間の知識を与え、イブキが妖異の世界を教える。今では戦闘の訓練を始めるべきか、相談を始めている。
今でこそかなり減ったが、元々幼い妖異は狙われ易い。喰らう相手として、手ごろだという理由で襲われる対象だった。
あくまで人間が生まれる前の話で、現在はそこまで危険ではない。だが、絶対に安全とも言えない立場でもある。
「なるほど……では、英子も戦えた方が良いのだな」
「そうだね。妖異である以上は、弱くて得する事は何もないから」
父と母の相談により、英子の鍛錬を始める方針が決まる。というのも、丁度いい理由が出来たからでもあった。
西日本の各地へ派遣され、東の刺客を処理していた部下達が帰って来るからだ。英子の師匠として、ピッタリの鬼達だ。
もちろんイブキも教えるが、様々な視点を持てた方が得るものは多い。将来の選択肢を広げる為の教育である。
相談もそこそこに、朝食を摂るイブキ達。いつも通り大江山の洞窟前で、穏やかな朝を迎えている。晴れ渡る青空が木々の隙間から見える。
生まれて1年も経たずに、英子は箸を使い器用に米を食べている。微笑ましい光景が広がる中、早速来訪者が姿を見せる。
「大将、只今戻りました」
木々の隙間から現れたのは、クールな印象を受ける美しき女性。イブキと同じく身長が高く、すらりとした曲線美を晒している。
首元まである赤い髪が、爽やかな秋風に揺られている。日常的に気怠げなイブキと違い、キリッとした印象を受ける顔立ちだ。
知的な雰囲気を漂わせる立ち姿。胸元で組まれた両腕が、豊かな胸を強調している。鋭いつり目が、一瞬だけ貞光を見た。
僅かに探るような視線を向けてから、英子を見て大体察したらしい。人間がこの場で同席する事に、不満を見せる様子はない。
彼女の視線を受けて、イブキは視線で示す。わざわざ言うまでもなく、何が起きたか分かるだろうと訴える。
「やあ。お帰り、星熊」
「大将、いつかやると思っていましたけれど……」
姿を見せた女性は、星熊童子と呼ばれている鬼である。彼女はイブキの部下であり、参謀役を担っている重要な存在だ。
彼女は部下の中で最も、イブキの思想を知っている女性でもあった。知らぬ間に、人間と子供を作っていても驚かない。
どうせいつかこうなっただろう。かつて予想していた未来が、こうしてやって来ただけ。少なくとも彼女は、そう受け止めていた。
「見なよ娘を。生まれて半年でこの妖力だ。ああ、そうそう。紹介が遅れたね。彼が父親のサダミツだ。そしてサダミツ、彼女は星熊だ」
イブキは誇らし気に英子を膝の上へ抱き寄せながら、自慢するように星熊へ見せる。英子はされるがままに従っている。
実は子供を産んだ事実を、イブキは部下達に話していない。直接こうして見せて、自説の正しさを証明するつもりなのだ。
人間の可能性へ懐疑的だった彼女達に、分かり易い実績を見せる。良くも悪くも、妖異とは実力主義で結果が優先される。
明らかに高い妖力を持って生まれた英子を、こうして見せた方が早い。なまじ実力者集団だけに、口先の説明より明確だ。
そんな自分達のボスに呆れながら、星熊は再び貞光へ体を向ける。貞光もまた、立ち上がって星熊へと頭を下げる。
「私は朝廷より特使として参った者、碓井貞光と申す。普段はイブキ殿の手伝いをしております」
「ああ、大将が人間を使っているのは聞いていた。しかしまあ、子供まで作ったのは驚いたが」
立場を弁えた姿勢に、星熊は好感を覚えていた。イブキが選ぶ相手として、納得の行く性質の人間だったからだ。
イブキとの間に子供を作ったからと、偉ぶる様子を見せない貞光。人間社会に照らし合わせれば、貞光は入り婿である。
支配者の選んだ相手なのだから、貞光は妃のようなもの。権力を振りかざす事だって、やろうと思えば不可能ではない。
しかし貞光は、そのような態度を取らない。自分は人間に過ぎず、決して鬼を相手に偉ぶる権利などないと思っている。
何よりも、イブキと結婚したわけではない。まだ正式に公表しておらず、暫く周知するのは控える予定でいる。
こうして東の刺客が未だ送られて来る状況で、酒吞童子が子供を作ったと公表するのはリスクが大きい。
高い確率で、イブキの娘を狙う動きがあるだろう。相手の新しい手口を潰した今だからこそ、産むという道を選べた。
現状を最大限生かして、英子が自衛できるだけの力をつけるまで秘密にする。そこまで考えて、イブキは隠しているのだ。
それこそ部下にすらも、こうして黙っていた程の徹底ぶりだ。貞光が生きている間に、公表する予定はない。
だがそれでも貞光は構わない。公表していなくても、英子は娘でイブキは愛する女性だ。その事実は何も変わらない。
「英子、受け継いだ記憶にあるだろう? 星熊から色々と教わるといい」
「うん。よろしくね星熊」
「ええ。大将の娘ですからね、お任せください」
小さな鬼と、大人の鬼。自分の子ではなくとも、支配圏に生まれた新しい身内。星熊は先達として、英子と接するつもりだ。
参謀として、次代の支配者候補を育成する。新たに出来た目的が、星熊の次なる仕事となる。表情は変わらないが、星熊は優しく英子の頭を撫でた。
例え人間との間に生まれた子でも、自分達の支配者が決めた事。何より実際目にしてみれば、将来有望だと分かるのだから野暮な事は言うまい。
実例をこうして示されれば、星熊も認めるしかない。彼女は今になって、人間との子供なんてと拒否するような愚かな者ではない。
そうこうしている内に、次々とイブキの部下達が大江山へと帰って来る。今度は屈強な鬼の男女が、揃って姿を現した。
「帰ったぜ大将! って!? ええ!? 大将にそっくりな娘っ子がいやがる!?」
「ホントだ!? なんで!? えっ!? あたしの見間違いじゃないよね!?」
明るい雰囲気の大柄な男女が、英子を見て驚いている。屈強な男性の方は、金熊童子と呼ばれている赤鬼である。
真っ赤な肌に筋骨隆々な分厚い体。2本の真っ赤な太い角が、頭部から生えている。イブキや星熊よりも背丈が高い。
7尺は軽く超えているだろう。そんな彼の隣には、似た背丈の真っ白い肌をした女性の鬼が立っている。白粉を塗ったような白さだ。
金熊と同様に2本の白い角を生やした彼女は、虎熊童子と呼ばれている鬼だ。金熊と揃って、殴り合いを得意とするパワータイプだ。
あまり頭は良い方でない為、星熊のように察しが良くない。混乱している彼らをよそに、新たに別の鬼が現れる。
「おや? ようやく世継ぎを作りましたな大将?」
「まあね。ぴったりの相手をみつけてさ」
青い肌をした初老の男性に見える鬼。熊童子という古参であり、彼らはイブキにとっての四天王であった。
他にも配下の鬼はいるものの、まだ帰って来ていないようだ。集まり始めた鬼達を見て、貞光は順番に挨拶をして回る。
立場としては自分が一番下なのだ。こちらからするべきだと、貞光は星熊の時と似た内容の自己紹介を続ける。
英子という生きた証拠がある以上、四天王は貞光を認めるしかない。確かに優秀な鬼の子で、イブキの娘に相応しい。
貞光と英子を認めざるを得ない中で、更に新しいイブキの配下が帰って来た。蒼い輝きを瞳に宿す、厳めしい顔立ちの鬼だ。
「何騒いでんだよ? 姉貴、何かあったの…………は?」
「お帰り茨木。どうかした?」
イブキはとても自然な表情で、帰って来た茨木童子を迎えた。彼女の方針は、妖異として何も間違っていなかった。
東に余計な情報を与えない為、娘の存在を秘匿した事。産むならより強い鬼となる子を願った事。どちらも真っ当な判断だ。
しかし、茨木童子を相手にする場合のみ——大きな間違いだった。何故なら彼は、弟分として、男としてイブキが好きだったから。
弟分としか思っていなかったイブキは、彼の心の内を知らなかった。だから最悪の形で、イブキは示してしまったのだ。
茨木童子が番として選ばれる事はないという事実。そして、選んだ相手が鬼ではなく、人間の男性だったという事を。
BSSをされる茨木童子という設定をここで開示。




