第299話 親子の時間
山中を歩く1組の親子が居る。20代後半ぐらいに見える美女と、少し年下に見える美丈夫。とてもお似合いの夫婦に見える。
絶世の、という表現が誇張にならない母親。彼女に見合うだけの威厳ある父親。そして5、6歳ぐらいの幼い娘。
そこだけ見れば、何も不思議な点は見られない。母親と娘の額に、漆黒の鋭い角が生えている事にさえ目を瞑るならば。
更に言えば、娘は先日生まれたばかりである。決して、生まれて数年経った結果ではない。嘘のようで本当の話だ。
「何と言えばいいのか……鬼とはこうも成長が早いのか……」
父親である碓井貞光は、生後数日の娘、英子を見て驚いている。なにせ英子は、生まれた翌日には立って歩いていた。
生まれてすぐ言葉を発した程度で、種としての差は留まらなかった。3日で体格は倍ほどまで成長し、5日目の朝でこれだ。
天気がいいからと散歩に出たのだが、未だに貞光は自分の目が信じられていない。1週間も経たず、娘が大きくなっている。
これで納得出来る人間が、一体どれほど居るというのか。半月もせずに、娘が成人女性と変わらない外見になるのか。
そんな想像すら浮かんでしまう。子育ては楽でいいが、果たしてこれで親と言えるのか。悩む貞光に大江イブキが声を掛ける。
「ま、人間から見れば不思議だろうね。もう数日すれば、英子は人間で言う10歳ぐらいの姿になるよ」
「なんと……」
鬼の子がどのように育つのか、貞光は知らなかった。人間とそう変わらないだろうと、勝手に思い込んでいたのだ。
種族が違うと言っても、馬や牛、犬や猫だってここまで早くない。ここまでの成長を、貞光に想定出来よう筈がなかった。
あまりに貞光が驚いているので、イブキが説明を始める。鬼の子は一般的に、半月掛からず少年少女の姿を得る。
10歳から12歳ほどの外見で、最初の成長が止まる。これは親の妖力を、一定程度引き継いで生まれて来るからだ。
その妖力で成長可能な限界が、大体それぐらいの外見かつ体格だという。あとはゆっくり時間を掛けて成長していく。
「妖異の世界は弱肉強食。早く育ち、早く力を得ねば生きていけない。いつまでも赤子でいられないのさ」
英子と手を繋ぎながら、イブキと貞光は大江山の山道を歩く。話している内容はともかく、見た目は仲の良い家族だ。
「……妖異は妖異で、大変なのだな」
「英子は鬼だから、他の妖異より恵まれているけどね」
「はい、お母様とお父様の力で溢れています」
最強格の妖異、酒吞童子を母親に持つ英子は生まれながら強い。強靭な肉体と、多くの妖力を持って生まれている。
それだけでなく、貞光の影響も強く受けている。イブキの狙いは当たっており、通常の鬼の子より英子は保有妖力が多い。
「わ、私の力? どういう事だ?」
貞光だけは意味をよく分かっておらず、英子の発言を理解出来ていない。そこについても、イブキが解説をしていく。
感情に特化して作られた生命、人間は少しずつ進歩を続けて来た。今では当初の想定を上回る性能を発揮している。
妖異と変わらない程の知能、か弱い肉体を補う武具の数々。生活を良くする為に、開発した道具や制度は多岐に渡る。
ここまでの文明を作り上げ、今もなお成長を止めていない。感情はどんどん豊かになり、得られるエネルギーは上昇を続けている。
そんな人間が、妖異と子供を作れば新たな可能性を生み出す。だからこそイブキは、貞光と子供を作る道を選んだ。
「人間はねサダミツ、相当な量の妖力の素を生み出せる。それだけの豊富な感情、価値観を得た。死んだ人間が、幽霊へと進化してしまうほどに」
新たな境地へ進んだ人間と、妖異との間に子を産めば妖力に長けた存在となる。それがイブキの考えで、現状想像通りの結果が出ている。
英子は鬼の子にしては、異様に高い妖力を持つ。他者から摂取せずとも、自ら大量に生み出す能力を持って生まれた。
その根源にあるのは、貞光から引き継いだ人間の心。肉体性能がイブキより落ちたが、妖力が豊富ならカバー出来る。
明確な欠点にはならず、妖力で肉体を強化すればいい。もっとも、イブキと同等の肉体性能を得るには多大な時間を要する。
最低でも数万年は生きないと、それだけの妖力を得られない。しばらくは鍛錬と感情の摂取を続けていくしかない。
「そんな君との間に生まれた英子は、確実に次世代を代表する妖異になる。これは間違いないと断言出来るよ。妖異は感情が人間より希薄で、後から得る方法はない。だけど英子の妖力は、これから幾らでも得ていけばいい」
生まれ持った肉体の性質は、後から変えようがない。純粋な妖異に生まれた以上、感情という大きな力は自ら大量生成できない。
英子はその部分をクリアしており、生まれた時点から多くの妖力を生成している。他者に依存する必要性が大きく下がった。
もちろん、成長していく上で捕喰は必要となってくる。誰も人間を喰わないままで、成長をしていくのは難しい。
自身で生成する以上のエネルギーは、人間から摂取するのが一番だ。他の妖異よりは優れていても、やはり人間ではない。
純粋な妖異よりも妖力の生成に優れるが、外部からの補給は未だに必要である。そこは妖異である以上、避けて通れない。
「……なんとなくだが、分かった。それで、私はどうすればいい?」
貞光は父親として、英子に何をしてやればいいのか。妖異の子育てとは、いかなるものか。イブキに向かって問う。
「ただの父親で居ればいい。妖異としての些事は、私が全部教えられる。だけど、父親という役目はサダミツにしか出来ない」
「むぅ……難しい事を言ってくれるな……子育てなんて初めてなのだぞ」
「それは安心していいよ。私だって、子供なんて初めて作ったからね」
何がどう安心なのだろうと、貞光は首を傾げる。ただ少しだけ、イブキが楽しそうに見えた。何故だか貞光には分からないが。
ともあれ、彼は父親をやればいいらしいと把握した。自分の父親はどうだっただろうか。幼い頃を思い出しつつ考える。
父親とは、厳しくも優しい存在であった。貴族の生まれ、しかも特に高貴な血族の生まれとして、様々な教育を受けて来た。
同じ教育を、英子にして意味があるのだろうか。貴族女性らしい振る舞いを、教えていけばいいのか。だがどうも、それは違う気がする。
英子は皇族の血を引く者だが、人間ではないのだ。妖異として生きるのだから、教えるべきは戦い方になるのか。
「……すまないイブキ、妖異の家族とはどのような生活を送る? 君の家庭はどうだった?」
それは貞光の純粋な疑問。妖異の親とは、通常どうしているのか。参考にしようと思って聞いただけに過ぎない。だが——。
「さあ? 私に親は居ないからね。家族なんてものは、良く分からないんだ。この世に生まれたその瞬間から、私は鬼だったからね」
イブキに親は存在しない。初めて聞いたその事実に、貞光は思わず絶句する。親という存在を、知らぬまま生きて来たという。
家族という存在を知らず、血の繋がった兄弟姉妹も居ないらしい。ただ鬼として生まれ、今日までこうして生きて来た。それは——悲しい事だと彼は思った。
イブキには家族が居ない。妖異の親が何をするかは知っている。教えるべき内容も分かっている。だが家庭というものを持った経験がない。
だが今は違う。貞光がおり、英子が生まれた。妖異と人間が結婚するという制度はないが、家族として生きて行ける。
「……イブキ、もう私達は家族だろう? これから知っていけばいい」
「? どうしたのサダミツ? 真剣な顔をして」
「私が君に、人間の家族というものを教えるよ。英子にもね」
貞光の思う家族像は、妖異のものと違うかもしれない。人間の家族が、妖異にとって幸せかどうか分からない。
それでも貞光は、この日、心に誓ったのだ。永き時を生きながら、家族を知らない鬼の為、幸せな家庭を築いてみせると。
自分が父親なのだから、幸せにしてみせると誓う。例え人間と鬼であっても、愛している事に違いはないのだから。
愛する女性と、その間に生まれた娘。1人の男として、全力で愛すると決めた。例え自分が、あと何十年も生きられないとしても。
電撃小説大賞一次通らず! 突貫作業だったので妥当な終わり。




