第298話 酒吞童子の娘
妲己との話し合いを終えてから数ヶ月。酒吞童子、大江イブキと碓井貞光が肉体関係を持ってから、2年半が経過した頃。
遂にイブキが、貞光との子を身に宿した。とは言え、外見的な見た目からは全く分からない。どう見てもいつも通りだ。
人間の妊婦と違い腹部が膨らむ事はなく、妊娠期間も全く違っている。出来たと分かるなり、すぐ生まれるのが鬼である。
この辺りは妖異によって大きく違ってくる。例えば元が狐である妖狐は、狐だった頃の繁殖方式の影響を受ける。
狐は大体妊娠期間が2か月ほどで、一度に数匹の子を産む。妖狐もほぼ同じ妊娠期間で、出産する数も変わらない。
どのような形式を取るかは妖異次第だ。元が蜘蛛なら蜘蛛と同様。元が狼ならば、狼の影響を色濃く受ける。
では生まれた時から、元から妖異だった者達はどうかというと、これもまた種族によって様々であった。
人間に最も近いのは雪女で、人間と変わらず一度の出産で生まれる個体数が似ている。双子や三つ子は稀だ。
妊娠期間は人間の半分ほどで、半年もせずに生まれて来る。ただし人間と違い、赤子の時点で知能が高い。
これは雪女だけではなく、妖異の子供全員に共通している。この世に生まれ落ちた瞬間から、親の知識を一定程度継承する。
「な、なるほど……しかしイブキ、本当に私達の子がここに?」
妖異の子供と出産について教わりながら、貞光はイブキの腹部を見ている。とても子供が宿ったようには見えない。
だが人間だって妊娠が分かってすぐ、お腹が膨らむわけではない。大抵は悪阻の始まりや、月経の有無で前もって分かる。
膨らみ始めるのは数ヶ月経ってからの話だ。今から変化が現れる筈も無い。最初は貞光だってそう思っていたのだ。
「そうだよ。夕方には生まれるかな」
問題なのは、妊娠の発覚から出産までの恐るべき早さだ。妊娠が確定したのは、今朝になってから。貞光が知ったのは昼になってから。
何でもない雑談かのように、イブキが生まれると言い出したのだ。そんな急展開にもなれば、貞光だって冷静さを失う。
信じられない話だが、鬼の妊婦と出産は恐ろしくスピーディーである。妊娠までに一定の期間が必要なのは、鬼も他の生物と同じ。
ただ妊娠してからが異様に早い。これは鬼という生命が、それだけ強大な生命だからだろう。すぐに体が出来て、生まれて来る。
「な、なんという事だ……まさか鬼の子がそのような生まれ方だったとは……。それで、私はどうすればいい?」
「産むのは初めてだけど、大体は知っているよ。何もしなくて大丈夫さ」
「い、いやしかし——医師を今からでも呼ぶべきでは?」
落ち着きのない貞光は、何かすべきではと慌てている。対するイブキは、堂々と昼間から酒を飲んでいる。
冷静になるようにイブキが諭し、貞光は言われるがままイブキの隣に腰を下ろす。洞窟の前で、丸太に並んで座っている。
そもそも人間の出産と、妖異の出産は違う。今説明したばかりだろうとイブキが言う。人間のように補助など必要ないのだ。
人間の母親が妖異の子を産む場合ならともかく、イブキの場合は生粋の妖異だ。母体の頑丈さが最初から比べるまでもない。
子供だって、鬼として生まれて来るのだ。か弱い人間の赤子とは何もかも違う。鬼が出産で命を落とす心配はない。
「妖異によっては、出産するなり死ぬ場合もあるけどね。元が虫の妖異にその傾向がある」
「……鬼だから、大丈夫だと?」
まだ心配そうにしている貞光に、堂々とイブキは頷く。そうでなければ、こんな風に酒を飲んでいないと断言した。
そこまで言われると、貞光は何も言えない。妊娠していると言っても、イブキは人間でないのだ。人の常識で考えてはいけない。
結局そのまま時は過ぎ、太陽が傾き始める。そろそろだとイブキが言うので、再び貞光が落ち着きを無くす。
そんな彼を微笑ましく思いながら、貞光を連れてイブキは住処である洞窟へ移動する。薄暗い洞窟内で、イブキは衣服を脱いだ。
「サダミツ、君が受け止めてくれるかい?」
「あ、ああ! もちろんだとも!」
それから起きた事を、貞光は驚きと共に受け止めた。何ともあっさりと、特に苦労もなく子供が生まれて来たからだ。
人間の出産は長時間に渡る戦いだが、鬼の出産はとてもシンプルだった。母親から赤子が出て来て、それで終わり。
イブキが苦しむ様子もなく、赤子が泣き叫ぶ事もない。額に小さな2本の角を生やした、可愛らしい幼子が目を開ける。
母親とへその緒で繋がっておらず、体は最初から綺麗そのもの。血で汚れている様子もなく、真っ直ぐに貞光を見つめている。
服を着直したイブキが、貞光の隣に座った。生まれて来た赤子は女の子らしい、という判断だけは貞光でも出来た。
「お父様、お母様」
鈴の鳴るような声で、赤子が口を開いた。いきなり言葉を話した娘に、貞光は今日一番の驚きを見せる。思わず固まっている。
「うん、特に問題はないらしい。妖力も安定しているね」
「……い、イブキ……気のせいか、言葉を話したように思うのだが?」
今日に子供が出来たと知り、あれよあれよと出産まで至った。父親になったという自覚を得る前に、娘が話しかけて来た。
これで驚くなというのは、流石に無理があるだろう。いくら妖異を見慣れたと言っても、貞光は人間の男性なのだから。
初めて目にした妖異の赤子が、自分の娘で生まれるなり高い知能を持つ。あまりの出来事に、混乱するのも当然の話。
「当たり前でしょ? 人間の赤子じゃないんだから」
「い、いや、そうなのだが……鬼の子はこうも利口なのか……」
人間の赤子と違い、娘の目には知性の輝きがある。しっかりと両親を認識しており、もう会話が成立する知能を持つ。
貞光が混乱している間に、イブキが娘に話し掛けて知識の確認を行っている。自分が何者で、どれだけ親の知識を継承出来たか。
教えずとも分かっている知識について、母子の間でキャッチボールが行われた。とても赤子とは思えない博識さを持っている。
「? お母様、お父様はどうされたのですか?」
「なに、鬼の子を見たのが初めてだからね。驚いているのさ」
何から何まで驚愕の連続で、貞光はもう着いて行けていない。ただイブキと娘のやり取りを見ている事しか出来なかった。
しばらく置物と化していた貞光だが、月が昇る頃には現実を受け止めていた。どうであれ、自分が父親で娘が生まれたのだ。
元からここ2年半ほど、子供を作る前提でイブキと過ごして来た。いつかはこうして、イブキと共に子育てをする日が来る。
頭では分かっていたものの、少々思っていた形では無かったというだけ。父親としての自覚が、少しずつ芽生えてきた。
「それでイブキ、この子の名前はどうするのだ?」
「うーん……妖異って、生まれたからって名付ける習慣がないし」
「そ、そういうものか……」
言われてみれば、イブキがイブキと名乗ったのは出会ってからだった。5年近く前の記憶を、貞光は思い出した。
今ではイブキと呼んで当然だから、失念してしまっていたのだ。人間のような名付けを、妖異は基本的に行っていない。
「ま、せっかくだし人間の方式を真似てみようか。貞光が決めてくれていいよ」
「む……私が決めるのか……」
貞光はどんな名前をつけようか悩む。人と鬼の間に生まれた娘。イブキの説が本当ならば、将来優秀な鬼になるだろう。
ならば相応しい名をつけるべきだろうと彼は考えた。選ばれし者、優れた者、強き者、酒吞童子の跡を継ぐ者。
名前負けしてしまってはいけない。皇族の血を引く自分の娘でもあるのだ。人としての立場も考慮に入れる。
「……秀でた娘、英子という名はどうだろう?」
「へぇ、いいんじゃない? それでいいかい?」
イブキは胸に抱いた娘へ確認を取る。意味はちゃんと伝わったらしく、彼らの娘は英子という名を受け入れた。
こうして貞光とイブキは、両親として娘を育てる日々を始める。その生活は、幸せな親子そのものだった。
本編とは何ら関係ないのですが、本日が第33回電撃小説大賞の一次選考が発表となります。
本作とはまた作風の違う、ポストアポカリプス風味な現代ファンタジーを書いて応募しておりました。
果たしてどうなるやら。




