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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第9章 イブキの過去と彼の運命
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第294話 酒吞童子と妲己

 大江(おおえ)イブキは碓井貞光(うすいさだみつ)に、かつて起きた事を語る。数百年では済まない遥か昔の話だ。中国最古の王朝、(いん)王朝の頃。

 中国大陸を支配していた殷王朝を、影で支配していた者が居た。何代にも渡って姿を変え、帝の妃を続けた妖狐である。

 その時点で、数えきれない程の年月を生きていた金毛九尾。姿に合わせて名も変えていたが、本当の名は妲己と呼ばれていた。

 鮮やかな金色の体毛は、シルクよりも艶やかな輝きを放つ。溜め込んだ膨大な妖力が、9本もの尾に現れている。

 狐から妖異へと至った者は、強者ほど尾の数が多くなる。その最大本数が9本であり、九尾は妖狐の最高到達点だ。


 人間を裏から操っている彼女は、普段から人間のフリをして生きている。帝の妃として、優雅な暮らしを続けて来た。

 そんな殷の王城にて、とある催しが行われていた。それは各国を代表する妖異を呼び、会議を行うというもの。

 無駄な妖異同士の争いを極力避けて、いかに上手く人間を養殖していくか。主にその内容について、情報交換を行う。

 簡単に言えば、畜産関係者同士の意見交換会だろうか。もっとも、そんな言い方をされて喜ぶ人間は居ないだろうが。

 ともあれ、煌びやかな王城の謁見の間にて、多くの妖異が集まっていた。当然ながら、玉座に座るのは帝ではない。


「よく集まってくれたわね。我が城は何でも揃っているわ。欲しいモノがあれば、部下達に好きなだけ頼むといいわ」


 純金や宝玉で装飾された玉座に、座っているのは九尾の狐。大陸の覇者、もしくは傾国の美女と呼ばれる妲己だ。

 優雅に微笑みを浮かべながら、立派な扇で口元を隠している。強者としての振る舞いを、よく分かっているようだ。

 主催側だからと、来賓への配慮は最大限見せつける。あくまで圧倒的な強者だと、財力をもって示している。

 実際、彼女であれば好きなだけ人間を準備出来る。大陸で暮らす人間は爆発的に増えており、幾らでも融通が利く。

 欲しいならば分けてやっても構わない。これはそういう意図を含んでもいる。見せびらかすだけ余裕があるという事。


「相変わらず、いけ好かない女狐だねぇ。酒吞、お前もそう思うだろ?」


 黒に白のインナーカラー、シャチを思わせる配色の頭髪を持つ豪快な女性。この頃はまだ、(みどり)とだけ名乗っていた冷泉翠(れいせんみどり)がイブキに囁く。

 日本から殷を訪れていた西の代表は、イブキと翠である。東からは下野国(しもつけのくに)から九尾の白狐と、東北から雪女が来ていた。


「ああ、全く。相変わらず男を囲うのが好きらしい」


 玉座の足下に、見目麗しい美男子を侍らせる妲己を見ながらイブキは呟く。悪趣味だと瞼を細めながら。


「……それはアタシも該当するんだけどねぇ?」


「翠はあそこまで露骨にやらないだろう?」


「そりゃそうさ。あんな真似はしないよ」


 来賓用に準備された席で酒を飲みながら、イブキと翠は雑談を続ける。女狐の演説になど、興味はないと言わんばかり。

 もちろんその程度、妲己だって把握している。何度も領土を巡り、争いを続けて来た間柄だ。今更配慮なんてしない。

 大陸から西日本は近く、時折侵略を受けて来た。その場合に前線で戦うのは、大体イブキと翠が中心となっていた。

 日本列島を我が物にしようとする妲己と、イブキは何度も戦っている。簡単には語りつくせない程、長い年月を争いに費やした。

 結局防衛に成功しているが、妲己の野心は消えていない。少なくともイブキと翠は、そのように捉えている。


「あら? 酒吞と海賊じゃない。よく来てくれたわね」


 挨拶回りをしていた妲己が、イブキ達の席へやってきた。豪華な装飾の派手な衣装は、高価な生地が使われているようだ。

 宝石が大量に散りばめられた装飾品は、どれだけ国民の税が消費されたのだろう。傾国の肩書は、伊達ではないらしい。


「海賊じゃねぇ翠だ。覚えろって何度言えば分かる?」


「ごめんなさい。人魚なんて多過ぎるから、いちいち名前を覚えていられないのよ」


 翠の鋭い目と、微笑む妲己の間で火花が散る。昔からこうして、馬が合わなかった。顔を合わせれば険悪な空気を生む。


「それで、今度は何の用だ妲己?」


 迷惑そうな表情で、酒を飲みながらイブキが問う。用事もないのに、妲己がイブキに話し掛ける事なんてないのだから。

 イブキは妲己を嫌っているし、妲己もイブキを粗野な蛮族と敵視している。土地を奪い合う敵として、何度も殺し合って来た。

 しかし同時に、何の因果が絡んだ結果だろうか。妖異の女性を代表する美女として、両者とも男性陣から讃えられている。

 そこに翠までいるのだから、お近づきになろうとする男性は多い。互いに牽制し合って、結局誰も近くまで来られない。


「前も言ったでしょう? 貴女も私の傘下に入らない?」


「お断りだ。貴様の争いに、加担するつもりはない」


 争いを続けて来たのは事実だが、こうして手を組む提案も何度か受けた。特に最近はその傾向が強く、打診を受ける頻度が上がった。

 妲己としては、大陸の覇道を巡る争いに勝つ為の戦力が欲しい。彼女を追い落とそうとする勢力が、徐々に力をつけている。

 国内の妖異を纏め上げ、下剋上を図ろうとしているのだ。勝つ為ならば、敵であろうと利用する。妲己はそう考えてイブキを選んだ。

 自分が負ければ、もっと面倒な奴が敵に回るぞ。そう暗に訴えて協力を取り付けようとした。しかしイブキの答えは否だ。

 大陸の覇権争いなど、自分には関係がない。新しい支配者が何者であとうと、自らの力でどうとでも出来る。そうイブキは判断した。


「あら、つれないわね。何度も殺し合った仲じゃない」


「何だそれは、気持ち悪い。女狐らしくないぞ」


「……そう、かもね」


 意味深な憂いを見せた妲己は、それ以上イブキに絡まなかった。彼女なりに何かしら、心配事でもあるというのか。

 一瞬そんな事を考えたイブキだったが、付き合う義理もないので放置した。会合はそのまま進み、最後は解散して終わった。

 それで終わり、だと思われたが違ったのだ。それから妲己は劣勢に追い込まれ、その地位を追われる事になったという。

 妲己の失脚から2千年近く経ち、貞光の生きた時代へと至る。海からイブキへ届いた連絡は、その妲己が日本へ移住を狙っているという報告だ。


「……なるほど。随分と根が深い話のようだ。まさか、あの傾国の美女が妖異だったとは……」


 イブキの説明を受けて、今起きている状況を把握した貞光。経過した年月については、正直理解するのは難しい。

 50年前でも大概だというのに、2千年ほどの期間と言われれば未知数過ぎる。ただの人間には、実感出来る筈がないのだ。


「全く、困った話だ。何を思って今更こっちへ来るつもりなのか」


「そのような国外の妖異を、受け入れる事はあるのだろうか?」


「……ない、とは言えない。ただ、アイツは例外だ。戦力バランスが問題になる」


 他国から来た妖異を受け入れた事はある。ただし、周辺の国から苦情が出ない範囲でなら、という前提条件がつく。

 各国の戦力バランスが崩れれば、当然ながら不満を持つ者が出て来る。他地域へ侵略をするつもりかと、疑われてしまう。

 過剰な戦力の増強は、邪推を誘う切っ掛けになり得る。ましてや妲己の受け入れとなれば、まず大陸が黙っていないだろう。

 どういうつもりかと、間違いなく説明を要求されるだろう。最悪の場合は、海を渡って会談をする必要が出てしまう。無用な軋轢を生む。

 それに妲己が大陸へ侵攻をしない、という保証も現状はない。返り咲く日を狙っているのでは、と思われる可能性は高い。


「そういう事か……何とも厄介な話だな」


「分かってくれたね? じゃあ少し付き合えサダミツ。アイツと話すのは疲れるからね」


 日本への移住を試みているらしい妲己と、阻止したいイブキ。話し合いをする為、貞光を連れてイブキは北へ向かう。

 イブキが貞光に求めているのは、妲己と交渉する役目ではない。多大な疲労を伴うだろうから、そのケアをして欲しいのだ。

 共に居る内に、イブキにとって貞光の重要性は上がっている。疲れた時に、癒しを与えてくれる相手なのだ。それほど彼は、大切な存在だった。

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