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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第9章 イブキの過去と彼の運命
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第292話 京の都と守護者

 夕焼けに染まる京の都。日本の中心だけあって、行き交う人々はとても多い。今も大勢が通りを歩いている。

 他の地域から来た行商人が、路上で商品を並べている。小さな子供を連れた女性は、きっと母親なのだろう。

 農民の服装をした男性、漁師と思われる集団。牛車に乗った貴族が、自宅へ向かって移動していく。

 武装した男性達が、周囲を確認しながら歩いている。彼らは平安時代における警察、検非違使(けびいし)と呼ばれる存在だ。

 警察でありながら、裁判官としての権力も有している。つまり彼らは、独自の判断で刑の執行を行う事さえ可能。


「そこの行商人、品を確認させて貰おうか」


「は、はい。どうぞ」


 彼らは都の治安維持を目的とし、怪しい者がいないか監視と巡回を行っている。こうした活動は日常的であった。

 この時代にも犯罪者は存在し、京の都とて無縁とは言えない。むしろ流入が多い分、治安を脅かす者は多い。

 だからこそ、検非違使の警戒感は強い。特に見知らぬ余所者ほど、危険な人物でないか何度も確認される。

 暗くなれば、その分悪意ある者は動き易くなるもの。放火に強盗、空き巣行為。あらゆる犯罪が行われてしまう。


「ふむ、問題はないようだ。暗くなる前に帰るように」


 検非違使はもちろん、武士達も警戒しているが犯罪は起きてしまう。治安が良いとはとても言えない。

 主に民家や貴族の屋敷を狙う強盗は多発。殺人や拉致などもあれば、貴族の汚職事件だって起きている。

 厳密な犯罪率に関するハッキリとした記録がないものの、現代の京都と比べれば圧倒的に危険な町だった。

 凶悪犯罪が日常的に発生し、検非違使があちこちに派遣されている。毎日のように、誰かが捕まってしまう。

 犯罪を犯す理由は様々で、人格的問題の場合もあれば、貧困が原因という者も居る。そこは現代と変わらない。


 殺人が好きという異常者も中には居る。窃盗が癖になってしまい、あちこちで何度も捕まった者だって居ただろう。

 どれだけ時代が違っても、人間が犯す罪は昔からそう変わらない。その上、妖異まで人間を狙っていたのだ。

 犠牲になる者は大勢居た。ただの殺人犯と思って検非違使が向かえば、妖異だったという場合もあった。

 様々な形で人間が犠牲となる時代だったのだ。そんな空気の中で、純粋で穏やかな人間は怯えて暮らすしかない。

 不安を抱えて生きている人々は多い。今もまた、誰かの悲鳴が暗くなった都の一角で響き渡った。


「聞こえたか!?」


「あちらの方だ!」


「急ぐぞ!」


 検非違使の男性達が、慌てて駆けていく。夜の都で起きた新たな事件に、近隣の住人達は恐怖に震えている。

 また誰かが襲われたのか。それとも死体でも見つかったのだろうか。嫌な想像が、周辺住民達の間で駆け巡っていく。

 いつもの事だと、受け流す者も中には居るだろう。だが、そんな者は少数派に過ぎない。多くの者は恐怖を覚える。

 怯える妻や子供を、父親が落ち着くように宥めている。戦々恐々としている中で、検非違使達が現場に到着した。

 そこには尻餅をついた若い女性と、抜刀した若い男性が怪しい人影と対峙していた。人影の方は、暗いせいで顔がよく見えない。


「一体何があった!?」


「そこの者、説明して貰おうか!」


 若い男性と人影に向かって、検非違使達がそれぞれ近づいていく。だがその行動を、若い男性が慌てて制止する。


「待て! そやつに近づくな!」


「何を言って——」


 意味が分からないと、検非違使の1人が無警戒のまま人影の近くへ移動した。次の瞬間には、彼の首が体から離れた。

 男性の首が地面を転がり、真っ赤な血が残された体から噴き出る。再び若い女性の絶叫が響き、検非違使達もざわめく。

 ほんの一瞬に何が起きたのか、彼らには分からない。この場で状況を理解しているのは、この場に1人しかいない。


「全員下がれ! 私より前に出るな!」


「あ、貴方は!? 碓井(うすい)殿!?」


 検非違使達が手に持った松明が、若い男性の正体を照らし出す。京の都を代表する武士の1人、碓井貞光(うすいさだみつ)だった。

 身元がしっかりしている以上、検非違使達が貞光を疑う理由はない。怪しむべきは人影の方と、彼らは瞬時に察した。

 彼らは松明の火を人影に向ける。同時に、月を遮る雲が少しズレた。顔の見えない人影に、複数の明かりが集中する。

 照らされた先には、人型のバケモノが立っていた。あくまでシルエットだけなら、人間のように見えている。

 だが致命的に違っている部分がある。耳元まで裂けた口、鋭い歯は猛獣の牙より恐ろしい。老婆のような格好をした異形。


「なっ——何だアレは!?」


「あれが妖異だ。不用意に近づけば死ぬぞ」


「あっ、あれが……」


 検非違使達はまだ若く、妖異と遭遇した経験がなかった。人ならざる外見を見て、驚く事しか出来ていない。

 対する貞光の方は冷静だ。大江(おおえ)イブキとの出会いから既に四年が経過。二十四歳となった貞光には、妖異なんて見慣れた相手。

 これまで何度も対峙し、戦闘を繰り返して来た。その数は100を超えている。もはや歴戦の勇士と言える領域に居る。

 彼が真っ直ぐと見据えている相手は、どこにでも居る妖異の定番。餓鬼と呼ばれる低級の大した力を持たない存在。

 だがそれは、妖異の中での評価に過ぎない。基本的に妖異と人間の間には、あまりに大きな開きがるのだから。


 餓鬼と比べれば、殺人犯の方が幾らかマシだろう。まだ相手が人間なだけ、武器さえあれば対抗ぐらい出来る。

 だが低級であろうが、妖異は人外の圧倒的な強者だ。ヒグマぐらいなら、簡単に殺してしまえる膂力を持つ。

 一撃で殺された検非違使が良い例だろう。少し近づいただけで、首を鋭い爪で斬り落とされてしまったのだから。

 決して人間が油断していい相手ではないのだ。とは言え、貞光の場合は少し違う。彼はもう、妖異との戦いに慣れている。

 この状況に焦れたのか、餓鬼が猛スピードで貞光達へ飛び掛かる。その程度、読んでいたとばかりに貞光が握っていた刀を振るう。


「グギャッ!?」


 刀身に巻かれた護符の効果が発動し、激しい雷撃が餓鬼を襲う。紫電の結界に弾き飛ばされて、餓鬼が路上を転がった。


「貴様の好きにはさせぬ。貴様は今日ここで、裁かれるのだ」


「ググッ……人間風情が偉そうに」


 刀身が直撃した腹部を抑えながら、老婆のような餓鬼が立ち上がった。貞光を警戒しているが、素直に逃げる気はないようだ。

 イブキの狙い通り、妖異は人間から逃げようとしない。低級の妖異ながら、彼女なりにプライドがあったのだろう。

 斬撃を受けた腹部には、刀傷が出来ている。所有する妖力が低いせいか、貞光の刀でも手傷を負わせた。故にこのまま逃げ帰れば、妖異の恥だ。

 しかしその傷も、徐々に回復していく。餓鬼にしては、強い方なのだろう。確かな自信のようなものを感じさせる。

 彼女は何も知らないのだろう。貞光がここに居るという事は、彼の相棒が近くまで来ているという事実を。


「よくやってくれたサダミツ。さて、この盗人をどうしようか」


 頭上から飛来した人影が、地面を揺らしながら着地した。長い美しい黒髪を後頭部でまとめた、異様に美しい美女だ。

 月明かりと松明の炎が、イブキの美貌を照らす。貞光よりも高い背丈に、恐ろしく整ったグラマラスな肢体。

 そして、紅い輝きを宿す2つの瞳に鋭く尖った額の角。彼女もまた、人間ではないのだと検非違使達は察した。

 彼女の美しさに見惚れるだけでなく、状況を冷静に把握しようとした。その結果、彼らもイブキの正体に気づいた。


「しゅ……酒吞童子……様」


 あまりの迫力に、思わず頭を垂れそうになる検非違使達。神々しさすら感じさせる圧力が、イブキから放たれている。

 だがそんな彼らを無視して、イブキは餓鬼に近づいていく。長く伸びた右手の爪が、月光を受けて煌めいた。


「なっ……何故こんなに早く酒吞童子がっ!?」


「もう聞き飽きたよその言葉。学ばないバカはどうしようもないね」


 検非違使達とは違う形で、京の都を守っている者達が居る。それは貞光であり、酒吞童子、イブキでもある。

 こうして協力して妖異を狩り、捕まえ、追放して来た。貞光からすれば、もう四年。だが妖異からすれば僅かな時間。

 未だに学習をせず、こうして京の地を襲撃する妖異達が現れる。四年が経っても、この活動は続けられている。

 この日も東から来た餓鬼が、その首を刈り取られた。素早く解決した貞光とイブキは、夜の闇に消えて行った。

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