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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第9章 イブキの過去と彼の運命
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第291話 妖異を狩る者

 東の妖異による妨害行為。若い人間を減らすという策略は、何も京の都にだけ行われたのではない。

 西日本全体に対する策として、各地に刺客が散らばっていた。あちこちで若者が行方不明、もしくは殺害される被害に遭遇。

 いち早く察知した大江(おおえ)イブキが、部下を各地へ派遣。現地の支配者と連携しつつ、対策及び刺客の炙り出しを行っている。

 現代と違い、平安時代に監視カメラなんて便利な代物はない。妖異対策課も存在せず、調査はどうしても難航してしまう。

 支配者の多くは、人間の動向をいちいち監視しない。人間に化けるという戦略は、とても理にかなっている。


 だがその戦略も、イブキに暴かれ始めて効力を失いつつあった。彼女の部下を通じて、見破る方法が完成に近づいている。

 そう遠くない未来に、支配圏を囲う結界が改良されるだろう。妖術で人間へ化けた妖異が、自動的に発見される仕組みを作っている。

 現在は試験的に京の地で運用されており、完成度は日々上昇している。また、人間の協力者を使う方法も共有された。

 碓井貞光(うすいさだみつ)という前例が、イブキの予想以上に上手く成功。妖異のプライドと、欲深さを逆手に取った戦術が見事に嵌った。

 しかし、だからと言って人間の価値は未だ低いまま。イブキのように評価を改め、未来を見据えていた妖異は少なかった。


 この頃はまだ、イブキを除けば人魚と雪女しか、人間の新たな可能性に気づいていない。半妖と見下す者ばかり。

 それは、イブキが派遣した部下達の中にも含まれている。彼ら古参の妖異から見れば、人間はまだ生まれて間もない生命だ。

 人間が生み出されて、700万年ほど経過した。しかしそれは、人間という個体が700万年生き続けたという意味にはならない。

 せいぜい数十年すれば、寿命を迎えて死んでしまう存在。あらゆる能力を感情に振り切ったせいで、極端な寿命になった。

 たった数十年の生命では、妖異にとって未熟も未熟。千年生きても若造の世界において、人間の評価が低くなるのは仕方がない。


 イブキが人間の評価を改めても、部下達が懐疑的なのは当然か。そんな人間を低く見ている鬼が、夜の闇に紛れて大木の頂点に立っている。

 場所は和泉国(いずみのくに)、現代で言えば大阪府の南西部辺り。国府(こくふ)と呼ばれる地方自治の一端を、京の都により定められた拠点の1つ。

 物流と宗教信仰が盛んな土地で、とある村を監視していた。東から送り込まれた刺客、人に化けた妖異の潜伏先。

 鬼にとって、暗闇など何の障害にもならない。蒼に輝く2つの瞳で、少し離れた村をジッと見つめている。

 見た目は荒々しさを感じさせる若い男性のようだ。外見年齢だけならば、20代の半ばぐらいか。大男、という表現が似合う巨漢。


(くず)()、例の男を見つけたぞ。今から送り込んだ人間が接触する」

 

 大柄な男性は、手に持った護符へ向かって話し掛ける。いつもイブキが使っている護符と、似た外見をしている紙の札。


『こっちでも確認出来たわ。逃げ出しても追いかけられるで』


「ハッ! 人間どもはともかく、俺が見逃す筈ねぇだろ?」


 この時代に、スマートフォンなんて便利な通信機器は存在しない。こうして妖術を使った、遠距離通信が当時の主流だ。

 彼が連絡を取っているのは、葛の葉と呼ばれる真っ白な妖狐だ。イブキに救われた恩があり、頭が上がらない女性である。


『せやったな。茨木童子がそう簡単に、獲物を逃がしはせんか』


「そういう事だ。酒吞の姉貴の弟分として、あんなチンケな奴に逃げられてたまるか」


 大木の上に立っていたのは、茨木童子という名の鬼だ。大昔に酒吞童子の強さに惹かれ、弟子入りをしたという過去を持つ。

 それ以来彼は、イブキを姉貴と呼んで慕い続けている。いつか彼女のような、最高峰の鬼となる目標を掲げ続けてきた。

 イブキに一歩及ばないものの、十分な強さを持つが妥協していない。何故なら彼は、イブキを守れるぐらい強くなりたかった。

 師として憧れていたと同時に、女性として愛してもいたのだ。長年持ち続けた好意であるが、まだイブキに告げた事はない。

 いつか、イブキよりも強くなったら。そんなある意味で男性らしい想いを抱えていた。そういう意味では、碓氷雅樹(うすいまさき)と似ていた。


「お、なんだ。天狗かよ。しかも大した妖力を持っちゃいねぇ」


 彼が命じた人間の武士達が、戦闘を開始していた。その様子を視界に捉え、人に化けていた天狗の評価を口にする茨木童子。

 茨木童子と比べれば、天狗はどうしても少し格が落ちる。身体能力と妖術に優れているが、どちらも秀でた鬼には敵わない。

 イブキに教えを受けた茨木童子を筆頭に、配下の部下達は万能な者が多い。文武に秀でた優秀な妖異を育成している。


「で、処分はどうする? 追放か? それともここで殺すか?」


『彼はちょっとやり過ぎやな。見せしめ、という意味でも生かす意味はあらへんな』


「そうかい。なら殺すか」


 大木の上から跳躍した茨木童子が、目的の村に向かって跳んでいく。激しい落下音を立てながら、地上に降り立った鬼。

 7尺(2メートル)はある見上げるような背丈。分厚い胸板は城壁かと思う程。厳めしい顔立ちの野性味に溢れた雰囲気。鋭い牙が口元から覗く。

 蒼い輝きが闇夜に輝く。額から生えた禍々しい1本の角は、太く鋭利で、白い輝きを放つ。一目で鬼と分かる恐ろしい外見。

 舞い上がった砂埃が晴れると、その向こうに赤い肌の人型が立っていた。長い鼻と黒い翼を持つ天狗が、乱入者を警戒していた。

 最初から協力関係にあった武士達は、驚きもせずに歓迎している。強力な助っ人が来てくれたのだから当然だろう。


「よぉ余所者。俺ら西の妖異の土地で、随分と好き勝手に遊んでくれたじゃねぇか。なぁ?」


「き、貴様——まさか茨木童子か!?」


「へぇ。東の馬鹿でも、俺の顔ぐらい覚えていやがったか」


 天狗は相手が強者と分かり、飛んで逃げようとしている。だがそんな隙を与える程、茨木童子は優しい鬼ではない。


「ギャッ!?」


 あっという間に距離を詰めた茨木童子が、天狗の背後に回って剛腕を振るう。ただの一撃で、天狗の翼をもぎ取っていた。

 空を飛ぶという唯一の逃走手段を失い、天狗は焦りを覚えている。ならばと幻術を使うが、茨木童子には通用しない。


「下手な小細工だな。姉貴の術と比べたら、子供だましもいいところだ」


「ばっ!? ばかな!?」


 別の方向へと逃げる幻術を生み出し、自分の姿を透明にした天狗。だが茨木童子の言う通り、そんなものは無意味だ。

 妖異としての存在感を消しきれておらず、未完成というしかない。人間や弱い妖異であれば、騙せたかもしれない。

 だが茨木童子は圧倒的強者の側。小手先の技術だけで、逃げられるような相手ではないのだ。目を付けられた時点で、詰んでいた。

 逃げ出せないように、太い腕が天狗の首を荒々しく掴む。強く握られたせいで、天狗が呻くも茨木童子は気にも留めない。


「じゃあな。バカなテメェの生き方を、せいぜいあの世で悔いな」


「いっ——命だけは——」


 命乞いを始めようとした天狗。しかし回答は生々しい音で示された。肉と骨が潰れる鈍い音。悲惨な光景に武士達が怯える。

 自分達では傷ひとつ付けられなかった相手を、簡単に殺して見せた大男。武士達から見れば、天狗よりも遥かに恐ろしい。

 そんな彼らにもう終わったと告げ、茨木童子は武士達を解散させる。次はどうするかも教えず、彼は再び跳躍して姿を消す。

 困惑する武士達を現場に残し、茨木童子は木々の枝を飛び移りながら移動していく。彼はそのまま葛の葉へ報告を入れる。


「終わったぜ葛の葉。もうすぐそっちへ戻る」


『お疲れさん。そういえば、酒吞がなんや名前を改めたらしいな? 大江イブキやっけ?』


「ああ、そうらしい。人間の真似なんて、なんでやるんだろうな?」


 妖異の名は、二つ名のようなモノでもある。人間のように、個を示すような名付けは殆どしない。

 だからこそ新鮮だったのか、葛の葉もイブキの真似をしようとする。茨木童子は理解できなかったが、いずれこの流れは全国に広がる。

 人間の文化が進歩し、妖異が人の社会に紛れる生活様式へ変わっていく。その始まりは、この頃から兆しがあった。

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