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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第9章 イブキの過去と彼の運命
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第281話 新たな関係性

 惨劇のあった村の一角で、複数の影が見られる。月明かりの下で、焚火を囲んで座っていた。

 その正体は大江(おおえ)イブキと、山伏の格好をした源頼光(みなもとのよりみつ)達だ。両者の間に流れる空気は違っている。

 イブキは平常通りという様子で、気怠げな表情を浮かべている。まるで何も無かったかのよう。

 対する頼光一行は、どうにも苦しそうにしている。その理由は色々とあった。まずは人的被害について。

 ネズミ男に殺されてしまったのは、多くが村の若い男性達だ。このままでは、村の維持に問題が出そうだ。


「改めて聞くけど、もう敵対するつもりはない。そういう事で良いんだよね?」


 村の被害だけでなく、彼らを苦しめている問題がある。それは、彼らが大江山を訪れた理由について。

 最初から、全てイブキは見抜いていた。彼らが酒吞童子を討伐するという、後ろ暗い目的を持って来たという事を。

 しかし、京の都で起きていた失踪事件の元凶ではなかった。全くの無関係ではないものの、明らかに非はない。

 任命された通り、討伐目的で対応していれば不味い事になっていた。碓井貞光(うすいさだみつ)の提案が無ければ、最悪の結末を迎えたかもしれない。


「……申し訳ない、我々の勘違いだったようだ」


 頼光に続く形で、彼らは頭を下げる。誠心誠意の想いを込めた、真剣な謝罪であった。無実の罪だったのだから当然か。

 そもそも、人間側の無知が問題であった。酒吞童子の正体を知らず、どのような存在かも正確に把握していない。

 勝手な噂のみが流れており、その多くが間違いであった。恐らくは、面白おかしく噂を流した者が居たのだろう。

 もしくは、子供を叱る上で体よく使われた結果だろうか。真実はどうであれ、イブキの側に一切の悪意はない。

 全面的に信用できるかはともかく、人間を害する意思は見られない。害意があるなら、彼らはとっくに殺されている。


「謝れとまでは言っていないんだけどね。まあいいさ、謝罪は受け取っておくよ」


「……感謝申し上げる」


「それよりさ、酒の続きと行こうか。まだ色々と聞きたいようだし」


 まるで不快に思っていないようで、イブキは酒の席を再開しようとする。頼光達は顔を見合わせて、困惑している。

 貴族の世界で無実の罪を着せたなど、重い処罰を受けても文句は言えない。だが、何の罰も与えないというのか。

 あまりの寛大な措置に、頼光達はどうしていいのか分からない。頼光などは、最悪、首を差し出し部下を守る気でいた。

 だというのに、イブキは随分と軽い態度で接している。ここから酒を飲もうなど、普通なら有り得ない話だ。


「その……罰はないのだろうか? 命を狙われたのだぞ?」


 どういうつもりなのだろうと、顔色を窺いながら頼光は訊ねた。だがイブキは、不思議そうな表情で答えた。


「命? 君達が、私を? ああ、そこから説明が必要なのか……」


 呆れたような様子で、イブキは立ち上がる。人間側の端に座っていた貞光に近づく。彼が地面に置いていた錫杖をイブキが掴む。


「あっ! な、何を!?」


 貞光が錫杖を取り返そうとする前に、イブキは錫杖を抜き放つ。錫杖の先端から、拳2つ分ほどの位置で形が変化している。

 彼らの持っている錫杖は、仕込み刀だったのだ。月明かりを反射して、刀身が輝きを放つ。隠し武器である事すらバレていた。

 それだけでも驚きなのだが、イブキの取った行動は彼らの想像を超越していた。何とイブキは、自らの左腕に刃を当てた。


「まっ——待てイブキ殿!」


 貞光の制止も聞かず、イブキは刃を走らせた。急になんて危険な行動を取るのだと、貞光は慌ててイブキの腕を掴む。

 すぐに治療をせねばと、手ぬぐいを手に取り止血しようとした。しかし、貞光は再び驚愕する事になった。

 何故ならイブキの腕は、傷ひとつ無いのだ。明らかに刃は、左腕を大きく傷つけた筈。普通ならば、大量の出血を伴う大怪我だ。


「……こ、これは——どういう……」


「君達が私を殺す事なんて出来ないのさ。こんな武器では、私を傷つけるなんて不可能さ」


 突然行われた凶行に、頼光達も立ち上がってイブキに近づいていた。順番に彼らは、貞光が掴んだイブキの左腕を見る。

 誰がどう見ても、イブキの腕は白く美しい。刀傷なんてどこにもなかった。小さな切り傷すら一切出来ていない。

 もしも彼女の発言が事実なら、自分達はどうなっていたのか。頼光達は、サッと血の気が引く思いだった。

 呆然と貞光は、イブキの左腕から手を離す。驚いている彼らを放置して、イブキは仕込み刀を納めた。


「君達の武器は、弱い妖異なら斬れるだろう。だけど私は絶対に殺せない。だから最初から、命なんて狙えていないのさ」


 その言葉は、恐ろしい事実でもある。つまり、イブキのような妖異が相手なら、彼らに戦う術はないのだ。

 今まで彼らの前に現れた者達は、それだけ弱かったというだけ。この事実は、人間側にとって非常に大きな意味を持つ。

 京の都を守る者として、この事実は到底無視できない。今のままでは、強大な妖異から都を守る事が出来ないのだ。


「これでは……我々は、都を守れない……」


 貞光は絶望を感じていた。イブキに匹敵する妖異が、平安宮を襲えば誰も勝てない。国の象徴、天皇家を守れない。

 1人の貴族、武士として由々しき事態だ。すぐにでも都に伝えて、防衛方法を改めなければならない。


「うん? 君は何を言っているんだい? この地は私の支配圏だよ? よそ者に好き放題をさせるわけないだろう」


「……それは、どういう意味だろうか?」


 まだ妖異について、知識が足りていない貞光は意味が理解出来ない。頼光達も同様で、疑問符を浮かべているようだ。

 話すから酒をよこせと、イブキが要求する。貞光がまだ持っていた竹筒を、イブキに手渡した。そのまま直接イブキは酒を飲む。

 かなり濃いお酒だが、イブキは一気に飲み干した。そしてイブキは、支配圏と支配者について説明を始めた。

 支配者とは、自分の支配圏内を管理運営する者だ。同時にその地における監視者であり、最高責任者でもある。

 そして支配者は、範囲内ならいつでも観測可能だ。どれだけ離れていても、範囲内なら好きなように見る事が出来る。


「それは、つまり?」


「私は人間を喰い殺さない方針だ。部下達にもそうさせている。つまり、妖異が君達の都を本格的に襲う事はないよ」


 イブキが言うには、人間のフリをして侵入する者達の特徴を捉えたという。もうこれ以上、東の妖異は好きに出来ないそう。

 他に何らかの形で流れて来た者が居ても、イブキの監視網からは逃れられない。もう心配はないし、失踪事件は起きない。

 事件を起こしていた者達も、先程のネズミ男で討伐は終了。これからも侵入が続くとしても、都まで到達させないと断言するイブキ。

 それは事実上、イブキが人間を守ってくれるという事。だが貞光は武士の1人として、ただ黙って守られるというのは納得できない。

 例え役に立たないとしても、何もしないという選択肢はない。だから貞光は、この場でイブキへ提案する。


「だと言うなら、私にも何か手伝わせて欲しい。何の手伝いもしないのは、おかしな話だろう」


 貞光の発言に、頼光達も同調する。何かをさせて欲しいと、口々にイブキへ告げていく。イブキは少し、驚いている。


「……君達は、死に急いでいるかい? 私に同行するなら、かなり危険だけど」


「それでもだ。貴女にただ守られるだけなど、我々が我慢ならない。何でもいい、雑用でも構わない。手伝わせて欲しい」


 貞光の必死な訴えに、イブキはしばらく考え込む。ゆっくりと考えたのち、イブキは貞光の提案を受け入れた。

 こうして、歴史が大きく動いた。貞光の提案が、未来の妖異対策課へと繋がった。ここから千年以上も続く関係が出来上がる。

 貞光はこの日、頼光から直接提案される。イブキとの間を取り持つ特使となる事を。後に正式な形で任命され、イブキと貞光の関係が始まった。

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