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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第9章 イブキの過去と彼の運命
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第278話 お酒と真相

 酒吞童子に連れられた源頼光(みなもとのよりみつ)一行は、大江山の中腹辺りにある洞窟へやって来た。入り口の付近は少し開けている。

 適当に木々を伐採した痕跡があり、丸太が雑に転がされている。椅子代わりにしているのか、座面が平らに加工されていた。

 同じく木で作られたらしい、器なども転がされている。焚火の跡があり、どこか生活感が滲み出ている。

 言われた通り、他には誰もいないらしい。頼光達は少し警戒していたが、仲間が待ち構えている様子はないようだ。


「適当に座りなよ。立ったまま酒なんて、飲まないだろう?」


 人間離れした美貌を持つ鬼が、近くにあった丸太へ座った。慣れた動きで怪しい点は一切見られない。

 警戒は必要だが、あまり疑い過ぎても怪しく見える。頼光達は大人しく従い、各々が彼女のように腰を下ろした。


「立派とは言えないけど……盃の代わりはこれでいいかな?」


 酒吞童子は適当に人数分、器を手に取って頼光達へ投げ渡す。盃というよりは、汁物を飲む時に使うお椀だろう。

 塗装なんてされておらず、手作り感が満載の木製だ。高級感はなく、質素だが酒を飲むだけなら問題はない。

 ただ、頼光達は即座に使おうとはしなかった。手に持った器を、彼らは凝視している。使用するか悩んでいるようだ。


「どうしたんだい? ああ、もしかして汚れが気になるのかな? 大丈夫さ、今朝近くの川で洗ったばかりだからね」


「え、ええ。そういう事なら……」


 碓井貞光(うすいさだみつ)が返答し、頼光達と視線を交わす。毒物らしい液体や、粉末などは確認出来なかった。使用しても問題なさそうだ。

 酒吞童子の方は、飲むのなら早く飲ませろという表情をしている。あまり待たせてしまっては、不興を買うかもしれない。

 本音を隠したままで、彼らは動き始めた。主人である頼光にやらせるわけにもいかず、貞光が代わりに酒吞童子の器へ酒を注ぐ。

 麓から運んで来た濃度の高い酒を、器一杯に満たしていく。竹筒が空になるまで注ぎ、貞光は彼女の傍を離れた。


「では、酒吞童子殿と出会った記念に!」


 頼光が代表して音頭を取り、盃代わりの器で乾杯をする。酒吞童子の様子は、特におかしくないようだ。

 彼女は怪しむ様子も見せずに、器に真っ赤な唇をつけている。気怠げな表情ながら、猛烈な色気が漂っている。

 だがその程度で、揺らぐ頼光達ではない。どれだけ見目麗しかろうと、相手はあの酒吞童子。油断なんて出来ない。

 酒吞童子に注いだ酒は濃く、彼らの分は非常に薄い。自分達が酔い潰れないよう、対策は当然行っている。

 すでに駆け引きは始まっているのだ。頼光が貞光へ視線を送る。早速動くように、促しているのだ。


「その……先程は酒吞童子と自分で名乗っていないと聞きましたが、正式には何と呼べばよろしいのでしょう?」


「別に何でも構わないけど?」


「そうもいかないでしょう。名前は大事ですから」


 あくまで失礼がないようにと、貞光は低姿勢を貫く。相手はどう考えても、初めて見るレベルの圧倒的強者なのだ。

 下手を打てば、最悪の結果もあり得るのだから。帝や大臣を相手にするかのように、丁寧な問答を心掛けている。

 対する酒吞童子は、少し考え込むような様子を見せる。どうやら本当に、名前なんてどうでもいい事らしい。


 「うーん……そうだね。じゃあ、大江(おおえ)イブキとでも名乗ろうか。私が住まいに使っている山の名でも借りよう」


「……ではイブキ殿、と呼べばよろしいだろうか?」


 それでいいよと、イブキは返した。今適当に決めた名前で構わないなんて、随分と人間の常識をかけ離れている。

 頼光達は感覚の違いに戸惑いつつも、貞光に会話を任せる。たまに一言挟むぐらいに留めて、様子を見守っている。

 イブキが妖異と呼ばれる存在だという事、男性では無かったという事。すでに知らなかった真実が多く転がっている。

 情報は出来る限り掴んでおきたい彼らは、真剣にイブキの返答に耳を傾ける。しばしの問答のあと、貞光は核心に触れる。


「その……貴女のような鬼は、人間を襲うのだろうか? 見たところ、そんな様子は見られないが……」


 少し踏み込んだ質問なので、貞光は焦らずゆっくりと訊ねた。平静を装い、落ち着いた口調で告げた。


「鬼と言っても、色々だからねぇ。私は人間を喰らうけれど、命までは奪わないしね」


「…………す、すまない、どういう意味だろうか?」


 喰われてしまったら、当然死ぬのではないか。彼ら人間サイドは、意味をよく理解出来ていない。揃って首を傾げている。


「丁度良い肴になるしね。実際に見せてあげるよ。そこの——サダミツだっけ? ちょっとこっちへ来てよ」


「が、害はないのだろうか?」


 幾ら勇敢な貞光でも、喰われると言われれば警戒はする。近づくのを躊躇ったとしても、彼に何ら落ち度はない。

 そんな彼の態度に、せっかくのツマミを頂こうとしたイブキは、少し不満そうだ。来ないのならと、立ち上がって座っている貞光へ近づく。

 人間側は警戒を強めるが、次に行われた行動を見て固まる。何の宣言もなしに、イブキが貞光へ口付けを行ったからだ。

 一体何を見せられているのだろうと、頼光達は困惑するしかない。だが貞光だけは、意味を理解させられていた。

 心から何もかもが消えていく。戸惑い、困惑、警戒感、そして強引に湧かされた劣情。あらゆる感情が、貞光から失われた。


「ふふ、やっぱりね。君のような清廉潔白な魂の持ち主は、とても美味しいね。目をつけた甲斐がある」


「……ぁ……今……のは……」


「ど、どうしたのだ貞光!? イブキ殿! 貞光は大丈夫なのか!?」


 突然口付けをしたイブキと、抜け殻のようになった貞光。何が起きたのか、見ていただけの頼光達には分からない。

 呆然としている貞光を放置し、イブキが説明を始めた。妖異が人間を喰らう理由、それは感情を求めての事。

 直接肉体ごと喰らう者も居れば、イブキのように感情を主食にする者も居る。中には、血を吸うような存在も居る。

 どのような形であっても、人間を喰らうのは変わらない。差があるとすれば、命まで奪うかどうかの違いだ。

 あくまで喰われる側から見れば、イブキは害の少ない方だと言えるだろう。決して優しいとは言えないものの。


「か、感情ですと? だから貞光は抜け殻のように?」


「やはり彼は、初めてだったみたいだね。慣れてしまえば、もっと早く回復するよ」


 とても満足そうに、イブキは貞光から離れて元の丸太へ座った。高級なツマミを貰ったかのように、上機嫌な様子だ。

 こんなにあっさりと彼女が受け入れたのは、貞光が目的だったのだろうか。そんな疑いが、頼光達の間で生まれる。

 妙な空気になっても、イブキは全く意に介していない。明るい笑顔を浮かべながら、美味しそうに酒を飲む。

 戸惑いながらも頼光達が、貞光を介抱しようとする。だが、何をどうしていいのか分からない。そうこうしている内に、貞光が復活する。

 

「……で、では、貴女が人間を殺す事はないと?」


「絶対にない、とは言わないよ? 何らかの形で、許せる範囲を逸脱すれば殺すよ。あとは、死に行く者とかね」


 彼女の逆鱗に触れれば、容赦なく人間を殺す。理由があるなら、人間を襲う。ただ、理由もなく殺さない。それが答えだ。

 無暗に人を殺して回る事はない。自分が管理している範囲内で、たまに感情を喰らうだけ。彼女はそうして生きて来た。

 もう助からない怪我人や病人、寿命を迎えた者を物理的に喰う事はある。殺すとすれば、それぐらいだ。


「管理している、とはどういう意味だろうか? 大江山の麓にある幾つかの村の話だろうか?」


 気になる発言があり、頼光が質問を投げた。彼らが知る限り、酒吞童子が住処にしているのは、大江山だと言われている。

 伊吹山も同様らしいので、そちらも含む話か。彼らはそう思っていたが、イブキの回答は全く違っていた。


「いや? 君達が暮らしているこの土地。()()()()()()()()()()()()()()?」


 頼光達の想像を超える膨大な範囲を告げられ、彼らは固まってしまう。当初の想定と、何もかもが違っていた。

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