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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第9章 イブキの過去と彼の運命
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第277話 美しき大江山の鬼

 源頼光(みなもとのよりみつ)の率いる一行が、大江山の山道を進んでいる。山に入って数刻が経過していた。太陽の輝きが、上空から降り注ぐ。

 丁度お昼頃となり、彼らは休憩を入れる事にした。鍛えられた肉体を持つ若い彼らでも、無限に体力があるのではない。

 彼らが対峙するべき相手を思えば、むしろ体力の温存が重要となる。様々な噂を持つ鬼神、酒吞童子と会うのだから。

 山道の途中にある開けた場所で、彼らは腰を下ろした。警戒の為に気は張っているが、やや空気が和らいだ。


「すまない貞光(さだみつ)、水を取ってくれないか?」


「はい、分かりました」


 頼光四天王の1人、彼の部下である碓井貞光(うすいさだみつ)が水の入った竹筒を渡す。体格のいい貞光は、荷物持ちとして適任だ。

 この時代では珍しく、170センチを超える身長を持つ。貞光が背負える荷物は、その分多くなってくる。

 彼以外の男性は、多くが160センチ程度しかない。20センチ近い体格差があるのだ。そうでありながら、熊のような男ではない。

 引き締まった細身の肉体は、非常にバランスのいい体躯と言えるだろう。その上、美しい顔立ちの青年だ。

 中性的で服装次第では、女性に見える可能性がある。かと言って、弱く見えるかという事はない。凛々しい表情を浮かべている。


「……頼光様、この気配は一体?」


「貞光も気づいたか……」


 休憩中だった頼光達は、何やら妙な威圧感を覚えている。言葉で説明出来ないような、圧倒的な存在感が近づいて来る。

 その予感だけはしているのだが、どうにも表現に困る。今までの人生で、このような気配を感じた事が彼らには無い。

 様々な(もの)()と対峙した経験を持つ彼らであっても、初めての感覚だった。とにかく危険だという事だけは理解出来る。

 やがて気配は大きくなり、冷や汗が頼光達の背筋を流れていく。一体何が近づいて来るのか、彼らは錫杖を強く握った。


「君達は、私の山に何をしに来たのかな?」


 やや低い美しい声と共に、彼らが見た事もないような美女が姿を現す。旅人のような羽織りをまとった背の高い女性。

 貞光よりもまだ、彼女の方が大きい。しかし、巨漢というわけではない。スラリとした女性らしいシルエットをしている。

 適当に後頭部で纏めた長く黒い頭髪は、絹のような質感と輝きを放つ。陶器のように白い肌と、女神のような美貌。

 それだけで圧倒的な存在感だが、彼女が人間ではないと一目で分かる。何故なら瞳は紅く輝き、立派な角が2本も額に生えている。

 どれだけ美しかろうと、目の前に居るのが人外の存在であるのは確実。どこからどう見ても、鬼としか彼らには思えない。


「聞こえていないのかな?」


「……いや、すまない。私は頼光という。見ての通り修行の身でね。後ろに居るのは私の仲間だ」


「ふぅん」


 頼光の証言を信じているのか、それとも信じていないのか。気怠そうにしている彼女からは、いまいち読み取れない。

 威圧感こそ凄まじいものの、いきなり攻撃して来る様子は見られない。それでも、頼光達は生きた心地がしなかった。

 これ程の圧力、存在感。そして立派な体格と額の角。頼光は直感で思った、目の前の存在が何者であるのか。


「貴女があの有名な、酒吞童子殿であるのだろうか?」


 不興を買わないよう、注意しつつ質問を投げかける。初手から失敗していては、何をしに来たのか分からない。

 どのような結果になるとしても、最初の交渉で失敗しているようでは話にならない。慎重な態度で会話に臨む。


「まあね、自分で名乗った名前ではないけれど」


 どうやら、運良く酒吞童子と接触出来た。という認識で居ていいものか。頼光は少し懐疑的に見ている。

 こんなに早く遭遇出来たのは、どこか作為的なものを感じざるを得ない。もしや、監視されていたのだろうか。

 警戒心がより強まるものの、態度に出すような真似はしない。あくまで偶然出会えたように振る舞い続ける。

 貞光も同様に考えているようで、頼光と視線を交わす。どうであれ、この機会を逃すわけにはいかないのだ。

 穏便に話がつくのであれば、それが一番良いに決まっている。少なくとも、酒吞童子は敵対的でない様子。


「私は貞光という。どうだろうか、折角こうして出会えたのだから、酒でも共に飲まないか? 貴女の話を聞いてみたい」


「酒ねぇ……まあ、嫌いじゃないから良いけど。私の話なんて、聞いてどうするつもりかな?」


「貴女は長く生きていると聞く。年長者の話は、生きていく上で参考になる」


 それらしい理由を並べ立て、一応は筋の通った会話を展開する貞光。酒吞童子の方は、少し考え込む様子を見せた。

 このまま上手く行けば、彼らの計画は大きく前進する。酒吞童子が元凶なのか、そうでないのかはまだ分からないが。

 何事も上手く行かない事はある。現に噂と違い、大柄な男性ではなかった。だが、その程度で慌てる彼らではない。

 冷静に判断を行い、平静を装って対応する。強大な気配に臆する事なく、堂々とした態度を貫く頼光達。


「ま、いいよ。どうせ今日は特に、これと言って用事はない。酒を献上するというなら応じよう」


「ありがとう、感謝する」


 貞光が礼を述べて、酒吞童子へ頭を下げた。殊勝な態度が影響したのか、酒吞童子から不快感はなさそうだ。

 彼らへ着いて来るよう、酒吞童子が告げる。彼女は頼光達を連れて、大江山の中を移動していく。山の中は、とても静かだ。

 動物達は酒吞童子の圧倒的な気配を察しているのか、何者も近づこうとしない。彼女が歩くだけで、鳥が逃げていく。

 大江山を支配している頂点。広がる大自然の全てが、彼女に頭を垂れているかのよう。貞光はそんな風に見えた。

 今まで見て来た、どんな物の怪とも違う。王者のみが纏う事を許される気配を持っている。ここまで来ると、恐怖よりも畏怖が勝つ。


「その、ここには貴女以外の物の怪はいるのだろうか?」


 頼光がさり気なく確認を取る。もし大勢の仲間が居るのであれば、彼女を酔わせるだけで安全とは言い切れない。

 ある程度は想定の上で準備して来たが、酒が不足してしまっては困る。最悪、追加で購入して来なければならなくなる。


「物の怪? ……ああ、私達の事かい? 私達は物の怪なんかじゃなくて、妖異と言う存在だよ」


「ようい? それが貴女達の種族なのか?」


「種族というか、存在全体を指す言葉だね。君達が人間と呼ばれているのと同じさ」


 初めて知る名称に、頼光達は驚いている。どうやら彼らが物の怪と呼んでいた人外は、妖異という呼び方をするらしい。

 認識を改めた頼光は、再度確認を取る。酒吞童子には部下の鬼達が居るという噂がある。どこまで本当かは分からない。

 男性であるという噂だって、こうして間違いだったのだ。所詮は噂に過ぎないと、思った方がいいだろうと思われる。


「では貴女の仲間は居るのだろうか? 酒が足りるか分からないのでね」


「それは安心して欲しい。今は出払っているからね。私しかいないよ」


 頼光達にとっては好都合だ。酒吞童子だけでも、恐ろしい圧力を感じている。相当な強さであると、察していない者は彼らの中に居ない。

 そんな未熟者であったなら、頼光達はこのような任務を任されない。自分達とは、天と地ほどの開きがあると自覚している。

 果たして、彼女が占い通り元凶であったなら。酔わせただけで勝てるのか。追い払う事すら——厳しいのではないか。

 嫌な予感が浮かんで消えない。これ程の存在感を放つ鬼だとは、彼らも思っていなかった。同時に、鬼神と呼ばれる理由を察した。


 彼らよりも先に彼女を知った者が、神と思って崇めたとしても不思議ではない。それだけの迫力があるのだから。

 どう見ても単なる物の怪ではない。ただの鬼などとは、到底思えない。まともに戦えば死ぬ、という予想しか出て来ない。

 種としての差を、まざまざと見せつけられた。頼光達は思った。今まで遭遇して来た妖異は、弱者の側だったのだと。

 本物を目の前にして、心が折れそうになっている。だがそれでも、彼らは諦められない。人々の為、全力を尽くさねばならない。

 これからどうなるのか、それが分かれば彼らも悩まずに済む。果たしてどう転ぶのか、張り詰めた緊張を誤魔化しながら、彼らは酒吞童子に着いて行く。

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