第238話 とある私学の修学旅行①
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修学旅行、それは小学校から高校まで、殆どの学校が行う恒例行事である。学生達にとって、大切な思い出となるもの。
名称は様々で、学校によっては研修旅行と呼ばれる事もある。中には、スキー研修が実質の修学旅行となる学校も。
修学旅行の行先として、定番の行先は京都や大阪、東京辺りか。学校の方針次第では、広島や長崎という場合もある。
資金的に余裕のある学校であれば、沖縄やハワイなども候補地となる。名門校ならば、アメリカやヨーロッパなどに行く事も。
極端に孤立している者でない限り、学校行事の中で期待感は上位に位置するだろう。そこに陽キャ陰キャはあまり関係ない。
殆どの生徒がワクワクしてるであろう修学旅行。小学校ならば、大体は6年生の時に行く学校が大半だ。
中学生ならば、多くは3年生の春頃が最も多いか。そして高校の場合は、1年生か2年生の間に行く学校が殆どだ。
地球温暖化の関係で、近年では夏に行う学校は減っている。熱中症などの余計なリスクを避けたいのだろう。
万が一、旅行先で生徒が倒れるなどのトラブルがあると、学校の責任問題になってしまう。真夏は非常にリスキーだ。
最近は部活動中に集団で熱中症となり、大きな問題となる事もある。リスクを避ける傾向になるのは当然か。
とある東京の私立高校も、10月になってから修学旅行を行っている。私立帝京国際高校という名の学校だった。
校名に入っている通り、国際交流を積極的に行っている学校だ。比較的に裕福な家庭の子息子女が、生徒として通っている。
生徒の2割は留学生で、アメリカや中国、欧州などからホームステイや寮暮らしという形で、通う生徒達も含まれている。
帝京国際の修学旅行先は、長年に渡って長崎県へと向かう。原爆被害について学びつつ、長崎県の観光を行う。
原爆資料館へ行き、平和公園と平和祈念像を見て回る。そして原爆の被害から、立て直した長崎の姿を見るのだ。
原爆と言えば、どうしても広島に目が行きがちである。だが長崎県もまた、深刻な被害を受けた土地の1つ。
現状世界でたった2つだけの、被爆した土地だ。今となっては、その被害を全く感じさせない都市へと至っている。
かつては復興に掛かった苦労、悲劇、莫大な費用と悲しみがあった。それでも長崎県を生きる人々は、力強く生きて来たのだ。
そんな長崎県への修学旅行、最後の日程はクルーズ船で1泊するというもの。悲しみの歴史だけ、生徒に見せる為の行事ではない。
美しい夜景と広大な海を、1隻の船が進む。海が綺麗なのは、なにも沖縄だけではない。長崎の海も宝石の如く、透き通った輝きを放っている。
「凄い綺麗だよね」
「うん、来てよかったよね」
女子生徒達が、レストランから遠くで輝く長崎の夜景を眺めている。現在の時刻は19時と、夕食の時間となっている。
裕福な家庭の生徒が多い学校だけあり、テーブルマナーがしっかりした生徒ばかり。余計な音を立てる生徒はいない。
丁寧な所作で、コース料理を口元に運ぶ。誰1人として、ぎこちない動きをしていない。穏やかな空気が流れている。
食事が終われば、少しの間だが自由時間が始まる。消灯時間が来るまで、夜景を楽しむもよし、夜の海を眺めるもよし。
長崎県の沖合では、イルカウォッチングを楽しめる。運が良ければ、月下を泳ぐイルカの群れが見られるだろう。
「ねぇ愛菜ちゃん、イルカを探さない?」
女子生徒の1人、胸元まであるカールした黒髪の少女が、同じテーブルに座る親友へと声を掛ける。
彼女は神奈川県出身の高校2年生、橋本亜梨花という女子高校生だ。平均的な背丈に、恵まれたプロポーション。
10代にしては、やや色気が濃い女子である。やけに整った顔立ちは、モデルをやっていた母親の影響だ。
今はファッションデザイナーをやっている母と、大手銀行勤務の父親を両親にもっている。全てにおいて恵まれている。
「でも、ちょっと夜の海って怖くない?」
亜梨花に声を掛けられたのは、小柄で可愛らしい少女だ。守ってあげたくなるような、小動物のような空気感。
彼女もまた、恵まれた容姿をしている。身長こそ低いが、それ以外に欠点は見られない。右目の泣きボクロが可愛らしい。
林原愛菜という名前の、同じく2年生の女子高校生。積極的な亜梨花と真逆で、大人しい性格をしている。
170センチ近い亜梨花と比べて、150センチしかなく、2人が並ぶと身長差が目立つ。彼女達は幼い頃から友人関係だ。
帝京国際は、初等部からエスカレーター式となっている。幼少期から同級生、という生徒はかなり多い。
愛菜は昔から引っ込み思案な面があり、亜梨花がいつも腕を引いて来た。髪型もショートカットで、何もかも対照的だ。
それでも、関係が崩れる事はなかった。何故なら愛菜の母親もまた、女優として活躍して来た女性だったからだ。
芸能事務所を通じて、2人の母親は交友関係を持っていた。典型的な幼馴染の関係にある。昔から2人は一緒だった。
大人しくて可愛らしい愛菜は、よく男子に絡まれる傾向があった。その根本にあるのは、少年達の幼い恋心だ。
どちらかと言えばカッコイイタイプの亜梨花より、男子からちょっかいを掛けられる機会は多かった。
「怖いなら、俺達も付き合おうか?」
隣のテーブルには、同じ班の男子達が座っている。怖がっている愛菜へ声を掛けたのは、金髪の男子生徒だ。
日本人より白い肌と、美しい碧眼を持つ少年だ。180センチを超える大柄な体格と、分厚い胸板が特徴的。
アメリカ海軍の少将をやっていた祖父と、現在大佐を務める父を持つ、その道のエリート街道を歩む家庭の次男坊。
ワイルドな雰囲気を持つ、確かな自信を感じさせる体育会系の男子。彼の名前はイーサン・モリス。
留学生の1人であり、初等部の頃から寮暮らしをしている。父親が在日米軍として、何度か赴任している関係で日本暮らしが長い。
「ちょっと待てよ、自分だけ格好をつけようなんて甘いぞ」
イーサンに待ったを掛けたのは、アジア系の知的な印象を与える男子生徒だ。日本人よりも、大陸系の印象が強い少年。
中国からの留学生、チャン・ルーハンだ。イーサンと比べると、ルーハンは細く見える。事実、体重差はかなりある。
70キロを超えているイーサンよりも、10キロは差がある。だが決して、ひ弱な少年ではない。運動だって得意だ。
切れ長の細い目と、シャープな輪郭のイケメンと呼んで差し支えない容姿。知的な印象があるのは、父親の影響だろう。
彼の父は、大手IT企業のCEOを務めている。国際的に活躍出来る息子にする為、こうして留学させたのは父の判断だ。
「何だよ? こういうのは早い者勝ちだろ?」
「そうじゃない、愛菜の意見が一番大事だろう」
中学から留学して来たルーハンは、よくこうしてイーサンと対立している。理由は単純で、2人共愛菜が好きだからだ。
事あるごとにこうして、愛菜を巡った対立を見せている。決定的な亀裂がある程ではなく、あくまでライバル関係という状態。
当然周囲は分かっているので、また始まったのかという空気だ。他の男子達は気にせず放置している。
「別に2人を誘ってはいないんだけど?」
亜梨花が2人の男子をジトッとした目で睨んでいる。自分が誘ったのは愛菜だけで、彼らではないのだから。
こうしたちょっとした諍いは、もう何度も行われて来た定番行事。肝心の愛菜は、どうしていいか分からず慌てている。
2人の好意は知っているし、両者から告白も受けている。だが愛菜は、今まで通り友達でいる事を願った。
交際したくない、という理由ではないのだ。2人ともエリートだからこそ、二の足を踏んでしまったというだけ。
「まあまあ、良いじゃないか。なら皆で行こうぜ」
「おいイーサン、亜梨花と愛菜の意見を聞けよ!」
いつものやり取りが交わされる中で、クルーズ船が夜の海を進んでいく。少年少女達は、このまま平和な航海が続くと思っている。
海には様々な妖異がおり、複雑な支配圏を構成している。そんな世界の真実を、彼らは知らない。




