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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第8章 海の妖異と豪快なお姉さん
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第239話 とある私学の修学旅行②

 長崎県沖、20時頃。クルーズ船に乗っている帝京国際高校の生徒達。引率の教師達が見守る中で、思い思いに過ごしている。

 修学旅行の最終イベント。昼から母なる海を眺めつつ、全身で潮風に吹かれながら自然を感じる。

 都会では経験するのが難しい大海原を通じて、命について学ぶ。校外学習の締めくくりとして、用意されたイベントだ。

 現代の子供達は、家の中で全てが完結出来てしまう。スマートフォン1台で、色々な情報を得る事が出来る。

 今では動画配信のお陰で、世界各国を旅行する気分さえ味わう事が出来る。日本国内なんて言わずもがな。


 しかしそれは、本当の意味で旅行した事にはならない。現地の気温、空気、湿度、聞こえてくる些細な音。

 五感全てで感じ取れる情報は、ただ視ただけでは摂取出来ない。それに何より、太陽の光に触れるというのは大事だ。

 現代人は日焼けを嫌い、太陽の下へ出る事を嫌う人が増えている。外へ出たがらない子供も少なくない。

 太陽の光は人間の健康上、適度に浴びておく必要がある。植物の光合成ではないが、似た機能が人間に備わっている。

 ビタミンDを生成するには、日光浴が不可欠である。現代の日本人は特に、ビタミンDが不足する傾向にある。


 ビタミンDの不足は、様々な症状を引き起こす。有名なのはカルシウムを吸収する機能の低下だろう。

 それにより骨折し易くなったり、もっと症状が進み骨粗鬆症を引き起こしたり。骨格へ与える悪影響は多い。

 他にも疲労の回復力の低下、精神面の不安定化もある。現代病の1つ、うつ病の原因の例として数えられている。

 昭和の時代ならよく言われていた、子供は外で遊びなさいという文言。時代遅れと思われがちだが、ちゃんと意味はあるのだ。


 古くから伝わっている言説に、ちゃんとした根拠が備わっている事は案外多い。先人の知恵は侮れない。

 学校側にそんな意図があったかは、関係者しか分からない話。日が落ちた現在は、太陽ではなく月が世界を照らしている。

 陽光と健康に関する問題を知ってか知らずか、生徒達は夜の海を楽しんでいた。船内は穏やかな空気が流れている。


「ほら愛菜(まな)、イルカを探そうよ!」


 暗い海を人工の輝きで照らすクルーズ船の甲板にて、少年少女達の集団が楽しそうに笑っている。

 帝京国際高校の生徒達、その中のグループ。橋本亜梨花(はしもとありか)達の班だった。夜の海でイルカを探そうと、船外へ出ている。

 生徒達に万が一のないように、教師と船員たちが船外を巡回している。裕福な家庭の子達とはいえ、何があるか分からない。

 つい勢いで、手すりから身を乗り出す。そんな迂闊な行為を、旅行中という特別な雰囲気が許してしまう場合もある。

 彼女達とすれ違った教師が、危険な事はしないよう注意した。しっかりと返事を返し、亜梨花達は夜の海を眺める。


「やっぱり、ちょっと怖いね」


 大人しい性格の林原愛菜(はやしばらまな)が、制服の袖を軽く握る。防寒対策で着用した紺色のセーターに、少しシワが出来る。

 女子達は全員が、チェック柄のスカートを履いている。露出した生足を、冷たい夜風が撫でていく。


「そう? ほらあそこ! 魚が跳ねてるよ!」


 暗い海を怖がる愛菜と、全く気にしていない亜梨花。真逆の反応を示しているが、2人はとても仲が良い。

 愛菜には出来ない事を、亜梨花は出来てしまう。亜梨花では気づけない点に、愛菜は視線を向けられる。

 違うからこそ、バランスが取れている。お互いに足りない部分を、補い合って生きて来た。


「大丈夫だ愛菜。海はそう怖い事ばかりじゃない」


 同じ色のセーターを着て、同じ柄のズボンを履いた大柄な男子。留学生のイーサン・モリスが愛菜へ声を掛ける。

 アメリカ海軍の優秀な将校を祖父と父親に持つ彼は、海について詳しい。例えそれが日本の沖合であっても。


「イルカとかシャチとか、アザラシみたいな可愛い生き物が沢山いるんだから」


 体格に優れた少年が、恋する相手を勇気づけようとしている。見た目は厳つくても、優しい少年なのだろう。


「待てイーサン、アザラシはもっと冷たい海にいる生き物だ。適当な事を言うな」


 知的な印象を受ける少年が、イーサンの発言を訂正する。気真面目な性格なのだろう、正しい情報を披露する。

 中国からの留学生、チャン・ルーハンはとても頭が良い。彼らが恋する少女へ、誤った知識を与えたくなかったのだろう。

 彼は軍人の息子ではないが、豊富な知識を持っている。海洋生物学についても、それなりの造詣を有している。


「長崎の海なら、スナメリが居る。小型のイルカだな」


「スナメリ?」


 ルーハンの発言に、愛菜が興味を示す。一口にイルカと言っても、種類は複数存在している。

 一般的に人間がイルカと呼んでいるのは、マイルカ科に属するクジラの仲間を指す。スナメリはその内の一種だ。


「通常のイルカと違って、背びれが無くて口が尖っていないんだ。ジュゴンに見た目が似ている。大きくても2メートルぐらいの大きさまでかな」


「へ~そうなんだ」


 話題をルーハンに持っていかれて、イーサンは少し気に障った様子だ。とは言え、ここで喧嘩を始めるような少年ではない。

 無意味に暴力を行使しても、愛菜が喜ばないと知っている。それに今回は、ルーハンの知識量が上回っただけ。

 敗北というほど大袈裟な話ではないが、ルーハンが自分の実力で興味を惹いた。その点は尊重せねばならない。

 愛菜を巡ったいつもの争いをよそに、亜梨花が幸運にもイルカの群れを発見する。クルーズ船の近くを、並行に進んでいる。


「愛菜ほら! イルカが居たよ!」


「どこ? あっ! 本当だ!」


 可愛らしいハセイルカの群れが、海面をジャンプしながら進んでいる。典型的なフォルムを持つイルカだ。

 真っ直ぐに伸びた口、流線型のフォルム。立派な尾びれで、大海を自由に泳いでいる。小さな子供の姿もあった。

 人間が乗る船と分かっているのか、そうではないのか。いずれにしても、10頭以上の姿が確認出来る。

 イルカやシャチなど、一部の海洋哺乳類は船に人間が乗っていると認識している。知っていて近づく場合がある。

 今回は単に、光に釣られた小魚やイカなどを狙って、集まっただけかもしれない。会話が出来ない以上、真実を知る方法はない。


「あれ子供かなぁ? 可愛いよね」


「うん、癒されるなぁ」


 亜梨花の班に属する生徒達が、スマートフォンで撮影している。単に姿を見るだけに使用している者も。

 海面まで距離があり暗いので、望遠機能を使って辛うじて見えている程度。肉眼で確認するのは少し難しい。

 楽しそうに笑っている彼らは、これから起きようとしている事態を察知出来ていない。唯一亜梨花だけは、違和感を覚えたぐらいか。


「ん? 何だろう今の?」


「亜梨花ちゃん? どうかした?」


 亜梨花の感じた違和感は、決して気のせいではない。僅かな人間が持つとされている第六感、霊感とでもいうべきもの。

 碓氷雅樹(うすいまさき)であれば、敏感に感じ取れた事だろう。彼ならば、もう何度も異界の中へ入った経験がある。

 しかしこのクルーズ船には、雅樹ほど優れた感覚を持つ者は居なかった。異常事態に誰も気がついていない。

 亜梨花と愛菜が海面に意識を向けると、イルカの群れが消えている。どこかへ行ったのだろうかと、生徒達が残念がっている。


「お、おい! 何だか変じゃないか?」


 イーサンが異変に気がつき、遠くを指差している。彼の示した方向には、何もない水平線が続いている。

 本来なら、そこには光輝く長崎の街が見えていた筈。だが今は、長崎の街並みがどこにもない。

 おかしいと思って、彼らは右舷から左舷へと移動してみる。だがやはり、そちら側にも人工の光は無かった。


「ど、どういう事だ?」


「そんな遠くまで、出る予定ではなかったと思うが……」

 

 イーサンが考え込み、ルーハンが航行予定を確認する。だがやはり、陸地が見えなくなるまで移動する予定はない。

 船内が慌ただしくなり始め、船員達は何やら様子がおかしい。いつの間にか、彼ら全員のスマートフォンが圏外となっていた。

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