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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第7章 見え始めた敵の輪郭
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第235話 京都へ帰ろう

 1台のバンが高速道路を走行している。妖異対策課、栃木支部の車両だった。社内には複数の影がある。

 碓氷雅樹(うすいまさき)那須草子(なすそうこ)、そして永野梓美(ながのあずみ)(いずみ)の母娘だ。長野県から栃木県へ移動し、草子が手配した車だ。

 江奈(えな)とメノウは支配者としての仕事に戻っている。引き続き支配圏を管理しながら、東京へ監視の目を向ける。

 大江(おおえ)イブキが支配する京都府と違い、流石に同じ東日本を黒澤会(くろさわかい)は攻撃出来ないらしい。そこまで愚かではない様子。

 栃木県を攻撃すれば、敵に回るのは草子だけで済まない。下手をすれば、東日本の大半が否定的な立場を取るだろう。


 事実上、彼らにとって一番厄介な存在が草子達だ。目の上のたん瘤と呼ぶには、あまりに強大過ぎる存在であろう。

 草子達もそれを分かっているので、強気に出る事が出来ている。他の支配者への根回しも、しっかりと行っている。

 京都へ移住を決めた時点から、色々と裏で行動して来た。人造妖異の存在が仄めかされた時も、更に暗躍をしていた。

 また、京都への襲撃について、既に江奈とメノウに報告が行っている。似たような真似をすれば、妖異を投下する前に迎撃される。

 事前の対策は万端で、黒澤会もやり辛いだろう。太い釘も刺したばかりで、少しだけ草子達に余裕が出来ていた。

 

 そんな状況の中、バンの車内は絶妙な空気が流れている。助けられた梓美と、手を貸した草子の確執が原因だ。

 今まで敵対的な関係だったが、梓美の救助に草子が手を貸した。直接救ったのは雅樹でも、背後には彼女が居た。

 草子としても、雅樹の周囲をチョロチョロしている目障りな小娘だ。しかし、元は東日本の妖異だと知った。

 雅樹が命を懸けてでも、助けた事実は認めねばならない。少なくとも、それぐらい大切にしている相手なのだ。

 同じ女性として、同情出来る事件でもあった。雅樹の相手として、相応しい相手と認めるかは別として。


「……」


「……」


 可愛らしい先輩の梓美と、美人な初恋のお姉さんが睨み合う空間。雅樹としては、何とも言えない状況だ。

 出来ればこれを機に、仲良くなって欲しいところ。いきなりは無理でも、少し歩みよって欲しいと願っている。

 バンの車内はロケバスのようになっており、向かい合う左右のシートに分かれて座っている。奥の座席は空席だ。

 運転席側に雅樹と草子、助手席側には梓美と泉がそれぞれ並んで座っている。母親の泉が、梓美の脇腹を突く。


「……今回は、お礼を言っとくわ。玉藻前に助けられたのは癪やけど」


「ふん。小娘に礼を言われる程、何かをしたわけじゃないわ。全ては、まー君の為よ」


「それでも、私達は助けられました。ありがとうございます玉藻前様」


 素直になれない梓美と草子。そんな確執とは関係のない泉。多少なりとも、関係性が前進したと見てもいいだろう。

 雅樹が望む方向へ、少しだけ傾いた。草子は梓美が持つイブキへの忠誠心の高さを、上位者として評価はしている。

 若い妖異ながら、立派な判断だったと思っている。自分の想いを切り捨ててでも、貢献しようとして見せた。

 部下として持つならば、理想的な若手だと見ている。一方で梓美の方も、草子に対する偏見を改めている。

 本来なら無関係の自分達を、雅樹が望んだからと普通の妖異は手助けしない。手伝ったところで、何も利益がない。


「娘と共に、相応のお礼はさせて頂きますので――」


「そんなものは不要よ。変に恩義を感じられても困るわ」


「いえ、ですが……」


 草子はあくまで、雅樹の願いを叶えただけ。本当に心の底から、貸しを作ったつもりがない。礼なんて求めていない。

 イブキには貸しのつもりだが、母娘に対しては何もないのだ。雅樹が望む結果になった。その手伝いを行った。

 それだけで草子にとっては、十分過ぎる理由になる。おまけに、黒澤会の関係者という疑いのある向井へ、牽制が出来た。

 結末としては、お釣りが来るぐらいだ。自分よりも弱い妖異から、何かを請求するような真似は行わない。


「この子を鍛える良い機会になったもの。それだけで十分なのよ」


 草子は隣に座る雅樹の頭を撫でる。実に素晴らしい結果になったと、剣術の師として満足している様子だ。

 仲睦まじい様子を見せられた梓美は、あまり嬉しく無さそうだ。とは言え、堂々と文句をいう気にもなれない。

 草子が雅樹を鍛えて来たから、母親と共に助けられた。妖異の常識を逆手に取った、見事な采配だったと認めるしかない。

 それに雅樹の戦う姿が、梓美の恋心を刺激したのも事実。もう亡くなった父親と似た、勇猛果敢な背中だった。

 人間である以上は、妖異を倒すまでは至らない。妖力を生成出来ない雅樹は、致命傷を与える事が出来ない。


「貴方にも改めてお礼を。ありがとう碓氷君、娘の未来を守れました」


「い、いえ。俺はただ、卑怯な方法で梓美先輩の自由が失われるなんて、許せなかっただけで……」


 自分の力で勝ったのではない。雅樹自身が一番それを理解している。人間だから、自分は妖異を倒せない。

 結局山荘でも、辰見巴(たつみともえ)の機転でどうにかなっただけ。豊蔵王我(とよくらおうが)への反撃は出来ても、それが限界だった。

 油断している隙を突き、素早く攻撃を行っただけ。もし再戦の機会があっても、1人では戦えないだろう。

 無力なただの子供ではないと、相手はもう知っている。近づこうともしないだろうし、遠くから妖術で一方的に攻撃されて終わり。

 単独では敗北する姿しか、雅樹には想像出来ない。初見殺しかつ、相手に油断と慢心があって初めて勝負になる。


「人の子でありながら、妖異を斬ってみせた。貴方のような子が、まだ居たと知れて良かったわ。誇りなさい」


「そうやで! 凄くカッコ良かったで!」


「そ、そうかなぁ?」


 可愛い先輩と、その母親に褒められて雅樹は困惑する。照れても居るが、それ以上に誇る程の事とは思えていない。

 まだまだ未熟だと、思い知らされたぐらいだ。母娘を助けられたのは、周囲のお陰だと雅樹は思っている。

 銃火器や妖術を使われれば、手も足も出ないと改めて理解した。今後の課題について、反省しているのだ。

 もっと上手くやれるように、草子と相談するつもりだ。自らに驕らず邁進する点は、雅樹らしいと言えるだろう。

 そんな愛弟子の内心を悟りながら、草子が話題を転換する。懐から1枚の写真を取り出し、真ん中にあるテーブルへ置いた。


「永野泉、この人間の男と会わなかったかしら?」


 その写真に写っているのは、胡散臭い20代か30代ぐらいのマスクをした男。スーツを着た仲路の写真だった。

 写真は妖術を使用して、転写されたもの。より大勢に確認させるには、こうして実体化するのが最も便利だ。


「……会いました。確か――仲路(なかじ)とかいう男でした」


 泉は男の事を良く覚えていた。独特の雰囲気を持つ、営業マンのようで詐欺師にも見える雰囲気を持つ彼を。

 草子が取り出した写真は、捜索の際に密偵が得た情報の1つだ。王我と接触していた事が確認されていた。


「どういう人間か分かる? 何を言っていたの?」


「確か、酒吞童子様への意趣返しだとか何とか……それが何か?」


 泉は黒澤会や、人造妖異に関する知識を持っていない。何やらイブキと揉めているらしい、という事しか把握出来ていない。

 質問をした草子は、今まさに追っている情報と関連性を感じた。少なくとも、黒澤会と無関係とは思えなかった。


「そう、意趣返しだと言ったのね。やはりこの男、何かあるらしいわね」


 人間のような手段を、黒澤会が使って来た。草子の目には、王我が自分で思いついたとは思えなかった。

 そこまで回る知能がないと判断している。もっと欲と野心に塗れた、分かり易い男だと見ている。

 では誰がこんな手を、と考えた場合、人間の関与が最も怪しい。恐らくは、向井が子飼いにしている人間ではないか。

 イブキと草子の見解は、全く同じだった。そして調査中に見つかったのは、王我と接触している人間だ。


「先生、この人が黒澤会の人間だと?」


「多分ね。早速妖異対策課も使って、調べさせているのよ」


 少しずつ見えて来た、黒澤会の深淵。幹部なのか連絡役でしかないのか、草子達にはまだ分かっていない。

 それでも前進した事に変わりなく、攻めるべきポイントが見えて来た。新しい情報と共に、バンが京都へ向かって走っていく。

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