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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第7章 見え始めた敵の輪郭
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第234話 決着

 碓氷雅樹(うすいまさき)によって、豊蔵王我(とよくらおうが)が斬られた。目の前で起きた事態に、東日本の妖異達が驚いている。

 人間が妖異を相手に一矢報いる。それ自体は、少し前なら起こり得た。人間にとっては数百年前でも、妖異にとっては最近の話。

 科学の発展により、ある意味退化した人間達。利口にはなったが、その分弱くなった。妖異達はそう判断していた。

 だが、今起きた事は認識を改めさせるに十分だ。ただの人間の少年が、妖異の腕を斬り落としてみせた。

 王我が雅樹を侮ったからこそ、成し遂げられた結果。こうなる事は、大江(おおえ)イブキと那須草子(なすそうこ)の予想通り。そしてこの後についても。


「調子に乗るなぁ!」


 怒りを燃やす王我が、冷気を操り雅樹を攻撃する。斬れる物体が相手なら、雅樹は対抗出来る。だが、冷気は斬れない。

 結局ここまでが、雅樹に出来る限界だった。妖術を使われれば、人間の雅樹に対抗出来る手段はない。

 とは言えそれは、雅樹単独だった場合の話だ。先輩の永野梓美(ながのあずみ)と、母親の(いずみ)を開放した今は違う。彼は1人じゃないのだから。

 身構える雅樹の前に、大きな氷の壁が出来る。洗練された無駄のない氷壁と、やや粗い分厚い氷壁が二重に並ぶ。

 言うまでもなく、雪女である泉と梓美が作った雅樹を守る盾だ。王我の冷気を、完全に遮断している。


 泉を拘束していたメノウの弦は、とっくに消えていた。雅樹の出番は終わり、ここから妖異達へとバトンが渡る。

 梓美の近くで、氷柱(つらら)のような氷塊が宙に浮いている。勢いよく射出された氷塊が、王我の肩を貫く。再び上がる悲鳴。

 人間の雅樹の攻撃で、王我を殺すのは難しい。妖異にとって致命傷となる部位は、他の部位に比べて頑丈だ。

 手足などに比べて、頭部や胸部等は妖力の濃度が濃くなっている。妖刀小鴉(こがらす)であっても、斬り裂くのは困難である。

 しかし、同じ妖異である梓美の攻撃なら話は変わる。妖力を込めた攻撃ならば、王我を殺す事が可能だ。


「ホンマやったら殺してやりたいけど、ウチが東日本の支配者を殺したら問題になりかねん。イブキ様に、これ以上の迷惑は掛けとうない」


 殺せる事と、殺すかどうかは別の話。例え生まれが長野県でも、梓美の所属は京都府、イブキの配下である。

 西の妖異が東の支配者を殺せば、厄介な争いの種になりかねない。蛇女アカギの場合は、明確にイブキの命を狙った。

 反撃で殺されても、悪いのは先に仕掛けたアカギだ。しかし今回の件は、梓美の命まで狙った行動ではない。

 脅しには使ったものの、まだ殺意を向けていない。何よりも、人間の子供に出し抜かれたという汚名がある。

 どの道、王我の立場は危うくなるだろう。これ以上ない反撃を受けているので、罰としては十分と言える。


「もう二度と、ウチらに関わらん事やな。次はホンマに、心臓を貫くで」


 梓美は堂々と、王我に向けて宣言する。これ以上自分や母親に絡むというなら、死の覚悟を持って行動しろと。

 悔しそうに、膝をついた王我が梓美達を見る。氷壁が消えると、一切の被害を受けていない雅樹の姿が現れる。

 こうなってしまった元凶へ、王我が強い憎しみを向けた。それでも雅樹は、堂々とした表情で立っている。

 所詮王我は、まだ若い妖異でしかない。古参の妖異であるアカギから、本気の殺意を雅樹は向けられた。

 あの時と比べれば、かなり弱い殺意だ。もちろん怖くないわけじゃない。ただ男の意地で、平静を装っているだけだ。


「さて、()()はお開きにしましょうか」


 優雅に鉄扇を開いた草子が、口元を隠しながら宣言した。冷酷な妖狐としての貌が、周囲への威圧となって放たれている。

 敢えて雅樹の戦闘力を見せたのは、草子とイブキの意向が反映されている。普通の現代人ではないと、見せつける為だ。

 江奈(えな)とメノウを連れながら、雅樹へと近づいていく。他の妖異達は、黙って草子達の様子を窺っている。


「この子は私の可愛い愛弟子。中々の仕上がりでしょう? 私のお気に入りなのよ」


 雅樹の背後に立った草子が、雅樹の肩に手を置いた。自分が懇意にしている人間だと、東日本の支配者達に知らしめる。

 最近の黒澤会(くろさわかい)は、イブキの周囲へ攻撃の意思を向けている。いずれは雅樹も、狙われる可能性があるだろう。

 事実、もう目を付けられているが、そこまではまだ草子達も掴んでいない。それでも、牽制ぐらいは出来る。


「この子に手を出すならば、支配圏ごと灰になる覚悟を持ちなさい。私達が、全力で滅ぼすわ」


 長き時を生きた最強格の妖狐。かつて妲己と呼ばれていた超のつく大物。玉藻前が発する本気の殺意。

 江奈とメノウからも、濃密な殺意が放たれている。まだ若い王我など、恐怖で体が震えているぐらいだ。

 東日本を代表する妖異が、後ろ盾になっている少年。今になって、アカギとの争いは真実だったと来場者達は思った。

 こんな少年を人質にすれば、失敗してしまうのも道理。群馬の妖異達が、言い訳をしていたのではないと知った。

 確かにアカギは愚かだった。欲をかいて、全てを手に入れようとした。しかし、策に溺れてしまったのだ。


「そうそう。最近なにやら、影でコソコソやっている者が居るみたいなのよね。貴方は何か知らない? ねぇ向井(むかい)?」


 草子の目が細められ、大柄な牛鬼(うしおに)へと向けられる。妖艶な眼差しには、凍えるような殺意が伴っている。

 お前は何か知っているだろう。現在最も怪しい容疑者へ、草子が圧力を掛けている。当然向井も、素直には喋らない。


「……さて? 何かあったのかい? 僕の方では特に何も観測していないけれど」


「そちらの妖異対策課が、好き勝手しているみたいだけど?」


「彼らがかい? 僕は彼らにあまり興味がないからねぇ。基本的に放任主義なんだ」


 草子がチクりと刺し、向井が飄々とした態度で受け流す。しかし内心では、怒りと焦りが膨らんでいた。

 碓氷雅樹というダークホースにより、彼らの計画は大きく修正する必要が出てしまった。またしても、後退させられた。

 本音を言えば、雅樹へと怒りをぶつけたい。しかし、そんな事をすれば自ら暴露するようなもの。

 この場では何もないように、見せかける必要があった。向井も妖異としては強いが、草子達を相手にするのは分が悪い。

 側近を連れているが、それでも江奈やメノウには及ばない。中国生まれの三大妖異を、敵に回せば身が亡ぶ。


「……ふぅん、貴方は知らないというのね?」


「そうだね。僕はこれと言って、思い当たる節は無いよ」


 腹の探り合いが始まり、宴会場に緊張が走る。どちらもこの場において、最高位の地位にある妖異だ。

 突然始まったやり取りに、他の妖異達は戸惑うほかない。何やら両者の間で、何かが起こっているらしい。

 全てを察して、納得出来ていたのは絡新婦(じょろうぐも)狩野恋(かのうれん)ぐらいだ。他の妖異達は、事情を全く知らない者ばかり。

 しばしの会話が続き、似たようなやり取りが繰り返される。疑惑を投げかける草子と、上手く躱す向井。


「まあいいわ。今日はここまでにしましょうか」


「そうしてくれてくれると助かるねぇ。僕はよく事情を知らないし」


 白々しい態度で向井は対応する。全ての元凶でありながら、知らぬ存ぜぬを貫き通す。草子は一旦追求を止めた。

 草子は別に、諦めていない。ただこれ以上前へ進むなら、確固たる証拠が必要だからだ。埒が明かないので止めただけ。

 こうしている間にも、京都で調査は進められている。そう遠くない内に、何かしらの証拠を見つけられるだろう。

 まだ粘るような事でもないので、切り上げる事を決める草子。すべき事は終わったと、日付が変わる前に去る。


「それじゃあ私達はこれで。失礼するわ」


 草子は雅樹を連れて、虫倉山(むしくらやま)を降りていく。梓美と泉と母娘も、釣られて背中を追う。ここに残る理由はない。

 他の参加者達も、残る気になれず席を立つ。次々と妖異達が減っていき、大恥をかいた王我だけが残された。

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