第230話 宴会の準備
豊蔵王我の住処、夕日に染まる虫倉山の洞窟前の広場で、夜の宴会へ向けた準備が進められている。配下となった弱い妖異達が色々と荷物を運んでいる。
宴会というのは言葉通りで、ただ支配階級の妖異達が酒を飲み交わすというだけ。人間のようにアレコレと芸を披露する事はない。
これからよろしくお願いします、という挨拶を兼ねた場。同時に、よその支配圏に手を出しませんと示す意味もある。
大昔の群雄割拠だった時代と違い、今は人間という都合の良い存在が居る。無益な争いを始めるメリットは薄い。
とは言え、妖異とは本来争い合うもの。支配者が変わるなり、野心的な行動に出る可能性がゼロではないのだ。
新しくなっても、余計な事はしません。だからそちらも余計な事をしないでくれ、と全員の前で姿勢を見せる。
あくまで形式上の話で、必ず守られるとは限らない。事実、以前の蛇女アカギのような者も居たのだから。
穏やかな表情の裏に、激しい闘志を燃やしていても不思議ではない。それでも、通例として行う必要があるのだ。
必ずしも全員が、他の地域を狙うとは限らない。現在の安定した生活を、わざわざ乱すのはデメリットもある。
他の支配圏を狙って攻めた事で、周囲の支配圏から襲撃受けても文句は言えない。下手に動けばピンチを招く。
例えば現在の群馬県は支配者がメノウで、隣の栃木県は江奈が支配者だ。どちらかを攻めれば、両方を敵に回す。
何より今は、東日本と西日本という括りで纏まっている。下手な内部分裂は、再び大きな争いを生み兼ねない。
全員分かっているよな? という暗黙の了解を再確認する理由にもなる。支配者が変わるというのは、丁度いい機会なのだ。
新しい支配者に、ベテランが助言をするという意味もある。何も全てが、殺伐とした理由だけではないのだ。
だからこそ、自らの番う相手を披露するというイベントもある。新人の門出を祝うような、温かみも多少はある。
「ほう、中々じゃないか。人間の衣装も悪くはないな」
洞窟から出て来た永野梓美を、王我が無遠慮にジロジロと見ている。彼女は今、普段とは違う格好をしている。
ウェディングドレス、とまでは言わないが、少々派手なドレスを着ている。普段のギャル風の格好ではない。
真っ白な生地に、精巧な花柄のレースが所々に入っている。タイトなデザインで、梓美のスタイルの良さが際立つ。
くびれのある細い腰、無駄な脂肪のない手足、だがしっかりと胸のボリュームはある。女性らしい曲線美が強調されている。
胸元が異様に開けているのは、王我の趣味だろうか。大きな胸の谷間と白い肌が、しっかりと露出していた。
「……しゃーないから着てるだけや。アンタの為に着てるんやない」
「相変わらずの態度だな。だがそれも、今夜で終わりだ」
梓美が自分から望んで、王我の為にこんな衣装は着ない。母親である永野泉を、守りたいから着ているだけだ。
確かに泉は長い時を生きる妖異だ。しかし最強格にはまだ届かない。何者が関与しているのか不明だが、泉を捕えられる妖異が絡んでいる。
そうである以上は、梓美に勝てる見込みはない。強引に助けられるとするなら、それこそ大江イブキ並みの妖異だろう。
だがここは東日本で、イブキが大胆な行動を取るのは難しい。味方をしてくれる妖異が、周辺にはいない。
梓美の認識では、そうとしか考えられない。自ら長野県へ向かった彼女は、発った後の京都府を知らなかった。
「妻となる契約を済ませば、お前は俺の女だ。お前の全てを、俺様が好きに出来る」
「哀れな男やな」
こんな方法でしか、女性から相手にされない。お前はそういう男だと、梓美は侮蔑の視線を王我に向ける。
流石に王我もプライドを刺激されたのか、梓美に触れようとした手で彼女の頬を平手で強く叩いた。
「強気なのは嫌いじゃないが、言葉は選べよ? お前と母親の立場は、俺様次第なのだからな」
「……」
梓美に出来る精一杯の反抗も、この辺りが限界らしい。平手を受けた右頬が、赤く腫れあがっている。
数千年を生きる梓美を、傷つけるだけの力を王我は持っている。若き支配者となれる素質だけは持っていた。
適正があるかはともかく、実力だけは梓美とそう変わらない。彼に従うしかないのは、その問題もあった。
梓美よりも遥かに弱い妖異なら、力でどうにか出来るかもしれない。優位に立てれば取れる手段はあっただろう。
なまじ同格の相手だけに、動くなら慎重にならざるを得ない。結果、こうしてドレスなんて着ている。
元々妖異達は、衣類になんて興味がなかった。適当な皮や布を、雑に羽織る程度だった時代が長く続いた。
現在のように衣装を着るようになったのは、わりと最近の事。人間達が服を作るようになったからだ。
案外悪くないなと、妖異達が真似をし始めた。服らしい服を着るようになったのは、5千年前ぐらいからの話。
妖異の歴史から見れば、かなり新しい文化と言える。だから今も、服を着ない妖異は多く存在している。
実際、王我は服を着ていない。毛皮で覆われた肉体を堂々と晒している。人間の価値観で言えば、全裸の状態だ。
「こうして見ると、お前の母親も抱いてみる価値はありそうだな」
「なっ!? お母さんには何もせん約束やろ!」
「命は奪わない、としか俺様は約束していない」
着飾らせた梓美を見た王我は、人間の作った衣装に興味を持った。劣等種のわりに、良い物を作ると思った。
人間の女性がいくら着飾ろうが、王我の目には下等生物のメスとしか認識しない。だが相手が妖異の女性だと、印象が変わった。
似た格好を泉にさせれば、中々楽しめそうだと考えた。今夜に梓美を好きなだけ楽しんだ後、泉にも相手をさせよう。
下卑た考えを、王我は平気で抱いている。支配者となった今、支配圏内の女性は好きに扱っていい。そう考えているのだ。
あまりの発想に、梓美は怒りを爆発させる。母親は父親を今も愛している。こんな男に、手を出させるわけにはいかない。
「どうした梓美? そんな態度でいいのか?」
「……くっ」
強烈な冷気を放ち始めた梓美だったが、王我を攻撃すれば母親に危害が及ぶ。ただ拳を握り締めるしかない。
どこまでも最低な男だと、視線に込めて王我を睨む。女性を都合の良い相手としか、見ていない夫となる男。
こんな男の相手をせねばならない屈辱が、梓美の精神を傷つける。愛した少年とは、何もかも真逆だった。
自分に都合良く解釈して、受け入れる事だって出来たのに。それでも少年は、梓美の誘惑を丁寧に断った。
ちゃんと愛し合う目的でなければ、梓美と性的な関係を結ばない。どこまでも誠実な対応を見せてくれた。
「こうして悔しそうにしているお前を、屈服させる時が楽しみだ。せいぜいその時まで、虚勢を張っている事だ。その分今夜、楽しめるからな」
まだ手を出していないのは、梓美に屈辱感をより与える為だった。無駄な足掻きを散々させて、その上で好き放題にする。
悪趣味としか言えない行いだ。これならばまだ、最初に会った時点で襲われた方が、梓美も諦めがついたというもの。
わざとその時を先延ばしにして、抵抗する梓美を見て笑っている。どうせ最後は、組み敷かれるだけなのだからと。
「やっぱりアンタは、最低の男や」
「お前はその俺様のモノになるんだ。もうすぐな」
太陽が地平線へと消えていく。月が天に昇り、最も高い位置で輝きを放つ頃には全てが終わる事になる。王我は勝ち誇っている。
梓美は自分の女になり、初夜を迎える。極上とまでは言わないが、十分魅力的な女が手に入る。ついでに母親も。
王我はそう信じて疑わない。もう全てが手に入ったと慢心している彼は、支配圏内で起きている事に気づかない。
支配者になったばかりで、王者として未熟だったのもあるだろう。彼の知らないところで、碓氷雅樹が必死になって母娘を救おうとしていた。




