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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第7章 見え始めた敵の輪郭
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第228話 現地の協力者

 豊蔵王我(とよくらおうが)の宴会が、長野県で行われる前日。碓氷雅樹(うすいまさき)はメノウと共に、群馬県と長野県の県境近くに居た。

 長野県で雅樹の護衛を担当してくれる妖異と、王我の知らない所で内密に会う為だ。現在の位置は、軽井沢の一角。

 旧碓氷峠(きゅううすいとうげ)見晴台(みはらしだい)だ。本来は妙義山(みょうぎさん)と、浅間山(あさまやま)を眺める事が出来る観光地だ。実際、美しい絶景が日の出の下で広がっている。

 だが雅樹は、今そんな事を気にしている余裕はない。これから先んじて、彼は長野県へ侵入する。


「もうすぐの筈だ」


「……うん」


 雅樹と殆ど変わらない背丈の、クールな美女。メノウの隣で、雅樹は竹刀袋を背負って立っている。

 線の細い儚げな雰囲気を持つ、整った顔立ちには緊張の色が目立つ。彼にとって、大きな壁が聳え立っているからだ。

 妖異達を出し抜いて、永野泉(ながのいずみ)を明日の夜までに救出する。そのまま虫倉山(むしくらやま)へと向かい、梓美を回収して帰る。

 言葉にするだけならシンプルながら、内容はかなりハードだ。雅樹はあくまで、16歳の高校生に過ぎない。

 これから妖異対策課の大人達でも、遂行できない役割を果たす。責任は重大で、握った拳は手汗で濡れている。


 彼は成功させる為の鍛錬を行って来た。冠着山(かむりきやま)での行動を前提とした、厳しく濃密な時間を過ごした。

 妖異を相手に隠密行動をする為、ほぼ命懸けの鬼ごっこを行った。土蜘蛛や狼男、妖狐達を相手に必死で逃げた。

 縦横無尽に山中を移動する土蜘蛛は素早く、的確な罠を張って来る。嗅覚に優れた狼男は、簡単に雅樹を見つける。

 妖術に堪能な那須草子(なすそうこ)達妖狐は、あらゆる手段で雅樹を探す。鬼ごっこという遊戯とは、かなりかけ離れている。

 もはや大規模な山狩りではないかと、見ていた人間が居れば思っただろう。異次元の鬼ごっこは、連日行われた。


「安心しろ。雅樹は全てやりきった。自分を信じろ」


「そうなんだけど、緊張しちゃって」


「お前らしい反応だな」


 メノウがポンと雅樹の肩を叩く。気負い過ぎるな、と言いたいのは雅樹に伝わっている。メノウとの付き合いは長く、姉のような存在だ。

 全て言葉にしない物静かなメノウの気持ちは、言われなくても分かる。気遣いは十分感じられた。

 姉弟のようなやり取りをしていたところへ、美しい女性が姿を現す。黒い和服を着た古風な印象を受ける、落ち着いた雰囲気。

 それと同時に、軍人のような張り詰めた空気も併せ持つ。堅物というよりは、厳格という言葉の方が似合う。

 長い黒髪を後頭部で結び、真剣な表情を浮かべている。身長はメノウより低く、女性の平均ぐらいの背丈だ。


「すまないな。待たせただろうか?」


「いいや。そんな事はない」


 女性はメノウと握手を交わし、続いて雅樹の方を見る。何を思ったのか、雅樹を上から下まで眺める。


「ふむ、よく鍛えているようだ。良い魂も持っているな」


「私達自慢の弟分さ。よろしく頼むよ」


「碓氷雅樹です! よろしくお願いします!」


 雅樹は勢いよく頭を下げ、腰を90度曲げた。これから自分の命を預ける相手だ。精一杯の気持ちを込めた挨拶だった。

 女性は辰見巴(たつみともえ)と名乗り、雅樹とも握手した。彼女はかつて、龍の化身と呼ばれた武人。巴御前(ともえごぜん)と呼ばれた猛将。

 源義仲(みなもとのよしなか)の側室となり、同時に武将として共に戦場へ出た優秀な女性だ。しかし、彼女には後悔があった。

 宇治川での戦いで、義仲と共に戦没しなかった事を悔いた。強い後悔の念が、死後に幽霊と化した。

 本当に龍の血が流れていたのか、人間の幽霊ながら妖異としても優秀だった。生まれながらの妖異と、殆ど変わらない。


 彼女は特殊な例であり、単純な人間の幽霊とは違う。龍の化身かはともかく、妖異の因子を色濃く持っていた。

 直近の先祖に、妖異の親でもいたのかもしれない。数少ない元人間の、強力な妖異として生きている。

 大江(おおえ)イブキが人間の可能性を見出したのが、平安時代の中期頃。そして巴御前は、平安時代末期の人物。

 ちょうどイブキの先見の明が、証明された事例の1つだろう。ただし、彼女以外に他の成功例は殆どいない。

 妖異の因子を色濃く注継いだ者が、必ず幽霊になるとは限らない。条件が揃わず、他界した人間は多い。


「話は聞いている。私が君を手伝おう。早速だが、準備はいいかな?」


「はい! いつでも行けます!」


 雅樹はいつもと違う御守りを首から下げている。以前と同じく、草子が新たに作成した代物だ。

 緊張を解す意味も込めて、服の上から軽く握った。御守りの効果は、雅樹の魂を平凡なものに見せる効果を持つ。

 イブキの妖力を込めた御守りと違い、草子の妖力は込められていない。今回は妖力を持たせると、余計な疑いを生むリスクがある。

 しかし雅樹は素のままだと、普通の妖異達が群がってしまう。余計な邪魔をされない為に、準備されたものだった。

 雅樹は今日まで、色々と対策を準備して来た。これで十分かどうかは、雅樹の活躍次第だ。


「雅樹、明日無事な姿を見せてくれ」


「うん。行ってきます、メノウ姉さん」


 メノウに見送られながら、雅樹は長野県へ向かう。知らない土地だが、脳内には情報がある。巴の案内もあり、迷う事は無い。

 長野県側へと下山し、軽井沢の駅へ向かう。長野県に入ってからは、巴の案内はなくなる。あくまで追跡しているフリだ。

 群馬側から来た人間に目をつけ、捕食するタイミングを狙っているだけ。そう見せかけながら、護衛を行う。

 電車で長野市内へ入り、タクシーで冠着山へ向かう。雅樹はいきなり救出に行かず、先に偵察を行うつもりだ。

 明るい内に偵察をしておき、攻め時を考える。これまでイブキと、何度もやって来た経験を活かしている。


(妖異の多くは、夜の方が活発だ。狙うなら今日の夕方までか、明日の明るい時間がいい)


 軟禁状態の泉は、念の為か監視されている。周辺を警戒しているのは、人間と妖異の両方だ。

 明るい時間は人間ばかりで、夜は妖異が警備と監視を行う。どう考えても、狙うなら明るい間だろう。

 しかし明るい間も、デメリットがないとは言えない。妖異が少ない分、人数でカバーしている。

 武装した人間が周囲を見張っており、簡単には近づけない。しかも、相手は普通の人間でしかない。

 いつものように、妖刀小鴉(こがらす)で斬るわけにはいかない。下手をすれば、殺人犯になってしまう。


(確か……そう、ここを右だ)


 植え付けられた記憶を頼りに、雅樹は冠着山を登っていく。泉が居る山荘まで、しっかりと記憶している。

 時に道なき道を進み、緩やかな崖を登る。土や枯れ葉で汚れても、雅樹は全く意に介さない。

 元々田舎育ちだし、この程度は何度も経験している。最近の鍛錬中なんて、もっと酷い状態になった。

 都会の学生なら嫌がるような、大きな蜘蛛の巣だって気にしない。視界に入っても、意識すらしていないぐらいだ。


(この木々を抜けた先に……あった!)


 木々の隙間を通り、雅樹は少し開けた場所に出た。山頂付近に建てられた、立派な木造建築。

 かつて黒澤会(くろさわかい)の関係者が、別荘として建てた山荘。妖異の力を借りて、常人が認識出来なくした隠れ家である。

 雅樹は知っているので、幻術を突破する事が出来た。山荘の周囲には、大勢の人間が徘徊している。

 知っていた知識と、若干の変化が生まれていた。どの位置にいるどんな人間が、巡回しているか確認していく雅樹。

 以前と警備状態がどう違うのか、見落としがないようじっくり観察。ゆっくりと物陰から周囲を回る。


(北は3人、東は4人、西が2人で、南は4人か。中には……何人か居る。前日だからか、増員されているな)


 雅樹はポケットに入れて持って来た、折り畳み式のオペラグラスを使用した。詳しい配置を確認する。

 状況的に判断して、今日中に救出するのは難しいかもしれない。雅樹はそう判断し、観察に徹する事を決めた。

 焦って失敗すれば、全てが無駄になってしまう。人数差は圧倒的で、陽動が必要になるかもしれない。

 ボヤ騒ぎ等を起こせるように、必要な道具を考える雅樹。一旦下山し、必要な買い物をする。

 夕方と夜の警備を確認した雅樹は、そのまま冠着山のキャンプ場で眠る。明日に備えて、英気を養った。

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